見出し画像

教育ログ18人目(私立・現役→京大農)

0.今回の教育答え合わせさん

→中堅私立高校から京都大学農学部に合格されただぶはちさん。今改めてご自身の教育を振り返った結果はこちら!

「自分が希望する進路に進むことができたので及第点であるのは間違いないと思います。公立の小中で、特に塾や学習系の習い事もしてきていませんので、もっと上質な教育はきっといろいろあるのだろうと思いますが、少なくとも自分には合った教育環境だったので結果としてかなりの高得点になっています。」と語るだぶはちさんの教育答え合わせに迫ります!


1.回答者略歴


Q:お名前を教えて下さい。
→だぶはち

Q:年代を教えて下さい。
→30代

Q:ご職業を教えて下さい。
→外資系の化学メーカーで事業企画の仕事をしています

Q:ご自身の幼少期のキャラクターについて教えて下さい。
→おとなしいタイプだったと思います。一人遊びも多かったようで、保育園の職員さん達からの後日談として「本当に手がかからなくて、保育料をお返ししたいくらい」と言われたのを覚えています。
 
Q:ご自身の性格について、以下の観点でお答えください。

Q:最終学歴を教えて下さい。
→京都大学大学院農学研究科(修士)
 
Q:そこまでのルートを教えて下さい。
→公立小・中学校→(高校受験)→私立高校(エリアの中堅クラス)→京都大学農学部

Q:大学合格時点での学習能力の自己採点をお願いします。

※各5点満点の6要素で15点以上となるよう配分をお願いしています。

Q:ご自身の各学習能力に関してどう考えていますか?

Q:ご自身の各学習能力に関してどう考えていますか?
→長時間集中をすることができない自覚があったので、中高時代はとにかく「短時間で効率を高める」ことにこだわっていました。

部活大好き人間で「部活と勉強を両立したい」という想いが大きな原動力になっていたと思います。

また、理系学部志望で文系科目もそこそこ出来たのは強味だったと思います。難関大学の中でも理系科目の比重が高い大学だと苦戦したと思います。
 
Q:教育の得点配分を教えて下さい。

Q:得点配分の意図を教えて下さい。
→学校や習い事の選択も、そこに取り組む姿勢も保護者の多大な影響を受けるわけで、結局は保護者のスタンスに集約されるように思います。

小・中・高についてはゴールをどこに置くかによっても変わりますが、大学受験について言えば、小中学校時代の差は高校時代でどうにでもなると思っているので配点を厚くしました。


2.保護者の教育スタンス(配点50点)

Q:ご家族の最終学歴について教えて下さい。
→両親:地方公立大の学部卒(文系)、姉:私立理系大学の修士

Q:保護者の教育方針はどのようなものでしたか?
→いわゆる放任主義でした。本人がやりたいと決めたことに対しては応援するが、何をやるかの選択は本人に任せるというスタンスを徹底していたと思います。

勉強に限らず、何かをしなさいと強制された記憶も無いですし、今振り返っても親の意図に合うようにうまく誘導されてたなと思い当たることもありません。
 
Q:その教育方針はご自身の学業にどう影響したと思いますか?
→親から強制されたり促されたりすることがなかったからこそ、基本的には自分から勉強したい、勉強が必要だと感じて気持ちが乗った状態でしか取り組んでこなかったと思います。私の効率特化のスタイルのベースになっていると思います。

Q:ご両親は学業に関してどんな接し方でしたか?
→子供に対して「勉強をしなさいと言うつもりはない」と公言していましたし、実際に一度も直接的に勉強を促されたことはないと思います。宿題やってなかろうがテストの点が悪かろうが自分次第とのスタンスでした。

Q:今振り返って学業につながった、家庭内の文化や習慣があれば教えて下さい。
→とにかく本が多い家庭でした。

両親ともに読書好きでしたが、特に父がジャンル問わず暇があれば活字を読んでいないと落ち着かないタイプで、家にはマンガから小難しい本までいろんな本がありましたし、いわゆる家族団らんの時間に特に会話するでもなくそれぞれが好き勝手に本を読んでいるという時間もあったと思います。

自然と読書の習慣がつく環境だったのは学業に少なからずプラスだったと思います。

Q:ご両親の教育スタンスについての小計を教えて下さい。

私が実際に通ってきたルート・スタイルに対しては両親のスタンスに不満や改善点は思い当たらないので満点としました。

もしも自分自身で勉強にモチベーションを見出しにくい幼少期からうまく管理してくれてたら、また違った人生だったのだろうとも思いますが、それはあくまで別解の可能性という認識で減点なしとしています。


3.~小学校時代※小学受験含む(配点10点)

Q:小学受験はしましたか?
→していません。
そもそも地域に小学受験するような選択肢がほとんどなかったと思います。

Q:小学校の頃の学業成績について教えて下さい。(全6レベル)

→いわゆる5教科について言えば、基本的には「可もなく不可もなく」のポジションだったと思います(体育と図工はボロボロ・・・・)。

Q:小学生当時の勉強への意識はどのようなものでしたか?
→授業で先生が言っている内容が理解できていればそれで良いと思っていました。

授業が分からないのはストレスなので、復習したり誰かに教えてもらったりしてキャッチアップしようとしていたと思いますが、それ以上に復習して定着を図るとか以前の単元を振り返るみたいなことはほぼやってきませんでした。

Q:小学校の教育環境についてはどう考えていますか?
→「荒れた地域」ではなかったのは恵まれていたと思いますが、基本的にはごくごく平均的な地方の公立小学校でした。

教育環境として特筆すべきことも思い当たりませんが、後々の自分のスタイルにとっては、勉強はそこそこの公立小学校が合っていたと思います。
 
Q:「勉強はそこそこの公立が自分には合っていた」と分析されたポイントについて教えてください。
→小学生の頃の勉強に対するモチベーションは高くありませんでしたので、もし勉強を頑張らなくてはいけないような環境だったとしたら、やらされ感から勉強に対してネガティブな感情を持ってしまったんではないかと思います。

また、周りのレベルが高いことによる落ちこぼれ意識や勉強への苦手意識が高まってしまった可能性もあるかなと想像しています。

後述するように中高で部活にも打ち込んでいたことが勉強にもプラスに働いたのですが、「部活に本気で取り組もう」と思う素地も小学校時代に作られたんだろうと感じています。

Q:毎日どれくらい勉強していましたか?

→学校の宿題のみです。それすら丁寧に取り組むというより、翌日提出分をやっつけていくスタイルでした。

Q:小学校まで習い事は何をやっていましたか?

Q:学習貢献度の高い習い事について、始めたきっかけを教えて下さい。
→両親からの提案です。「お姉ちゃんは今のあなたの歳で始めたけど、やりたい?」と聞かれ、やってみたいと答えたと思います。

Q:習い事についての振り返りをお願いします。
→どちらも直接的な影響は限定的だったと思います。

後述しますが、高校時代に吹奏楽に打ち込んでいたことは学業に大きなプラスだったと思います。
吹奏楽に興味を持った根っこには小学生時代からのピアノがあると思うので、その意味で間接的にプラスの影響があったと思います。

Q:今振り返ってやればよかったと思う習い事は?
→特別「これ」というものはありません。

Q:小学校までの読書について教えて下さい。
→本の多い家庭だったため、自然と本はよく読む生活でした。

家にある本の中で小学生でも興味を持ちやすいマンガを読むことが多かったと思います。特に手塚治虫作品は繰り返し読んだのを覚えています。

少々こじつけかもしれませんが、教科書・参考書を読むのが苦にならなかったことや複雑な内容への理解力といった形で学力にもプラスだったのかもしれません。

Q:当時熱中していたことは何ですか?それは学業にどう影響しましたか?→熱中と言えるほどのことは思い浮かびませんが、放課後・休日はいつも決まった友達と遊んでいました。

遊び方は決まったものはなかったと思います。近所の公園で遊んだり、友達の家でゲームしたり、いろんな遊び方をしていたと思います。

Q:小学校時に学習・進学などで記憶に残る言葉はありますか?
→そもそも学習に力を入れていたわけでもなく、特に思い出せません。

Q:小学生時代の教育環境の小計を教えて下さい。

→学校、習い事ともに、ごくごく平均的な環境だったのではないかと思っています。

4.中学時代※中学受験含む(配点10点)

Q:私立の中学受験は考えましたか?
→一切考えていませんでした。

Q:中学行時代の学業成績について教えて下さい(全7レベル)

ごく普通の公立中でこの成績ですから、京大生の平均よりはかなり低いのだろうと思います。
中学生の自分は部活命で勉強は「落ちこぼれてなければよい」くらいの意識でしたので満足はしていました。
 
Q3:中3で学力がグッと上がっていますが、これは何か意識や取り組みに変化があったのでしょうか?
→実際にはグッと上がったというよりはジワジワ上がっていってLvの境界線を越えたというイメージです。

要因としても特別な変化があったわけではありませんが、もともと勉強に時間をかけてこなかったところから部活を引退してから学習時間が少し増えたことや、学年が進むにつれて回りが何かしら苦手な科目・分野が出てきがちな中で幸い苦手分野が少なくコンスタントにこなせていたことなどが相まって、相対的な順位が少し上がったのだろうと思っています。

Q:中学生当時の勉強への意識はどのようなものでしたか?
→当時の自分にとっての優先順位は部活が一番、次いで友達との時間。勉強はそこそこで良いと思っていました。

ただ、成績が悪いと補習だ塾だと課外で勉強に充てなくてはならない時間が増えるとも理解していたので、部活や遊ぶ時間を減らさないためにもそこそこには頑張ろうと思っていました。

授業時間以外の勉強は最小限にしたかったので、授業に対する集中度は高かったと思います。

Q:中学校の教育環境についてはどう考えていますか?
→小学校と同様に、ごくごく平均的な公立中でした。環境として特筆すべきこともありませんが、自分には合っていたと思います。

Q:毎日どれくらい勉強していましたか?

日常的な勉強は宿題やっつけスタイルでテスト期間にザっとテスト範囲を見直す程度でした。

Q:中学校時の習い事について何をやっていましたか?

Q:それぞれの習い事について学習能力への影響を教えて下さい。
→小学校時代と同様です。学習への直接的な影響は限定的、ピアノは吹奏楽に打ち込むきっかけという意味で間接的にプラスに働いたと思います。 

Q:中学時代に学習・進学などで記憶に残る言葉はありますか?
→中3の担任からの進学先のアドバイスが印象に残っています。

進路相談の中で、「公立のトップ校は難しいかもしれない。安全圏だとランクが落ちすぎるので、中堅の私立を受けてみないか」と提案されました。

もともと公立高校しか考えていませんでしたし、「経済的に厳しい」と断ったのですが、担任は私立高校ともいろいろ掛け合ってくれて「試験で普段通りの成績が出せれば特待生として全額免除で迎えると言ってくれてる」と提案してくださり、最終的にその私立高校に行くことに決めました。

結果的に、自分にとってとても相性の良い学校に出会うことができたと感じています。

Q:中学校時代の教育を振り返ってどう評価しますか?

小学校に引き続き、ごくごく平均的な環境だったと思います。


5.高校時代※高校受験含む(配点30点)

Q:私立の高校受験は考えましたか?
→もともとは公立しか考えていませんでしたが、前述の通り担任の進路指導を受けて最終的に私立高校を受験しました。

Q:偏差値的なデータを教えていただくことは可能でしょうか?
→当時は高校の偏差値をあまり意識していなかったので、もしかしたら当時と一致しないかもしれないのですが今の偏差値を調べてみました。

公立トップ校が偏差値71、母校が偏差値59とのことです。

公立トップ校は定員40人の特別コースで、その中から二桁人数の東大合格者を出していました。母校の進学コースは約100名で、東大京大合格者が1~2人くらいでした。

Q:高校時代の学業成績について教えて下さい(全7レベル)

私の通っていた高校の進学コースは、1学年100人のうち80人が附属中からの内部進学、20人が公立中からの外部進学という構成でした。

内部進学組は中学までの進度も全然違っていて、私だけでなく外部進学組は入学当初はなかなか上位には食い込めませんでした。

少しずつ追い上げていって、3年の秋頃から学年トップを取れるようになったと思います。

Q:学校の教育環境について教えて下さい。
→とにかく私には合っていました。

先生たちとの相性も良く、多くの教科担任の授業は「とてもわかりやすい」授業でした(少なくとも自分にとっては)。
難関校対策まで含めて一通りのことは学校の授業でカバーしてもらえるので、授業さえきちんと消化できていれば東大・京大も狙える環境だったのはありがたかったです。

Q:学校、先生の相性に関していくつか具体の要素を教えてください。
→先生との相性については説明が難しいのですが・・・話し方、説明の方法などなど、自分にとってはスッと入ってくる授業をしてくれる先生が多かったです。友人たちの評価はまちまちだったので、結局は「相性」という表現になってしまうのかなと思っています。

学校は通常の授業に加えて、河合塾と提携してサテライト授業を受講出来たり、夏期講習として河合塾講師の出張授業を受けられたりもしました。

通常授業も高3の夏あたりまでには教科書を終わらせて授業内で受験対策もカバーしてくれていましたし、自習室や放課後の質問対応などの体制も充実していて、手厚い環境だったと思います。

Q:毎日どれくらい勉強していましたか?

高校に入ったころから、将来研究者になりたいと思うようになり始め、同時に京大に行きたいと思い始めました。

中学までの「部活に集中するためにも勉強そこそこ頑張ろう」というある意味ネガティブな動機から、「志望校に合格するために頑張る」と前向きな意識に変わってきていたと思います。

その上で自分が出した結論は「集中できる状況でしか勉強しない。疲れたらスッパリ切り上げる。最優先で授業に集中できるようなコンディションを整える。」という事でした。

授業と部活を終えてから課外学習に集中できるような体力と集中力はなく、結果として「宿題だけは片づける」という小中時代と変わらないスタイルでしたが、その裏側にある意識・モチベーションには変化があったように思います。

Q:習い事は何をされていましたか?
→高校時代は何も習い事をやっていませんでしたが、部活で吹奏楽をやっていました。

Q:習い事はどう学力に活きましたか?
→好きな部活に打ち込む時間があることでリフレッシュして勉強への集中力を高めることにつながっていました。

また、吹奏楽で効率よく上達するための工夫が実は勉強にも応用出来たり、逆に効率よく勉強するための工夫が吹奏楽にも応用出来たり、どちらにも本気で取り組んでいたことが相乗効果を生んでいたと思います。

Q:高校時に学習・進学などで記憶に残る言葉・事件はありますか?
→高校3年間通して担任だった先生に、1年生の最初の三者面談で「京大だって受かるし、それくらいやってもらわないと困る」と言われたことが記憶に残っています。

そのころ京大にいきたいと思い始めてた一方で、ごく普通の公立中でもそこそこの成績の自分が京大志望と口にするなどおこがましいのではと不安に感じていたところに大きく背中を押してくれた一言でした。

この言葉があったからこそ、目標とギャップがあっても「できる」と信じて取り組むことができたと思います。

Q:高校以降の教育を振り返ってどう評価しますか?

→とにかく自分にとって相性の良い担任や主要教科の教科担当の先生に巡り合うことができ、恵まれた環境だったと思います。

一点だけ不満だったのは、当時の校長です。経営者的で教育者らしからぬ言動が目立ち、詳細は触れませんが不満に耐えられず在学中に少しぶつかってしまったこともありましたので、その分を減点としました。

5.答え合わせを終えて

→二児の父のとして子育てする傍ら、改めて自分の受けてきた教育を振り返るのはとても良い機会でしたし、それ以上に次々とアップされる他の方の記事とも比較しながら相対的に捉えることができたのが楽しかったです。

周りが京大生ばかりの環境にいても、なかなかこういった話題について語る機会ってなかったなとも感じます。

特に興味深かったのは、小学校までの配点を厚くしている方が多いことですね。自分と同じような追上派も、もう少し多いのかなと想像していたので少し驚きました。

自分自身の教育遍歴に不満はないのですが、違った環境だったらどんな人生になっていたんだろうという興味も湧きました。

引き続き記事を拡充いただけることを期待しています!

6.編集後記

どうも、#1のカラシカシです。「長時間集中できない」の自己分析からの「だから勉強効率を上げよう」の発想が以下の観点から凄いと思いました。

☑中学で気付くの早すぎんだろ!!
僕は浪人の秋に、悲惨な模試の結果を踏まえてようやく勉強の自己分析を行い「集中力が低い」という弱点に気付いたのですが、中学時分で自分の勉強の個性と向き合ってる点が凄いなと。…僕が遅いだけなのか!?

☑ふつうその結論にはならんだろ!
タイミングこそ個人差あれど「長時間集中できない」の自己分析までは結構な数の人が到達しそうです。でも、「よし!だったら勉強時間を最小限に抑えてその密度をMAXに高めよう」この結論は出せないなと思いました。

全国模試にしろ大学別の試験にしろ毎月毎月あるわけでもないので、「高濃度の勉強が出来ていること」は数カ月に1度の単位でしか確認ができません。普通なら、試験間の心の安定を「俺は昨日も今日も●●時間勉強したから大丈夫だ」と勉強時間に依存しているかなと思うのですが、1日2時間という平均的な受験生よりもだいぶ短い時間で過ごし続けることは結構な胆力が必要だったのでは?と感じました。

よろしければサポートお願いします!サポートしていただいたお金は答え合わせ協力者のへの謝礼にあてさせていただきます!