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【連載小説】「 氷のプロンプト 」第4話

【第1話】は、こちらから

(本文・第4話)

”水って何で冷たいの?”
 その質問に、淡々と科学的に説明を返すTalkMTC。

「すごーい!」

”もっと、お子様風に説明して”
 小学生用の教科書のような説明にし直し、返してくる。

「すごーい!」
 食い入るように見ながら、質問の入力をしていく。

”表計算ソフトの基本的な関数をいくつか教えてください”
 合計値、平均値、IF論理式、剰余、平方根、小数点切り捨てといった基本的な関数とその簡単な使い方が返ってきた。

「すごーい!」

”例えばどんな時に使えるの?”
 関数の使用する場面が返ってくる、それもかなり具体的に。

「すごーい!」
 口もとに両手を添えながら、座ったまま何度か飛び跳ねる。

(滝本たきもとさん、さっきから『すごーい!』しか言わないな)

 経理の滝本彩花たきもとあやかがいつの間に混ざり込んでいた。

「どう?感想は」

「すごーい!」

 人間は未知の分野に魅了された時、冷静な分析と言うよりは、感情をありのまま表現するものだ。

「滝本さん、いつになく大はしゃぎですね」

「あっ、ごめんなさい。つい」
 頬を赤くしながら、下にうつむく。

「ハッハッハッ!」
 普段は簿記会計の勉学に黙々と励んでいる滝本の意外な反応に、腹を抱えて大笑いする一同。どこからともなく元気が湧きでて、チームリーダーたちまで初心に帰り、はしゃぎたくなる。

「はいはい、ここまで。お仕事の話に戻すぞー」
 慎之輔が両手をパン!と合わせ叩きながら言う。ここで空気は一変、業務での議論に切り替えられる。

「えー、では改めて。パーフェクト市場からメールがきて、来月より正式にTalkMTCが使えるようになった」
 ミーティング室に第一声が響き渡る。

 AIを業務で使用する。その未知数のポテンシャルに期待を隠せない。一同は顔を見合わせながら息を呑んだ。

「みんなも知っての通り、社内エンジニアの関根はシステムに関して豊富な知識を持っている。そこで彼に簡単なTalkMTCの説明をしてもらおうと思う」

「はっ、はい!」
 突然の指名に、はっと目を開く関根。以前、慎之輔からTalkMTCについて調べておいてとは言われていたが、いざデモストレーションとなると緊張してくる。

(上手く説明できるかな ……)
 頭を搔きながらプロジェクターにノートパソコンを繋ぐ。

「TalkMTCは、MiracleAI社が開発した、人工知能によるテキストベースの応答システムです。MTCはMakeTrainingChangeの略で、文章生成モデルの一種を指します。これを会話のようにやりとり出来るようにしたので『TalkMTC』と名付けられました」

「まずは資料を作成する場面に活用したい。図表って出来るの?」

「テキストベースなら出来ます。ただ描画は有料版バージョンとプラグインが必要ですかね、現段階では」

「じゃあ厳しいかな」

「ただ、工夫次第で方法はあります」

”日本の首都圏のマインドマップを描いてください。出力はMermaid記法でお願いします。”
 関根が手早くキーボードを叩きプロンプトを入力していく。Mermaid記法は、図表を表すテキスト構文の一種だ。

「この出力された構文は、ツールで図表を表示することが出来ます。今回はWebサービスを使いたいと思います」
 Webサービスに構文を貼り付けると、マインドマップの図表が描画される。それを感心した様子で、じっと見つめる一同。

「あと、事務作業の負荷を軽減したいかな」

「例えば、さきほどの表計算ソフトは関数を教えてくれるだけではなく、自分で書いたマクロ式で、もし上手く動作しないものがあれば、コードを貼り付けて問題点を指摘させる事も出来ます」

「逆に、マクロ式のサンプルを作って貰うことも出来るの?」

「はい。要件を伝えればマクロ式を教えてくれます。エラーやバグのあるマクロ式が返ってくる事もありますけどね。その場合、さっきのように問題点を指摘させれば適切なコードが返ってくることもあります」

「ねえねえ、やっぱりTalkMTCも間違えることあるのかな?」
 眉をひそめながら滝本が質問する。

「当然あります。と言うより、間違っている可能性がある事を前提としてください。『事実確認』は必須です」

「他に注意する事ってある?」

「機密情報を送るのは厳禁です。データは全てダミーデータに置き換えてください。特に表計算ソフト等で活用する場合は要注意です」

「なるほどね。人材育成とかにも活用出来たりする?」
 慎之輔が、息を呑みながら聞いてきた。

「AIに顧客役をさせたり、それへの対応例も演じてくれます。もちろん、様々な条件の指定も出来ます」

「おっ、そんな事も出来るんだ」

「TalkMTCに人格的な役割を設定する。プロンプトは複雑になりますが、これぞ、人工知能って感じですよね」
 関根は、明るい表情で、ゆっくりと言い放った。

(つづく)

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