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20210602

このところ身体が変わってきた。

能動的に身体が変わったということではなくて、まあそうなのかもしれないけれど、受動的な、モノゴトのキャッチの仕方が変わってきてる気がする。

久々に空海の飛白体をみた。それでえらく衝撃を受けた。意識をぐわんぐわんに持ってかれる感じがあった。

これまでにも目にしてたはずで、そのときには特別反応することはなかった。変わった文字やなあくらい。

それが今回は一発で持ってかれた。ゆさぶられた。

飛白体は刷毛のような平べったい筆で書かれる。

その結果、布が風にたなびような線となる。ひらひらパタパタと裏表が翻る。

インターネットで検索すると、空海以外にも、いろんな方の飛白体が出てくるのだけど、特に反応できない。

空海の飛白体には、身体をゆさぶる何かがあった。もしくは、僕の身体と空海の文字との間に何かがあった。

話は変わって、先日、ヴィパッサナー瞑想の手応えが変わった。

ヴィパッサナー瞑想は、観る瞑想であり、歩きながらやることで知られる瞑想法。

座して一点集中するのとは違った、観察し体験し意識にあげることをくり返す。ピュシスを体験できる身体をつくるとでも言おうか。

それでヴィパッサナー瞑想の最中に、2ヶ月ほど取り組んで舞踏の稽古のやり方を取り入れてみた。目の焦点を定めず、全体をみるような意識。

すると一気に後頭部がざわついた。後頭部に目がついたとは言わないけれど、後頭部に対してのアンテナが広がったというか。

そのまま背中にも、後頭部ほとではないけれど、意識が広がる。

身体の意識が、キレイな球体とまではいかないけれど、前方への直線的なモノから変形したことを感じた。

飛白体にしろヴィパッサナー瞑想にしろ、僕が何か変わったのか、そもそもそれが良いとか悪いとか、得もクソもわからない。

ただ、そういった実感一つ一つを掬い上げるのが、この上なく楽しい。

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