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豊かな死~寂聴さんと現代っ子モナの生死をめぐる物語~

『死に支度』瀬戸内寂聴:講談社文庫

 今月9日に寂聴さんがお亡くなりになって、もう12日ほどたつが、今だ残念でならない。せめてもの追悼と思い、ここ近年に出た本書を手に取った。

 本書は2014年に刊行されている。小説内のとおりならば、寂聴さんはこの時91歳。小説内は92歳の誕生日までの約一年間の寂聴さんおよび、寂庵の日々を描いたエッセイと私小説がクロスオーバーした話になっている。(主人公の語りから、ときどき寂聴スタッフの女性や、母親や姉などの一人称視点に主観が変わったりもするので、小説の仕掛けとしても面白い)

 物語は最初、作者の91歳の誕生日前から始まる。いつまでたっても、多く仕事を抱え込んでしまう寂聴さんを見かねて、長年の間寂庵に仕えてきたベテランスッタフたちが、自分たちを養うためにシャカリキに働き続けなければならない庵主を憂いて、一斉に退職するところから始まる。残ったのは中でも一番年若い大学を出たばかりの24歳の典型的な現代っ子のモナひとり。多忙を極める寂聴さんと、頼りないハチャメチャな現代っ子のモナとふたりでやっていけるのかその奮闘記を軸に物語は進んでいく。

 死に支度、というタイトル通り作者は、近しい人々が次々に亡くなっていくのを見送りながら、自身の最後の臨終行儀に思いを馳せる。瀬戸内家の家系を遡りながら見送った叔母や母、最愛の姉艶のこととか、あとは文壇の重鎮たち、また花街京都の華やかな伝説の人、世話になった仏教の高僧たちなどなど。その死に際の、いまわの際の死をめぐるエピソードが語りつくされる。それだけでも、死というものに対してこの作家(いや宗教家と言おうか)の経験の深さを思い知らされる。自然の摂理としての死というものや、その人間の生の豊かさが文章から溢れる。

そんなともすれば、死をめぐる考察は、暗くなりがちだが、そこはモナという魅力的で破天荒な娘のおかげで明るく楽しい日常があり、小説をとても盛り上げる。この寂聴さんと、モナの、最終は92歳と26歳のなんと66歳も年の離れたふたりのやり取りはまるで、コントとか漫才をやり合っているようで、なんとも楽しい。小説内でも「若い者には巻かれろ」という名言があるが、普通常識知らずの若者を年長者は今どきの若い者は、と言いがちだが、寂聴さんはそれを面白がり、吸収してしまう。そこがこの作家のほんとうにすごいところだと思う。なので、結果その年であっても生気に溢れているのである。そんなふたりの関係性を軸として、さまざまな死が回想として挟まっている、そんな物語の構造になっている。

それにしても、この作家、結果99歳まで生きられたわけだが、語るエピソードがもう日本文学の生き字引的というか、さらりと語る話に川端康成とか、谷崎とかが出てきたりするわけで、この作家のうちにある創作の水脈は、死ぬまでエンドレスに枯れることはなかったのだろうと思わざるを得ない。また、自身の人生も強烈だったからそれを表現に昇華できるすごさとか。そんな人生を生ききる強靭さと、ユーモアと、そして自由闊達さと持ち合わせた極めてチャーミングな作家だった。

 謹んでお悔やみ申し上げます。

 

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