「イン・ザ・ハイツ」:ビートがあればいいのかも。
前知識なしでなんとなく見た「イン・ザ・ハイツ」にえらい心を動かされた。
映画として大好きかと言われるとちょっと怪しい。
移民の苦悩も夢を追うことにも登場人物たちの恋模様にもそこまで反応できてなかったと思う。
それでもとにかくこの映画のオープニングにやられてしまった。
これだけで元はとったな、という感じだ。
主人公のウスナビは親父が開業したコンビニ(?)を経営するうだつの上がらない若者だ。
映画の冒頭、目覚ましのアラームと共にウスナビの冴えない一日が始まる。
描かれているのはウスナビのいつもの仕事なのだが、いつの間にかそこにビートが加わってくる。
足音、門の錠前が閉まる音、レジ打ちの音…。日常にあふれている音が次第にビートを刻んでいき、ウスナビのポツポツとした自分語りはラップへと変化していく。
ウスナビの店に人が訪れるたび、刻まれたビートに新たな楽器が加わり、最後には超大人数でのダンスシーンが展開される。
この、生活音→ビート→ラップ→ダンスと音がどこまでも広がっていく様になんだか涙が出てしまった。
ウスナビがラップするパートで歌われているのは、はっきり言ってつまらなそうな日常である。
でもその日常を歌うラップは、体が動き出してしまうような多幸感を含むのだ。
ネガティブなことばかり考えてしまって、前向きにならねば!とも思うんだけど、もしかするとビートさえあればいいのかもね、と思う。
ネガティブな考え方はそう簡単には変わらなくても、その語り方はなんとか変えていけるんじゃないかと思える。
サイトウでした。
@いえもん
初年度で「無」はおれもビビった!
どうしたらいいのかね。
セミ、鳴き終わりが危険なんて考えたこともなかったわ笑
意識してみます。
@きっちゃん
「サマーフィルムにのって」はおれも感想聞きたいわ!
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