松雪泰子さんについて考える(57)音楽劇『海王星』

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*松雪泰子さんについて考える(51)「歌は語れ、セリフは歌え」*

松雪さん出演シーンの充実度:7点(/10点)
作品の面白さ:7点(/10点)
上演年月:2021年12月(渋谷・PARCO劇場)※地方公演5会場
公式サイト:https://stage.parco.jp/program/kaiousei
視聴方法:WOWOW
 
※会場での観劇ではなく、WOWOWで視聴した感想です。
※結末に関するネタバレを含みますので、ご注意ください。
 
まず、コロナ禍の当時に、よくこれだけのキャストを集め、地方公演も含め多くのステージ数を完走したと思う。その点は素晴らしい。
 
寺山修司が1963年に書き、上演されないままとなっていた音楽劇。同氏は前衛的な舞台作品が多いらしいが、本作『海王星』は実にスタンダードで大衆的な内容だった。
 
主人公・猛夫(山田裕貴)は、父・彌平(やへい)(ユースケ・サンタマリア)の船が難破したと聞く。そうして父の死に打ちひしがれているところに、父の婚約者・魔子(松雪泰子)が現れる。あっという間に恋に落ち、相思相愛になったところで、彌平が生きて帰る。
 
そこからは、猛夫と魔子の悲恋物語。彌平をはじめとした登場人物たちから横槍を受け、救われない幕切れを迎える。オーソドックスなメロドラマ。
 
松雪さんが演じた魔子は、舞台となっている船上ホテルでバーを営む、ろうたけた女。第1幕にて、赤いドレス姿で、猛夫と差し向かいに腰かける短いシーンがよかった。漂う色気により猛夫を惑わせるさまに、瞬間的な緊張感が走る。経験豊富で男たらしのような描写や説明もあるが、猛夫には少女っぽい純情を寄せていて、二面性がある。
 
彌平を演じたユースケ・サンタマリアさんは、ぴったりの役どころ。呑気で無邪気なようでいながら、薄黒いプライドに固執する男。けれんみなく、好演。
 
主演格の3人以外では、猛夫を邪魔するそばかす女役の清水くるみさん、猛夫に恋心を寄せる那美役の伊原六花さんの2人が素晴らしかった。
 
そばかす女の清水さんは、キャピキャピした鼻につく喋り方と時折見せる腹黒く据わった声による喋り方を小気味よく使い分けていて、いいアクセントになっていた。表情も豊か。挑発的で嫌味ったらしい笑顔が、いい意味で観る側の神経を逆なでしてくれる。
 
伊原六花さんの役柄は、第1幕ではただおとなしいだけだったが、第2幕で激情を露にする。コンテンポラリーっぽい踊りも歌も良かった。
 
それにしても、終盤の展開には首をひねった。
 
彌平の意を受け、魔子のグラスに毒を盛る那美。しかし、狙ったとおりに事が運ばず、グラスに口をつけたのは魔子でなく猛夫。事態を目の当たりにした那美は泣き叫ぶ。
 
気持ちは分かるが、毒を盛っただけで現場を離れていては、そうなってしまっても仕方ないだろうと思う。あまりにも浅はかすぎて、それまでの思慮深く常識的な那美の人物像と乖離しており、違和感あり。「こんなことって、あるでしょうか」と、茫然自失しながら涙を溜めて語るが、「いや、あんたのせいだろ」と思わずにいられない。
 
猛夫の亡骸を前に、悲しみに暮れる魔子と那美は自問自答めいたセリフの応酬を展開するが、魔子は那美を一言も責めない。取り乱して那美に殴りかかったり、殺そうとしてもおかしくない状況下だが、魔子はあくまで自分を責め、自分を慰めるだけ。その様子からは、猛夫を失ったことの絶望や悲劇性が伝わってこない。猛夫が気の毒になるくらいだ。
 
魔子と猛夫のやりとりにも疑問を感じた。魔子からの、自分はまだ若くキレイに見えるかとの問いかけに対し、肯定する猛夫。これが引き金となって、魔子の美しさに乾杯しようと、猛夫がグラスに口をつけることになるのだが、若くキレイに見えるから愛していただけなのかと、その薄っぺらさに興ざめした。愛するきっかけはそうであったとしても、それ以上の何かが育まれることはなかったのか。

魔子は、この悲劇的な状況下においてすら「可哀そうなあたし」と締めくくるほど、自惚れが強い人物像として描かれている。この点を踏まえると、外見にこそ自己の価値を認める性質は、ある意味一貫していると捉えられなくもないが、外見を愛してくれるだけの相手と死別したところで、果たしてこうも悲しいだろうか。そう思う私の価値観が貧弱なのかもしれないが…。
 
以上のとおり、終盤に向けて高まってきた期待は、正直、ラストシーンあたりで尻すぼみになってしまった。
 
それにしても、船上ホテルの人々は魔子も含めて皆、ピエロっぽい白塗り。猛夫、彌平、那美だけ普通のメイク。演出意図はなんとなく分かる気がするが、単純に、全員普通のメイクで観たかった。

なお、この舞台からあまり期間を置くことなく、2023年春、山田裕貴さんと松雪さんは、TBS制作のドラマ『Pending Train ―8時23分、明日 君と』で再び共演。

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