藤圭子を偲びつづける(02)潮来笠

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暗い曲だけが持ち味ではない

藤圭子オリジナルの歌は、少し暗い曲調が多い。プロデューサー・石坂まさを氏がそういう売り出し方をしたのが強く影響しているらしい。

石坂氏としては、藤圭子の赤貧の生い立ちと流しの経験、そして何と言ってもあのハスキーでドスの効いた歌声から、自然とそういうイメージが湧いてきたのだと思われるが、本人はけっこうチャーミングな性格の持ち主で、”怨歌”の字を代名詞として充てられるほど、ものものしい人ではなかったよう。

だから、持ち歌の暗く悲しい雰囲気も確かに一表現者として立派にこなしているものの、それだけが藤圭子の魅力ではない。あまたあるカバーソングの中には、朗らかでカラッとした曲や、明るくリズミカルなアップテンポも複数あって、個人的にはむしろそちらの方こそ好んで聴く。

橋幸夫「潮来笠」の誕生背景

その中で特に好きなのが「潮来笠」(読み:いたこがさ)。先頃惜しまれつつ引退した橋幸夫さんのデビュー曲。1960年(昭和35年)発売というからかなり昔になるが、演歌好きで知らない人はまずいない。

この「潮来笠」は、橋幸夫さんのメジャーデビューとその後の活躍を牽引した師匠・吉田正が作曲した。そもそも橋さんは作曲家の遠藤実に私淑していたものの、なかなかデビューの機会に恵まれなかったときに、遠藤実が吉田正に引き合わせたのが、その後の師弟関係の端緒という。

余談:師匠宅の玄関で靴を揃えた橋幸夫

話がどんどん脱線していくが、ついでに書こう。吉田正が橋幸夫を弟子として引き取ることにした決め手についてのエピソードがある。遠藤実が橋幸夫さんを連れて吉田邸を訪れたときのこと。橋さんは、玄関を上がる際、慎ましく師匠と自分の靴を揃えた。吉田正はその姿を見て、きちんとした好青年だと直感し、弟子入りを認めたという。

こういう「靴を揃える」話を、少し前にある本で読んだ。とある女性歌手(アイドル)のエピソード。

まだ10代だったその人は、デビューが決まって初めて所属事務所スタッフを自宅に迎えた時、玄関で全員の靴を揃えた。彼女を発掘したプロデューサーはその姿を見て、「この子は別格だ」と感じたそうで、実際その後スターの階段を駆け上がり、見立ては現実となった。松田聖子さんである。(参照:若松宗雄著『松田聖子の誕生』(新潮社)P104)

一流の人は、するべきことをちゃんとしている。そして、見る人はちゃんとそれを見ている。芸能界・芸能人であっても、それは同じだと思わされる話。

藤圭子が歌う「潮来笠」のエモさ

閑話休題。話を「潮来笠」に戻す。

橋幸夫が歌う原曲は、スローなテンポで、田舎を感じさせるのんびりしたアレンジ。現・潮来市は茨城県にある古いまちで、大利根川流域の長閑な雰囲気。だからこそこういう曲調にしたのだというのは納得。(現地に行ってみたいが、まだ実現できていない)

歌詞の大要はこう。(参照:歌ネット

旅をしている伊太郎は潮来を通りかかったとき、田んぼで頭に笠をかぶった若い娘に一目ぼれする。しかし、気まぐれに旅するはぐれ者気質なので、恋愛感情を表に出すのは性に合わない。周りからイジられるのも気恥ずかしい。その後、娘の女心を察知するに及び、伴侶とするのは叶わぬ夢と散る。仕方なく潮来を発ち、再び旅路へ踏み出した伊太郎は、人目を忍んで大利根川に花を浮かべた。川下にいるあの娘のもとへ流れ着くことを願って――。

吉田正のメロディもいいが、盟友・佐伯孝夫の歌詞もいい。伊太郎のツンデレは、時代を問わず聴く者の心をくすぐる。

これを、橋幸夫さんがカラッと歌い上げている原曲も外連味なく爽やかでいいのだが、藤圭子バージョンはさらにいい。

CD集「藤圭子劇場」に収録されている「潮来笠」の音源は、スタジオ収録ではなくライヴの録音。(したがって、3番で「関宿」=「せきやど」と言うべきところを「せきじゅく」と歌っているが、そのまま収録されている。)

とにかくアレンジが素晴らしい。ホーンセクションの演奏が、原曲に無い雰囲気を醸していて、もうイントロからグッと心を掴まれる。間奏もいいけど。

そして、テンポが速い。原曲の1.5倍速くらいか。これによって歌謡曲っぽいフレイバーが加わりつつ、少し落ち着かない焦燥感が滲んで、伊太郎の心の揺らぎとマッチする。

そんな中でも、股旅演歌ならではのエモさを宿す藤圭子の歌声が本当に圧巻。「あの移り気な」の伸びやかな声、「なのにヨー」のこぶし、「潮来笠」の「た」のこぶしと「さ」のビブラート。言い出したらキリがないくらいどれも完璧。

一番を歌うときは、薄っすら笑みを浮かべているような声色。一目惚れしてしまった伊太郎の苦笑が憑依しているような。

しかし、三番ではエモさ全開。「人にかくして 流す花」のところなんかは、歌詞自体の情感と相俟ってグッとくる。その前の「大利根川へ」は、歌声のダイナミックさが川の雄大さとリンクしているかのよう。

藤圭子の大きな特長である、ら行の巻き舌も健在。これは股旅演歌との親和性抜群。特に2番の「腕まくり」のところは、伊太郎が恥隠しで見栄を張るところなので、威勢のよさが表れる巻き舌が合っている。

あとは、「潮来笠」の「が」、「大利根川」の「が」等、鼻濁音のところが耳心地いい。

最後に

この藤圭子版「潮来笠」を聴くと、申し訳ないが原曲の方は少し物足りなく感じてしまう。決して原曲を軽んじるつもりは無いけれど、正直な感想。まぁ、この曲に限らず他のカバー曲も大体そうなんだが…。中条きよし「うそ」も、千昌夫「北国の春」も。

ちなみに、茨城県日立市に吉田正音楽記念館がある。かみね動物園すぐそば。自分は、そこにあると知らずに立ち寄ったが、とても立派でいいところだった。おしゃれなカフェもあって。近くにお立ち寄りの際はぜひ。

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