板前の常識は世間の非常識
板前の常識は世間の非常識
3年目 焼き場編
僕が初めて「しん」と呼ばれる1軍のポジションに付いたのは3年目でした。
「芯」と言うのは責任者の事。
煮方の責任者だったら煮方の「芯」をはる。って言ったりするね。
この頃になるとすっかり洗脳がされて板前っぽくなりはじめる。 笑
それなりに後輩が出来て、偉そうな事言い始めたりする。
これを先輩は「板前を語る」って良く言ってた。
態度が悪い後輩を引っぱたいたり、説教したりして、板前とはどんな職業かを説いたりするんだな。 自分だってまだまだなのにね。
焼き場の仕事は1にも2にも段取り。
だって、いくら焦っても睨んでも早くは焼けないし、焦がしたら焼き直しだもんね。
平行に串を打って、焼き台の火力を調節しながら、もう毎日火と睨めっこ。
いくら芯をやらしてもらっているとは言え、キンキやら河豚やら初めて見る高級食材や焼く食材ばっかりなのでお手本を見せてもらって、毎日焼き加減や段取りを先輩にチェックしてもらわなければならない。
その時間も計算に入れて仕事に取りかからないと追われてしまうので、
もう行きと帰りの電車の中は予習復習と段取り表を書くのに精一杯。
ボールが何個必要でタオルが何枚必要で、このサイズのバットが何枚。。。。
何時までにこれを終わらせて、こうしてああして。。。。
なんて毎日毎日書く、そのうち精度が上がってくるんだな。
人間て本当に慣れの生きもんなんだって思った。
ラッキーだったのは、本当に良い食材を扱わせてもらっていた事だ。
俗にいう大名仕事(良い部分しか使わない)をさせてもらっていた。
この事が良かったって思うのはまだまだ先の事なんだけどね。
その時は当たり前だと思っていた。
人間て足りすぎてると、目の前の幸福にはなかなか気が付きづらいんだな。
さて、焼物って必ずと言っていい程焦がしたり生だったりする事があるんだけど、
幸か不幸か、焼き場を見てくれていた先輩が毎回抜群のタイミングでヘルプに入ってくれたお陰で殆ど焦がした記憶がない。
ただ、ヘルプに入る前に必ず「遅えーよボケ」って言われて蹴られてたけどね。
これって厳しいけどなかなか無い。
ある意味もの凄いチェックとモニタリング能力だと思う。
だって先輩は他の仕事抱えてるんだから。
にも関わらずほぼ100%に近い状態で焼き場が追われない様に、またお客様にちょうど良く焼物が出る様にヘルプに入って焼くのを手伝ってくれて自分の世話まで焼いてくれる。
刺身の方の先輩もやっぱり同じ様に脇板が追われてるとヘルプに入ってた。
もう抜群のタイミングで。
当たり前の事なんだけど、一般の世界ではなかなかないと思う。
焦がしたら「すいませ〜〜ん、もう一回焼きます」「あっ、生だった、すいませ〜〜ん」なんて考えられない。
そんな事言ったら2度と焼かせてもらえないって分かってたから。
役職が上になるにつれて、だんだん高い食材を扱わせてもらえる様になる。
見習いが何故掃除や整理整頓ばかりして食材に触れさせてもらえないかって、食材に触れる、料理が出来る有り難さを教える為なんだよね。
最初から触らせると触れる有り難みが分からないからだってよく親方が言ってたな。
フルーツでも何でも、初めて触らせてもらえた時の嬉しさって今でも覚えてるもんなあ。
ところで、そんな先輩もやっぱりヤンチャな訳で、世間からしたら信じられない悪戯をする。
ー50度の冷凍庫に30分位閉じ込められたり。(生命の危険を感じた)
白衣を纏める袋に簀巻きにされて放り出されたり。(俺はみの虫じゃねえ)
一斗缶で殴られて5針縫った後輩がいたり。。。(後輩の方が謝ってた。。)
実話ですから。。
まあ当時は珍しくなかったのかもね。
極めつけが眉毛を全部剃られた!
これは結構凹んだ。。
生えてくるまで出始めの男性用化粧品で描いてたもん。。。
カールスモーキー石井の眉毛を必死で真似てたあの頃にはもう戻りたく無いな。
つづく。。。
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