板前の常識は世間の非常識

板前の常識は世間の非常識

僕のいた店は親方の着替えや身の回りのお世話を手伝うのが、坊主と呼ばれる僕たち見習いの仕事でした。
もう、「仕事しなくていいから親父だけ見とけ」って毎日言われました。

親方は車で通っていましたから、毎日9時10分前に駐車場でお出迎えして、荷物とジャケットを持って、車ドアの開け閉めをした後、料理長室まで先を歩いてドアを開ける。

親方が料理長室に来られたら、服を脱がせてハンガーにかけて、床に付かない様にズボンを脱がせて、折り目をピシッとさせてハンガーにかける。
そしたら料理用の黒ズボンを履かせて、チャックを閉めてベルトを締めて、ネクタイの曲がりをチェックして、白衣を着せて、鏡で親方に着心地とスタイルをチェックしてもらい、OKが出たら合格。

親方がホテルに泊まっている時もあるんです。
その時は朝起こす事から始まりです。
大きくなく、小さくない声で
「おやっさん、おはようございます。高浩です」って最後に名前をつける。
そうすると、「おお、ご苦労さん。珈琲買ってこい」
ってお金をくれるんです。

機嫌が良ければ小遣いをくれる時も有るし、昔話をする時もあるけど、機嫌が悪いと「だれそれ呼んでこい!」「お前じゃ話しにならん!」って怒られるんですね。
何なんでしょうね。笑

起きたらすぐお風呂ですから、起こす前にお風呂を掃除するんです。
例え綺麗でも掃除する。
で、ひげ剃りやら石鹸やらシャンプーの蓋を取ったりしてすぐ使える様にしておくんですね。 
でタオルと共に、風呂場の親方の定位置みたいな所にセットする。
もうハウスキーパーさながらにやるんです。
親方がお風呂に入り始めたら、外で着替えを持って待つんです。
で、機嫌が良いと「もういいから仕事に戻れ」って言われますが、機嫌が悪いと色々と難癖つけられる。
高校生じゃないんだから。。。って思ってたけどね。

言い忘れましたが、親方のくる前に料理長室を大掃除するのも日課でした。
掃除が甘かったら勿論説教です。
だから、坊主が掃除終わったら先輩にチェックしてもらうんですね。
その後何喰わぬ顔して2番さんや兄貴が見て、親方が怒る様な事がない様に最大限気を使う。
このチェックする仕組みが、間違いなく仕事をこなすコツなんですね。
でね、次の日が忙しいからって夜に掃除して次の日の朝しなかったとしますね、そうするとまた叱られるんですね。
埃が朝には落ちて貯まるからって。。。
まあ厳密に言えばね。。
だから結局茶坊主達は朝が早くなる訳です。

ところで、最初のうちは、このズボンを床に付けない様に脱がすのが、なかなか上手くいかなくて叱られるんですね。
チャックが途中で引っかかって、親方も苦笑いみたいな。。。
先輩が見本見せてくれた時はそりゃあもう、流れる様な脱がせと着せだったもんね。

これは、他の人からみたら奴隷や虐待に見えるそうです。
まあ、確かにね。。分からなくもないわ。
でも、やってる本人達は大真面目なんですね。
この気遣いがお客様に通じるんだと。
(でもその後エクシブに移ってからは、生え抜きの若い衆にしかやらせなかったのは親方が周りの目に気を使ったんだと思う。)

着替えが済んだのを見計らって、料理長室の外で聞き耳を立てていた他の茶坊主がお茶を運んで来る。
このお茶は、15分おき位に勿論替えに行く。
例え入っていても、新しい物と取り替える。
勿体ないですね(笑)
お寿司屋さんで、仲居さんがお茶取り替えてくれますが、あれと同じです。
よく親方からは、中身の見えない湯飲みが45度以上に傾いていたら新しい物と交換と言われた。
よくどころじゃないけどね、もうタコができる位。
だから20年たった今でも覚えてるんだな、きっと。

僕の上の世代の方はもっともっとハードな思いをされ、しんどい修行をされてこられたのは重々承知しておりますが、私の世代の体験談として書かせて頂きました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?