板前の常識は世間の非常識

板前の常識は世間の非常識
続2年目編

僕のいた店には天ぷらカウンターがありました。
靴を脱いで寛げる高級なお座敷タイプのカウンターです。
揚げ手は勿論親方。
僕たち脇脇の小僧達にとって、数少ない親方と一緒に仕事が出来る場所でした。

親方は天ぷら山の上のに教わりに行ったそうで、やり方はそちらを踏襲していました。
余談ですが、僕がエクシブ山中湖でやっていた天ぷらはここがベースです。
なので、「君は山の上で修行したの?」とお客様から何度も聞かれてました。
仕事って面白いですね。

さて、僕たち小僧(追廻)の仕事は、とにかく掃除からでした。
夜掃除するのに朝また掃除。。。
それも毎日が大掃除のレベルです。ダクトなんか毎日顔が映るまで磨く。。
何で?って思ってましたが、そういうもんだって教わりました。
水道の蛇口を分解して掃除してる先輩もいたっけ。
暮らし安心の人みたいだった。
営業終了後の10時11時に掃除して、僕は毎日始発で来てたので5時過ぎにはまた掃除するわけです。「無駄!」でしょ? だって綺麗だもん、しかもめちゃめちゃ。
そんなある日、カウンターを磨いていると掘りごたつの中から兄貴が!
「おめー何時だと思ってんだよ?朝から掃除何かしてんじゃねーよ馬鹿」
「すいません!」
どうやら掘りごたつで寝ていた様だ、仕方ないので他の仕事を先に片付ける。。
ちなみに1度や2度ではない。
いやいや、あんた怒るけどさ、そこはベットじゃないからね。
しかも掃除しろっていったの兄貴じゃん!
と思いながらもあんな所で寝ている方が可笑しくてなんか笑ってしまった。
ちなみにこの兄貴とはその後14年一緒に働く事になる。。。

さて営業中。
カウンターはたった8人のお客様でももの凄い忙しい。
3種類のコースがあって、単品があって、全部を頭に叩き込んで決められた順番に食材を親方に回さなくてはならない。
もっともこれはなれるまで先輩の脇で見ているだけなんだが。。
注文が入ったら、調理場裏の水槽までダッシュ!して海老だの穴子だのを取に行く。
で、なかなか捕まらない=遅くなる=怒られる。の黄金の方程式が完成する。
海老まで俺の事馬鹿にしやがって!とデコピンした事もある。
魚だけでなく、野菜も回さなければならない。
でも親方は順番通りには揚げてくれない。
何故ならお客様の食べる速度やお腹の調子、はたまた今日入った良いネタなんかを織り交ぜてその人その人で違うコースを作っているからだ。
昨日はこれでも今日はこれ。この人はこれでもあの人はこれ。
はじめのうちは何がなんだか全く分からないが、だんだん慣れると面白い。
僕たちはどうしても親方や食材をみて仕事をしてしまいがちだが、本当に大事なのはお客様を見ながら仕事する事なんだよね。
あの人は歯が弱いからこのネタはこれに変えるとか、この人はこのアレルギーだとか、この人は食べるの早いから一気にネタ回さないと追いつかないとかね。
この緊張感と上手く行った時の高揚感がたまらなく好きだった。。。
これって杓子定規な奴はなかなか理解出来ない。
「なんで順番通りに回してるのに怒られないとならないんだよ」って怒ってる奴もいたなあ。
この点は理不尽でも何故か僕は理解出来たなあ。

親方が不在の時は先輩や兄貴達が揚げる事になる。
僕はそれほど手の早い方ではない。女性には早いけどね。笑
それでも一生懸命やっていると「遅い」って言って熱い油に今まで入っていた金属の箸を腕の裏にペトってやられる。
でもお客様がいるから声も出せないので「ふがっ」とが「んんっ」とか声にならない奇声を上げる事になる。
僕の腕の裏には未だに消えない包丁と火傷の後がある。
やった兄貴は忘れてるけどね。
今思えば、いわゆる虐待の部類に入ると思うんだけどそれが普通だったなあ。
これはさすがに嫌だったから後輩にはやらなかった(と思う)
今でも腕見ると何時でもこの時の事が思い出せる。良いのか悪いのか?

つづく。。。

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