第二話「流星のMW」

無数の光る点と暗く広がる海が存在している……
ここは宇宙、地球圏に近い地球連邦軍の中継コロニーがある宙域。
そこでは、連邦軍が所有する作業活動用のMW「トランス」が3機、指揮を執っている隊長機を含めれば合計4機が仕事に従事していた。

「隊長、各機パトロールの準備完了しました!」

部下であるジョエルからの無線連絡だ。
自分の駆るトランスの親指を動かしポーズをとる。

「今回の我々の任務はアースコロニー02の周辺警護だ!パトロールだからとは言え、気を抜くんじゃないぞ、怠った者には厳重な処罰を与えるからな!」

モニターに写った三人の部下が「了解」と短く返事をする。
彼らはきちんと訓練を積んでいる。若さからの反抗もあるが命令もすぐに聞いてくれるいい兵士だ。

だが、ここまで厳しくするのには最近コロニー周辺で起きている連邦軍への妨害工作の件が原因だ。
攻撃を受けた兵士からの証言はどれも不明瞭。
戦闘機だったとか、悪魔のようなやつだったとか……
私は木星国ないし反連邦勢力の仕業であると睨んでいるが、いずれも小規模であるためMW数機を送るだけで事足りると上層部は判断したらしい。
部下が命を落としていると言うのに殊勝なことだ。
そもそも最近の連邦軍の在り方には常々疑問が付きまとう点がある。
地球連邦が発足した時の崇高な概念は今や消え去り、堕落した部分が連邦の底にこびり付いているように思えるのだが……

「隊長?どうかなさいましたか?

「いや、何でもない。すまないな、怠るなと言っておきながら自らがそれを破るとは……。非礼を詫びて今日は私のおごりで一杯行こうか」

その返答に部下たちの嬉々とした反応が聞こえる。
そんな時だった。

「隊長、遠くに光る物体が……」

部隊の列の後続を務めているサムがそう報告した。
宇宙で光る物など恒星か人工物かの二択しかない。

「ミゲル、早くレーダーで索敵をしろ!私の杞憂で済むのならいいのだが……」

最近起きている妨害工作の件と照らし合わせるとその“光る物体”だと考えて行動した方がいいはずだ。
ミゲルのトランスの頭部が切り替わり、レーダーが露出する。
自分を含めた4機の熱源反応が映ったレーダーの画面が表示されると、自分たちから遠く離れた位置に新たな熱源があることを確認した。

「各機、散開!警戒状態のまま維持!ミゲルはやつの詳細な居所を報告しろ!」

続けて前方にいるであろう未確認機に遠隔無線で警告を促す。

「こちらに接近中の未確認機体に告げる!こちらは地球連邦軍所属の警護部隊である。速やかに所属と目的を答えよ、さもなくば攻撃を開始する!繰り返す、こちらに接近中の未確認機体に……」

「隊長……!前方の未確認物体ですが……」

急に割り込んできたミゲルの通信によって状況は大きく変わった。

「高速でこちらに接近しています!!」

冗談かと思い、聞き返そうとした時に私の横を何かが横切っていった。

その時目に映ったのは戦闘機、各部に違いこそあれど一世紀前の空軍が使用していた戦闘機に酷似していた。

「各機、敵は戦闘機のような姿をしているが、紛れもなくあれはMWだ!」

マニューバウエポン、通称をMW。BEAM粒子の技術を用いているマシンであればどれもMWに該当するが今では戦闘行動が可能なメカならばMWである、という認識に変わりつつある。

未確認機は直進して大きく反転、再びこちらに向かってきた。
再び確認してみると戦闘機にしてはおかしな点があると感じることが出来た。
機首の部分ややけに大きな戦闘機のノズル、そして両翼についている謎の突起物だ。
正面から見ると片翼に4基ずつ、合わせて8基ついている。

「各機に注意通達!あの未確認機体の翼についている突起物に注意しろ、何らかの兵装の可能性がある」

各機の了解、の合図とほぼ同時に未確認機からのバルカン砲による攻撃。

「たかだか、機銃程度じゃこのトランスの装甲は抜けないぜ!」

隊で一番若いダニエルが未確認機に向けて銃弾をばら撒きながら先行する。

「ダニエル、前に出過ぎだ!もっと隊長の近くに……!」

その刹那、ダニエルのトランスの腹部を閃光が貫いた。
ビームライフル、まだ地球サイドでは運用している機体はごくわずかであり、その技術を有しているのは連邦軍だけである。

「コイツ、木星側の機体かっ!!」

前方で起こった爆炎の中を再び閃光、もといビームが放たれてミゲル機のマシンガンを右腕ごと的確に撃ちぬいた。
即座に右腕を切り離し、ブースターを全力で吹かして戦闘機の腹の部分に取りついた。

「隊長、敵機に取りつきました!このまま俺ごとやってくだ……!」

そうミゲルが言い終わるや否や敵の動きが止まった。
とその瞬間、戦闘機の後ろの部分が動き出し、そこからビームが出現。
まっすぐと伸びたビームが形を変えずにそのまま、トランスの股から頭部までを串刺しにした。

何が起きたのか分からずに呆然としていると、未確認機は煙の中で翼、ジェットノズル部、機首などの各部分の形状を変えだした。
煙が晴れると、そこには戦闘機の面影はなく代わりに人の形を模したMWが存在していた。

「戦闘機、妨害工作……まさか、こいつが件の機体か……!?」

悪魔……と呼ぶのは仰々しいが確かに翼についている突起物を見ればそう感じるのも可笑しくないのかもしれない、などと感心している場合ではない。

やつがさっき、取りついたミゲルに使った兵装は恐らく“ビームサーベル”。地球ではまだ構造が不明なために運用どころか試験段階にもなっていない。まして、この兵装を使う木星側の機体などそう見られるものでもない。
この機体は明らかにこちらの戦力よりも倍以上の力を有している。

「ジョエル!ここは撤退だ!この機体の情報は何としても上層部に持っていかなくてはならない!」

モニターから悔やみの表情が見て取れたが、ジョエルは了解、と言い通信を切った。

「やつに牽制攻撃はする!その間にお前は安全宙域まで逃げろっ!!」

当たらずともいい、せめて時間さえ稼げれば。その一心で射撃を開始した。
敵機はまるで射線が見えているようで一向に当たる気配はない。
予備弾倉に手を伸ばした時、やつの翼についていた突起物の先端が次第に光り始めた。

「ジョエル、何かマズイ!回避体制を……!」

言い終わるや否や先端の光が直線に変わり、四方八方に飛び散った。
光の嵐とも形容できるそのビーム斉射はトランスの持つ銃や右腕、両足に貫通。さらに後ろのジョエル機の胴体にまで到達した。

先ほどまでジョエルと繋がっていた通信画面には砂のようなノイズしか映っておらず、彼がどうなってしまったのかを暗に理解させるものとなった。


勝てるはずがない……


どうしても脳裏にそう過ってしまう。
部下を殺され、武器も破壊された。もはや抗う術はこの場にはない。

「それでも……!」

腰にマウントされたヒートバトンを取り出し、レバー横のスイッチを押す。
次第にバトンが赤熱化されて黒から赤く変色を始める。
ヒートバトンであればトランス程度ならばダメージを与えることは容易いが、このMWに効くかどうか……

そう考えていると敵の動きがピタリと止まった。
にらみ合いの状態が数秒続いた後、体を折り畳み再び戦闘機に変形。
そのまま踵を返してスペースデブリが多く漂う宙域に飛んで行った。

「助かった……のか?」

持っていたバトンが手から離れて宙を漂う。
呆然としたまま、満身創痍のトランスは去っていく未確認機を見送るしかなかった。

「っ……!」

操縦レバーを強く握りしめ、“隊長”は顔をうなだれた。

「ダニエル、ジョエル、ミゲル……あいつらをやったあの機体は一体何だったんだ……?」

人の体を模した機体ならばそう珍しいことではない。
しかし、それに加えて変形する機体など今まで聞いたことがない。
それになぜ、自分を見逃して撤退したのか。
理解も追いつかない展開に頭が混乱している中、無線に連絡が入った。

「……尉、聞こえてますか大尉?トーマス・ボンラッド大尉、返事をしてください?」

「こちらトーマス大尉だ。未確認の機体と交戦、ジョエル中尉、ミゲル少尉、ダニエル少尉とトーラス三機を失う結果となった。私の機体も両脚の被弾、右腕破損し甚大な被害を被っている。支給回収を頼む、座標は…………」

「待ってください!どこの所属の機体でしたか?それにトーラスを撃墜って……」

無線の向こう側でざわつく声が聞こえる。

「所属は不明。しかし変形機構を備えていたこととビーム兵器の携帯から考えて木星側の新兵器だと思われる。……確証はないがな」

息を呑む音が微かに聞こえて、無線が静かになった。

「…………分かりました、至急そちらに回収班を向かわせます、通信終了」

そう言い、通信がブツと途絶える。
耳障りな音に顔をしかめてヘルメットを力強く叩きつけた。



衝突しあった岩石、何らかの作業に用いたであろう機械やその破片、そんなスペースデブリの中を高速で回避しながら飛ぶ機体がいる。

「戦闘宙域の離脱を確認、暗号通信モードを解除。アイザック、クリーブラットの戦闘結果の報告をお願いします」

コックピットの画面に突如として女性が現れる。

「こちらアイザック・クルーガー。連邦軍所属のトランス4機との戦闘の結果、3機を大破、1機を中破したところで戦闘を中断し、今帰還行動についている」

サングラスをかけたアイザックと呼ばれた男が画面に向かって報告をする。

「内容は把握した。しかし、隊長機のトランス1機だけなぜ逃がしたの?」

画面の向こうの女性から発せられたそれは叱責としてではなく、あくまで冷静に分析する側面としての質問のように感じられた。

「今回の主眼である誘導作戦の必要時間は既に達していた。結果として逃しはしたが、作戦成功の可否には影響がないはずだ。それに……」

そう言いかけてモニターに映る自身の動揺した顔に気づく。
サングラスをかけ直し、澄ました表情にしてアイザックはこう続けた。

「それにな、エイラ。あの隊長機には悪いがやつには、俺の目的のための餌になってもらうためだ」

それを聞いて複雑そうに顔を下に伏せた後、エイラと呼ばれた女性は顔を上げて先ほどまでの表情に戻った。

「では、前者をクライアントに理由として伝えておきます。合流ポイントはKO08に変更なし。そこでクリーブラットを格納する。以上、通信を切断する」

そこで、通信がプツリと切れる。
デブリの宙域を抜けたクリーブラットをオート飛行に設定し、コクピットに投影された宇宙に目を向ける。

「俺の目的か……。そうだな、全ては真相を知るための目的でしか……ない!」

宇宙の中に一つ、また閃光が走った。

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