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何を話してるの?-Animal Linguistics-

朝に少し早く起きると、朝ぼらけに鳥たちのさえずりが聞こえてきます。
楽しんだか楽しくないんだか、沢山の鳥が賑やかに喋っています。聴いているとどうもパターンや種類があるようなことはわかりますが、何を話しているかはさっぱりです。

ペットを飼っているご家庭では、ペットがしきりに何かを訴えているように唸ったり、嬉しそうだったり楽しそうだったりして鳴き声を上げることがあると思います。
そんなとき、「何言っているかわかればいいのにね」ということを感じがちです。

近年、動物のコミュニケーションにおける言語が色々と明らかになってきています。
今日は、動物言語学の世界の話をしていこうと思います。


Introduction

from AFPBB News

先ごろ、このような論文がnature ecology & evolutionに掲載されました。

African elephants address one another with individually specific name-like calls | Nature Ecology & Evolution Michael A. Pardo et al. (2024)

どのような論文だったかと言うと、アフリカサバンナゾウの2集団で録音されたゾウの鳴き声を調査し、人工知能(AI)アルゴリズムを用いて、469種類の鳴き声を特定した結果、特定の発声ではなく各個体に向けられた鳴き声を認識しているというものでした。

内容につきましては、このサイトで詳細がわかります。
ゾウはお互いを名前で呼び合う 人間と同様 研究 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News

論文の筆頭著者を務めた米コロラド州立大学(Colorado State University)の行動生態学者マイケル・パルド(Michael Pardo)氏は、「ゾウは個体ごとに特定の発声をしているだけではなく、自分に呼び掛けられた鳴き声を認識して反応し、他のゾウへの呼び掛けは無視していると考えられる」と指摘した。
また「ゾウは呼び声を聞いただけで、それが自分に対するものかどうかを判断できることを示している」とも述べた。

ゾウはお互いを名前で呼び合う 人間と同様 研究 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News

言葉を話す動物で言えば、クジラやイルカなどの哺乳類やインコやオウムなどの鳥類が挙げられます。

イルカでいうと、親や集団の使用する鳴き声を模倣してシグナルとして学習していますが、コミュニケーションの中で単純な表現だけでなく、個体に特有の声のパターンをもとにラベリングをして名前として呼び合っているとされています。

このコミュニケーションは「シグネチャー・ホイッスル(Signature whistle)」として古くから知られていました。また、インコは個体群の中で相互で認識し合って会話をするという「コンタクト・コール(Contact call)」というものも知られており、新たにゾウも同様な発声による個体の識別とコミュニケーションが可能であることが明らかになったということです。

近年、これら動物の発声によるコミュニケーションの研究である動物言語学(動物行動学)が急速に発展していますが、その背景にはAIの存在があります。


”The code breakers”

動物のコミュニケーションの解析というのは、最も重要なものが「サンプリング」となります。鳥やイルカなどの鳴き声や、霊長類のジェスチャーを録音・録画し、パターン認識をして体系化することで言語は解読できるようになります。

ヒトについては、言葉がわからない国に行ったときに最初に機能するのがジェスチャーです。自分の知りたいものを指差し、相手が返した言葉から自分の知る言語と照合し翻訳するというのが基本のパターンです。
もちろん辞書や地球の歩き方を持っていれば、もっとスムーズに事が運びます。

言語には最初から辞書があるものではありませんし、動物にいたってはそもそも言語を持っていることすら不明です。
さらに、動物が必ずしも友好的に言葉を教えてくれるわけでもないので、とにかくその調査対象の発する声と一挙手一投足を記録しパターン化するしかありません。

動物の言葉を理解するという挑戦は古来より行われてきましたが、自由に音声がサンプリングできるようになったのも近代であり、さらにデータを比較し体系化するのは非常に時間が掛かる作業でした。また、経験豊富な生物学者であっても、一見似ているように見えるシグナルの区別には苦労することが多いものです。

その解決のために非常に強力なツールになり得ることが期待されているのが、AIによる機械学習です。

近年で解析技術の発展により1つのアルゴリズムの処理能力は飛躍的に向上してきました。それに伴い、膨大なデータを処理し、パターン化をすることができる機械学習が実用化段階に到達しました。


機械学習(Machine learning)

from NTT東日本-クラソル

現代ではもはや必修科目となるであろうAI技術ですが、主に機械学習やディープラーニング、ニューラルネットワークなど色々な用語が存在します。

機械学習には、①教師あり学習、②教師なし学習、③強化学習が存在します。

①は既に正解がわかっているものをもとに、データがAに対して同じAなのか異なるBなのかを分類したり(識別)、周期性のあるデータから推定を行うこと(回帰)を目的としています。

②は①に対して、正解が無いものになります。大量のデータを分類しグループ化することを目的としています。これにより、データの類似性からパターンを認識し仕分けることができるようになります。

③は②と同様に正解がないものになりますが、出力され演算結果にスコアを付け重み付けをすることによって、最適な解を算出することを目的としています。

今回は動物の言語の話をするので詳細は省きますが、この動物のコミュニケーションの研究には②の教師なし学習が実力を発揮します。


クジラの言語

クジラの言語構造、想像以上に人間の言語に近かった -MIT Technology Review-

ここ数年で、動物の言語に関する研究では急速に多くのことが判明してきています。

Contextual and combinatorial structure in sperm whale vocalisations | Nature Communications
Pratyusha Sharma et al. (2024)

この研究はマサチューセッツ工科大学(MIT)コンピューター科学・人工知能研究所(CSAIL)が、Project CETI(AIを活用してクジラを理解することを目指すという非営利団体)と共同で行ったものとなります。

マッコウクジラはコミュニケーションをとる際に「コーダ」と呼ばれる短いクリック音を発しますが、今まで謎の多いものでした。

研究チームは、2005年から2018年にかけて「ドミニカ・マッコウクジラ・プロジェクト(Dominica Sperm Whale Project)」が収集した、約60頭のクジラの8719のコーダの録音データを、パターン認識と分類のアルゴリズムを組み合わせて分析しました。
結果、クジラのコミュニケーション会話は文脈に応じて構造化されている複雑なものであることが判明しました。これによって、これまで認識されていなかった特徴的な発声を特定することができました。

クジラの言語は古くから知られており、200年前の海ではクジラの群れの中で捕鯨船を回避する方法を共有していた可能性が高いという研究もあります。

Adaptation of sperm whales to open-boat whalers: rapid social learning on a large scale? | Biology Letters (royalsocietypublishing.org)
Hal Whitehead et al. (2021)

また、マッコウクジラは北極から南極まで世界規模で分布していますが、その中でもカリブ海の群れは「カリブ海訛り」の独特のコーダを持つとされています。

Multilevel animal societies can emerge from cultural transmission | Nature Communications
Mauricio Cantor et al.  (2015)

クジラの言語については、今後更に多くのことが明らかになることを期待します。


シジュウカラの言語

https://www.animallinguistics.org/research

東京大学には、動物言語学分野を専門とする世界初の研究室があります。
動物言語学分野 鈴木研究室 | 東京大学 先端科学技術研究センター (u-tokyo.ac.jp)

この研究室では、主にシジュウカラを対象とした研究を行っており、そのコミュニケーション能力を明らかにしています。

Alarm calls evoke a visual search image of a predator in birds | PNAS Toshitaka N. Suzuki (2018)

シジュウカラは国内でも山地から都市部でも確認できる非常にありふれた存在ですが、その生態は実に高度なものであるとされています。

シジュウカラは捕食者のヘビを見つけると警戒する特別な鳴き声を発しますが、ネコやカラスなどの他の捕食者と明瞭にことなるものであり、仲間のシジュウカラに特異な行動を促すことが判明しています。
具体的には、単に情動的なものではなく環境中のヘビの検出を促すものであるそうです。このような音声の指示性はヒトに固有のものであると考えられてきましたが、鳥類でも確認できた報告となります。

他にも、鳴き声の語順を組み合わせることに寄ってより複雑なメッセージを伝えることができるようになっているということも発見されており、文法規則に従えば聞いた音から正しく情報を解読することが可能であるとされています。このように、音声の構成性文法をヒト以外の動物で初めて実証した報告となります。

このような指示性や構成性といった言語機能は霊長類においてもほとんど報告されていないものであり、非常に今後の展開が興味深い分野です。


チンパンジーの言語

from Max-Planck -Gesellschaft

野生のチンパンジーの鳴き声5000回を録音して解析した新しい研究により、チンパンジーは12種類の異なる鳴き声を複雑に組み合わせて390通りもの「構文」を作っていることが明らかになっています。

Chimpanzees combine calls to form numerous vocal sequences | Max-Planck-Gesellschaft (mpg.de)

ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所の研究チームは、コートジボワールのタイ国立公園に生息する3つのチンパンジーの群れを調査し、野生の成体のニシチンパンジー46頭からのべ900時間に及ぶ音声記録を収録し、解析を行いました。

録音されていた5000回の鳴き声を分析したところ、チンパンジーの鳴き声はうなり声(Grunt)、ホーという声(Hoo)、ほえ声(Bark)、叫び声(Scream)、泣き声(Whimper)、息を吸いながら音を出すあえぎ声(Pant)などの種類があることが判明しました。

この結果から、チンパンジーの発声系では、12種類もの鳴き方が1つの単位や二重音、または三重音以上のシークエンスとして柔軟に使用されており、何百もの異なる意味を符号化することができる可能性が示唆されました。
これはヒトの言語が生み出すことができる無限の文章の組み合わせに比べればかなり小さいものの、従来の霊長類の発声系として考えられていた以上の構造を提示したものでした。


Conclusion

動物のコミュニケーションを研究することは、ヒトの言語の起源や進化を紐解くことも大きな目標として位置づけられているとされています。

従来、ヒトの言語と動物のコミュニケーションは断絶されたものであると考えられてきましたが、近年では、上述のように動物の中でも複雑なコミュニケーションが取られていることが明らかになってきており、動物種間あるいは動物とヒトとの比較から、言語を生み出す認知能力の進化原理の追究が進められています。

これらの研究は、動物行動学だけでなく、言語学や認知科学、更にはAIによる工学的な知見も含めた領域間の横断的な協力によって成り立っています。

これからの時代の研究は、従来の成熟した研究と未成熟な技術を組合させてより未知な領域へと進むことができるのだと思います。

そして、忘れてはいけないのは、これらの研究成果は豊富な生物多様性の中での進化の過程で獲得してきた生物たちの優れた能力により明らかになっていることです。

これらの研究の情報を調べていく過程で、筆者は生物に対してより一層の興味を深めたとともに、自然保護についても考えさせられていきました。
動物たちが我々と同じように言語を用いているなら、今までのようにヒトとそれ以外の動物というような区別ができなくなっていきます。

空を飛ぶ鳥や森に生きる動物は、ヒトの手により変わりゆく地球の環境に、どのようなことを感じているのでしょうか。

怒られそうなので、今はまだ知らないフリをします。


ご清聴ありがとうございました。





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