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「手伝う」について

僕のようなアラカンの男性が若い頃は、「男性が外で働いて稼ぐもの、女性は専業主婦として家の中のことや育児を取り仕切るもの」という意識が根強かった。

女性は結婚したら、「寿退社」が当たり前であったし、専業主婦が基本形であった。僕の場合は、銀行という保守的な業界にいたから、余計にそういう感覚が染みついていたのかもしれない。もちろん、子育てが一段落した後、パートで働くくらいのことはあったが、フルタイムでバリバリの共働きというのは明らかに少数派であった。奥さんが弁護士とか公務員とか医師・看護師とか、そういうケースくらいだったか。

僕の娘とかを含む、最近の若い夫婦だと、むしろ共働きがデフォで、専業主婦の方が少数派という感じがする。右肩上がりで給料が増えることが期待できるような世の中ではなく、まずは世帯所得を確保し、将来に備えること等を考えたら、夫婦揃って働くという選択肢しかないのかもしれない。

「寿退社」当たり前だった銀行の女性社員もある時期を境に辞めなくなった。銀行くらいに産休・育休等の福利厚生が恵まれた職場はそうそう見当たらないから、ずっと働き続けようと考えるのは合理的な判断であろう。

家事・育児に対する世代間の価値観の相違も大きい。うちの娘なんかと話をすると、家事・育児は妻固有の仕事という感覚は皆無である。共働きである以上、家事負担もイーブンであるべきということであろう。学校の家庭科なども男女一緒に授業を受けた世代である。ジェンダー・ロールを男女で区分けするという発想自体、僕らの頃と比べれば、そもそも希薄なのである。

夫婦間で、双方のこの辺の感覚がすり合っていれば、何も問題はないのだが、共働き家庭において、夫サイドに家事・育児を「手伝う」という意識がほんのわずかでもあって、そういう意識が言葉の端々にでも見え隠れすると、妻サイドは何やら「もやもや」したものを感じてしまうようだ。共働きを前提とするのであれば、当然であろう。「手伝う」というのは、自分の責任分野ではないというのが前提であるからだ。現代っ子の妻からすれば、当然に双方が共同で担うべき業務であるから、「手伝う」という感覚自体が間違っているということになるのだ。

繰り返しになるが、この辺の感覚は、専業主婦か共働きかでも違うだろうし、共働きでも双方の勤務時間や勤務形態に違いがある場合や、所得格差の有無や程度によっても違うだろう。

夫も妻も、家庭という「共同事業体」を運営するパートナーとしてフィフティ・フィフティの立場にある点に関しては間違いない。「共同事業体」への貢献法はそれぞれの能力や得手不得手によっていろいろなバリエーションがあっても良い。「専業主婦」「専業主夫」というのは極端なケース(「外で稼ぐこと」「家事・育児を担う」ことの機能分化)であるし、「完全イーブンな共働き」というのも、貢献方法のバリエーションの1つと考えればわかりやすい。

家事・育児の担当割合については、「専業主婦」「専業主夫」のケースであれば、主婦/主夫の方が限りなく100%を担うのは仕方がない。この場合は、空いている時間に家事・育児を「手伝う」という感覚は決して間違いとは思わない。

「完全イーブンな共働き」の場合、家事・育児は当然に連帯責任ということになるので、「手伝う」という感覚が見当違いであるというのも納得できる。双方とも当事者意識をもってイーブンに取り組むべきことなのだ。一方、「完全イーブン」ではなくて、どちらかがパート勤務であったり、所得格差が相応に大きい場合で、家事・育児の負担割合に差を設ける場合であれば、必ずしも見当違いとは言えない。

「手伝う」にもやもやを感じるのは、漠然と双方の連帯責任だと思いつつも、それぞれの家庭の個別事情に基づいて、具体的な責任の所在がきちんと落とし込まれていないからではないだろうか。どれくらいの負担割合が公平か。夫婦間でこの点の認識がすり合っていないと、片方(主として妻側が)がもやもやを感じてしまう。

まずは、総体としての家事・育児なる業務の負担割合を夫婦間でどうシェアするか。そこのところに関してきちんと合意形成する必要がある。双方の負担割合の大小については、「完全イーブンな共働き」ならば均等にすべきだし、勤務時間や勤務形態に違いがある場合や、所得格差が相応に大きい場合などは、双方で協議して、6:4とか、7:3とか、負担割合を調整することになる。

次に、家事・育児というものも、ブレイクダウンしていくと、かなり多くのタスクに分類される。それらを個別に検討して、双方の得手不得手や適性、その他の事情を勘案しつつ、それぞれの業務の主管者、あるいは主担当を決めるというのはどうだろうか。たとえば、料理の主担当は妻、掃除・選択の主担当は夫、保育園に送っていく主担当は妻、お迎えの主担当は夫といった具合である。何らかの事情で主担当がやれない場合には、双方の協議に基づき、副担当が「手伝う」あるいは「サポート」するということになる。会社の業務だって、たいていそういう感じで運営しているのではないだろうか。

「連帯債務は無責任」という言葉がある。誰が主たる担い手か明確でないと、お互いに譲り合いや押しつけ合いが生じて、仕事が円滑に進まないようなケースを意味している。家庭内の家事・育児も同じことが言えるのではないか。責任の所在を曖昧にせず、個々の業務の主担当を明確にしておけば良いだけのことだ。何かの事情で主担当ではない業務を引き継ぐ場合は、「手伝う」ことになる。自分だって、いつ何時、手伝ってもらうかもしれない。お互いさまである。そう考えれば、もやもやする必要もない。

自分が主担当の業務を相方に引き継ぐ場合のことを想定すれば、業務の「見える化」「マニュアル化」は日頃からやっておくべきである。たまに自分が主担当ではない業務をやることで、無駄や非効率が発見されたり、業務改善のネタが見つかるかもしれない。


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