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おやすみまたね。

自宅が好きだ。
本棚からあふれて床から積み上げられた漫画がたくさんあり、ゲームがあり、ほどよく汚くて寝床があり、駅へのアクセスも良いからだ。

ちょうど5年同じ家に住んだが、本が増え物が増え、1LDKでは手狭だと感じることが多くなってきた。
極めつけはテレワークである。
さすがに同時刻にそれぞれオンライン会議などがあると、1部屋を区切って使ったとしても不便と言わざるを得なかった。

「引っ越そっか」
「そうだねえ」

ぽつぽつとそんな会話が頻繁に発生するようになり、私の転職のタイミングで、部屋数の多く広い間取りの賃貸へ引っ越すことにした。

そう、ついにその日が来るのだ。
目下明日である。

漫画以外の荷物もさほど多くなく、荷造り自体はどうにかなりそうだ。バタついたりもしたが、何も問題なく進んでいる。

ただ私が無性に寂しくて仕方がないだけだ。

一緒に住む人も、一緒にいるぬいぐるみもソファもベッドも変わりゃしないのに、住む外側の箱が変わることでこんなに寂しい気持ちになるとは自分でも意外である。

熱を出した日、酔いつぶれてトイレで寝た日、玄関で寝た日、酔って悪態をつき「うるせえ全員〇す」と暴れのたまった日、泣いた日笑った日、楽しかった日。風呂上がりに服を着るのがめんどくさい日(毎日)。

自分の本当の全部がここにある気がして、去ることでそれらがなくなってしまうような儚い気持ちになるのだった。

それらと言っても記憶とか思い出なんだから実体があるわけじゃあないのにへんなの、と思いかけたが実体がないものだからこそ場所に紐づけて残したくなるのであろう。ふむ、オーイワ納得。

でももうあなたとは一緒にはいられないのよ、と頭の片隅にいる架空の女がため息をつきながら言った。わかってるさ、そんなこと。

ふと気になり、いつも寝床を共にするネコのぬいぐるみに目をやった。

ぼくをダンボールにいれないで。ぶるぶる。

前職のスキルを駆使し容赦なくダンボールにありとあらゆるものを隙間なくぶち込んでいく私の姿に不安を覚えたのか、こいつは脳内に直接訴えかけてきたようだ。
まあたしかに最高の緩衝材にはなるだろうが。

わかってるよ、お前は私が抱えて連れて行くから安心しろ。周囲から異常三十代女性だと思われても構わん。

部屋が着々と片付いてきて、終わりの時間が近付いているのがわかる。

さあ今日は早めに寝よう。
明日はこの家から徒歩3分の新しい家に向かわなくてはならないのだから。

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