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心の栄養(数学ダージリン)【#毎週ショートショートnote】

 彼は塾に通ったことがないそうだ。「自分でできるから」「周りに合わせるのが苦痛」「時間の無駄」とその理由を言った時の、怪訝そうな顔が忘れられない。なぜそんな当たり前のことがわからないのだと言いたげだった。

 「試験勉強してる?」と訊かれ、同じ顔で「してるけど?」と問い返す彼は、高校二年のいまではすっかり変人扱いされていた。休み時間にまで教科書や参考書を広げ、勉強し続けている姿を見れば、それも仕方がない。あれで彼は「いい大学に入りたい」とはどうやら思っていなくて、ただ一途に、ひたすらに、勉強――それも数学を愛しているようだった。

 香り高い紅茶でも飲むかのように、彼は数学を摂取する。まるでそれが彼の心の栄養であるかのように。ほかの人がスマートフォンで動画を見るように。あるいは仲のいい友達と喋るように。

 変わった人だと思いながら、私はそっと彼に寄っていく。

「数学、教えてくれないかな?」

 さっとこちらに向いた彼の驚いた顔も、たぶん忘れられない。

(本文422文字)


こちらの企画に参加させていただきました。

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