漁火(損の一部、真イカ)【#毎週ショートショートnote】
彼の朝は、たいていイカで始まる。
食卓に刺身が並んでいる。獲れたばかりの透き通った新鮮なイカだ。
「損の一部、真イカってなあ」
イカ釣り漁師の父親が笑う。今朝がた釣ったうち競りにかけられない撥ねものを持ち帰ったのだ。
「朝からイカかよ」
「ばか、朝から食うから美味いんだろ」
父親は上機嫌だ。
ちっちゃな頃から朝からイカ。なんの歌にもならない。そしてイカは食わない。飽きた。トーストを食ってカフェオレを飲む。自転車に乗って学校へ行く。今年は受験生で、ひとりっ子だが漁師は継がない。それがいいと母親も言う。父親がどう思っているかは知らない。
学校から塾へ行き、午後八時まで勉強して、自転車を漕いで帰る。道すがら、海に煌々と輝く漁火が見える。
イカ釣り漁は午後三時頃から明け方まで、ああしてライトを灯してイカを呼ぶのだ。
イカなんてうんざりだが、あの灯りを見るとつい考えてしまう。
あの中の、どれが父さんだろう。
ほんのちょっぴり、明日もイカが出るといいなと思う。
(本文430文字)
こちらの企画に参加させていただきました。
裏のお題「損の一部、真イカ」、そのまんまイカの話。舞台は函館。
朝から新鮮なイカ食べたい。
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