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GUILTY&FAIRLY 『蒼 彼女と描く世界』 著 渡邊 薫    

第十一章  二つ目の森

 

 

交代で仮眠を取り、持ってきていたフルーツサンドなど食事も摂ってみんな一日目の疲れが取れた様子だった。

 

荷物を片付けて、オリバーがみんなを集めて次の森の説明をした。

「みんなしっかり休息も取れて食事もして万全な体制だと思う。次の森は【強欲の森】と言って、身体感覚優位な人が特に影響を受けやすい森だ。特に味覚部分に反応する。森に入る前のテストだとウィリアムが特に要注意だという事になるけれども、先ほどの森でも分かったように、他の人も影響を受けないとは限らない」

「テストしたのに? 結局他の人も影響を受けるの?」

「どの感覚もみんな使っているものだからね。優位というだけで、使う割合は人によってバラバラさ。それに滞在時間が長引くほど、みんな危ない。どの森も一見幻想的だったり、魅力的だったりするが気持ちの緩みが命に関わるから、みんな気を引き締めて」

「具体的に、その強欲の森ってどんな所なの?」

「人間の食に対する欲を刺激する場所さ。次に現れる森の食べ物は魅力的だけれど、食べないように。少量だとあまり大きな害はないみたいだけれどね」

「そんなの分かっていたら、食べないよ」

「でも、少量だと害はあまりないって、ちょっとだと食べても良いって事?」リリーは気になってオリバーに聞いた。

「僕の集めた記録によれば、少量を口にしたけれど、無事だったという人も何人かいたからね。今のところ特に症状は出ていないみたいだけれど。数年後に出る物なら、ここの食べ物による作用とは断言しづらくなるからね、本人が気づいていないだけかもしれない」

「ふ〜ん。そうなんだ」

「まさか、食べる気なの?」ジャンは心配になり、リリーに尋ねた。

「ちょっと聞いただけよ。それに私たち妖精は食べ物を食べる習慣がないわ」

「そうなのかい? じゃあ、どうやって栄養を摂っているんだい?」ウィリアムが気になって質問した。

「空気よ。空気があれば生きられるわ。あとお水。それと太陽があれば充分」

「なんか不思議。植物みたいだね」ジャンは興味深そうにリリーに言った。

「人間の方が不思議よ。そんなに食べなくても生きていけるんじゃない?」

「食べるのも楽しみの一つさ」ウィリアムが答えた。

和やかな空気の中、オリバーが

「気を付けてくれよ。誘惑に惑わされないように」と注意した。

「ああ、今度こそビシッと、気を引き締めて行くよ。任せてくれ」

「じゃあ、どんどん進もう」

そこから普通の森を数時間歩き続けた。

「ねえ、次の森はまだなの?」

「もう少しのはずなんだけど」

「なんか甘い匂いしない?」

 ジャンがそう言うと、みんな辺りを見回しながら匂いを嗅いだ。

「本当だ。うっすら果物の香りみたいな甘い香りがする」

「……次の森に入ったね。ここから気を付けて行こう」

「なんか、でもちょっと楽しみね」

リリーはジャンの横を飛びながら話し掛けた。

「浮かれてると危ないよ」

「分かっているわ」

 

そこからまた歩き続けていると、実がなる木がポツリポツリと現れた。

その辺りまで来ると、甘い果物の香りが辺り一帯に充満していた。

「なんか、形が林檎みたいね」

「見た目は似ているね。なんかピンク色だけど。でも、林檎よりもすごく甘い香り。……なんだろう? 完熟した桃がそこら中にあるみたいな感じ……色も桃っぽいし。すごく良い香りがする。確かに、これは食べてみたくなっちゃうね」

「まだ、この森は入ったばかりだ。誘惑はこれからだよ」

歩き続けると今度は足元にたくさん蔓が伸びていた。その蔓には苺のような形をした紫の実がなっていた。

「今度は苺と葡萄が一緒になったみたい。どんな味なんだろう」

「さっきも言ったけど、食べたりしないでくれよ」

「分かってるよ。言ってみただけだよ」

「君たちといると、心配事が増えるよ。一人で来た方が良かったんじゃないかって思う時さえある」

「人数多い方が良いと君が言っていたじゃないか」

「ああ、正気を保っていられる人が一人でもいれば生存確率が上がるからね。ただ、逆なら荷物になるってことがさっきの森でよく分かったよ」

それを聞いてリリーが

「結構失礼な言い方を堂々とするよね」と言った。

「本当の事だろう?」

二人の不穏な空気にジャンが、

「まあまあ、僕たちの事で喧嘩しないで。今のところこの森は順調だ」と仲裁に入った。

「そういえば、この森には私たち以外の人間が見あたらないわね」

「最初の森で囚われる人が大半だからね。進む方向も的確じゃないと、抜け出せずに延々と歩き続けて結局囚われてしまうのさ」

「じゃあ、この先、人間はほとんどいないって事?」

「いや、最後の森まで記録が残っているから通り抜けている人間もそれなりにはいると思うよ。それほど多くはないと思うけど。そのうち誰かに会うかもね。正気を保っていれば話を聞けるんだけど」

それから、どんどんと歩き進めた。

「すごい。なんか奥に進むにつれて果物の種類が増えていくね。見た事ありそうでない果物ばかりだ」

ウィリアムがそう言うと、

「うん。それにさっきの花と一緒で大きな実が増えてきたね」とジャンも興味津々に辺りを見まわしていた。

 

歩き続けると、足元で何かが割れる音がした。

パリパリ。パリパリ。

「何これ?」

ジャンが足元に落ちている葉っぱのようなものを拾い上げた。

「形は葉っぱだけど、匂いがクラッカーみたい」

ウィリアムは足踏みをした。

ザクザク。ザクザク。

「うわっ。これクセになりそうだな。大量のクラッカーを踏み潰すようでなんか悪いことでもしているみたいだ」

「……いよいよ囲まれてきたな」オリバーは険しい顔で辺りを見回した。

歩き進めているとジャンが、

「ねえ! この木の切れ目から出ているの、生クリームの香りがする! 一緒に垂れ流されているのはケーキシロップみたいじゃない? ……最高の組み合わせだな。お腹がいっぱいでもそそられるよ。これで、コーヒーでもあればなぁ」

「ねえ! ジャン、こっちからコーヒーの香りがする!」

リリーはジャンの方を向いて手招くと、コーヒーの香りがする方へ飛んでいった。

「リリー、待って!」

と言ってジャンがリリーを追いかけようとすると、

「おい! あまり逸れるな」とオリバーは厳しめの口調で言った。

「分かっているよ。リリーを呼び戻してくるだけだよ」

「何があるか分からない。何も口にしないでくれよ」

「うん、すぐに戻るよ」

そう言ってリリーを追いかけた。

 

「リリー、リリー。あれ? どこに行ったんだ?」

パキッ。

何か硬い物を踏んで割れる音がした。

足元を見て、それを拾い上げてみると、殻はイガイガとしていてまるで栗のようだ。

中に見える身はとても香り高い紅茶の香りがした。

「なんだこれ、紅茶だ。すごく香り高い。紅茶の木の実だ。凄く面白い! ……家に戻ってちょっと食べるくらいなら大丈夫かな?」

ジャンは木からイガイガの実を揺さぶり落とすと、二、三粒殻から取り出しズボンのポケットに入れた。

するとその奥の大きな木の陰から体格の良い、見知らぬ男が顔を覗かせた。

落ちてきそうなほどにギョロリとした目をした男だ。

「……妖精に気をつけて。今、妖精がこの辺を通った」

ジャンはギョッとした。

「どう言う事? 妖精がなんだって? あなたは?」

「ここに来た人の多くが、妖精に唆されて来ているんだ。妖精は何かこの森に関係している」

「そんな事ない。妖精はそんな悪いものじゃないよ」

「じゃあ、君はこの森に自分の意思で来たのか?」

「……。ああ、そうだ」

「とにかく気をつけた方がいい。見た目に惑わされているととんでもない目に合うぞ」

遠くから、リリーの声が近づいてくるのが聞こえた。

「お〜い。ジャン、どこにいるの? 近くにいたら返事して」

男はギョロリとした大きな目を見開いて僕の目をじっと見た。

「妖精だ! 気を付けろ」

大柄の男は奥の森へと消えて行った。

リリーは僕に気が付き、こちらに飛んで来た。

「ジャン! 良かった。逸れたかと思っちゃった。コーヒーの香りはあっちの木からよ。一緒に行こう」

「ああ、ごめん。君を見失って——」

ジャンは言いかけて、口を噤んだ。

「どうしたの? 何かあった?」

「……。いや、何でもないよ」

リリーは少し気になる様子でジャンの顔を見た。

「……それより、オリバーが怒ってたよ。もう二人の所に戻ろう」

「オリバーってばすぐ怒るんだから。せっかくの冒険だから楽しめばいいのに」

と言いながら渋々、リリーはウィリアムとオリバーのいた方へと向いて飛び始めた。

ジャンは木の方へと振り返って男がいないか確認したが、どこにも見当たらなかった。


『GUILTY & FAIRLY: 罪と妖精の物語 color』(渡邊 薫 著)
全てはある妖精に出会ったことから始まった。
これは、はたして単なる冒険の物語だろうか。

異世界への扉。パラレルワールドに飛び込むことが出来たなら、どうなるのだろう。
自分自身はどう感じ、どう行動していくのだろう。
あるはずがない。
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