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鍋の中の風景と、ソール・ライター

つい先日、あるレシピを見ながらポークカレーを作っていたときのこと。

たまねぎのみじん切りとトマトの水煮を炒めていた。普段ならこのぐらいでいいか…というところを「木べらで鍋底をこすってもあまり動かなくなる程度まで」しっかり炒めるようにとレシピに書いてあったので、私は犬のように忠実に、鍋を火にかけ続けていた。

鍋底がちりちり音を立て、油が細かく跳ねるのを手の甲に感じながらへらを動かしていたら、ある瞬間にたまねぎをトマトとオイルがくるみこんだように変化して、見慣れた食材が鍋の中で不思議なものになっていった。

見た目も、香りも、味わいも、全部新鮮。

ふと、その日の昼間に渋谷のBunkamuraで観てきたばかりのソール・ライターの写真を思い出した。

「神秘的なことは馴染み深いところで起こると思っている。なにも、世界の裏側まで行く必要はないんだ」

と、伝説の写真家は言う。そのことば通り、ニューヨークの街角で彼の心象風景を切り取った写真は、もし同じ時間に同じ場所にいたとしても自分にはきっと見つからないなと思うような、構図と色だった。

料理のレシピはおおげさに言うなら、書かれている通りに作るという作業を通して料理家の目に見えている風景を、家にいながらにして見るための処方箋。
すぐれた写真家の目によって「見慣れた場所の新しい風景」に私たちが気づくのとまったく同じで、よいレシピによって私たちは、かわりばえしない家の台所で、いつもの鍋で、目をみはる色や香りや熱に出会うことができる。

料理は、一回一回が、単なる実用だけでない素敵なできごと。

なんて書きながらも、普段のご飯作りではそんなこと言っちゃいられないと、自己流でさらっと作っている。なるべく多くのものを見て迷わないよう、新しいものに出会って寄り道しなくてすむように。

ちなみにポークカレーは、先日cakesnotenightのイベントでお目にかかった水野仁輔さんのレシピでした。できたカレー?もちろん美味しかったです。


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有賀 薫
読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。