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添削屋「ミサキさん」の考察|12|「『文章術のベストセラー100冊』のポイントを1冊にまとめてみた」を読んでみた⑫

|11|からつづく

さて、比喩の例をあげるときりがないので、少し変わり種をいくつか。

L.M.モンゴメリ赤毛のアン』の一節から。訳文は松本侑子さん。

「マリラの目の前にいるのは、完璧に幸福な人よ」
アンは晴れ晴れと言った。
「私、完璧に幸福なの、そうよ、たとえ髪が赤くてもね。今は、魂が赤毛を超越しているの。バリーのおばさんは私にキスして、泣いて、それからおっしゃったの。まことに申し訳なかった、お返しのしようもないって。とても困ったわ、マリラ。でも、できるだけ礼儀正しく、とにかく言ったのよ。『おばさまを少しも悪く思っていませんわ、バリー夫人。最後に一度だけ申し上げます。私、ダイアナを酩酊させるつもりはなかったんです。これからは、過去は忘却のマントで覆い隠しましょう』ってね。かなり威厳のある言い方じゃないこと? マリラ。……」

『英語で楽しむ赤毛のアン』

「過去は忘却のマントで覆い隠しましょう」、こんな比喩はふつう日常会話では使いませんね。実はこれはアンがイギリスの詩から引用したものなんです。
原文は、I shall cover the past with the mantle of oblivionです。

もう一つ、変わり種をご紹介します。
ドストエフスキー罪と罰』の一節。岩波文庫の旧版(中村白葉訳)と新版(江川卓訳)。ちなみに中村白葉訳は戦前のものです。
(注釈を入れると、主人公ラスコーリニコフの友人、ラズーミヒンが、ラスコーリニコフの妹アフドーチヤ(アヴドーチヤ)に一目ぼれをし、興奮して饒舌になるシーンです。)

「そうですね、ああそうですね……徹頭徹尾そうとは申しかねますけれど」と、アフドーチヤ・ロマーノヴナはまじめに言い足したが、すぐそのあとからあっと声をあげた。この時彼があまりに強く彼女の手を握りしめたからである。
「そうですって? あなたはそうだと仰るんですかね? さあ、そうなるともうあなたは………あなたは……」と、彼は有頂天になって叫んだ。「あなたは、至善、純潔、霊智、それから……完成の泉です!……

『罪と罰』中村白葉訳

「そうですとも、そうですとも……あなたの説にすっかり賛成というわけじゃありませんけど」アヴドーチヤは真顔でこうつけ加えたが、とたんにきゃっと悲鳴をあげた。今度という今度は、それこそいやというほど強く手を締め上げられたのだ。
「そうですとも? あなたは、そうですともと言われるんですか? さあ、だとするとあなたは……あなたは……」彼は有頂天になって叫んだ。「あなたは善と、純潔と、理性と……完成のみなもとですよ!……」

『罪と罰』江川卓訳

「至善、純潔、霊智、それから……完成の泉」と「善と、純潔と、理性と……完成のみなもと」。この場合に限っていえば、旧訳の方が雰囲気がでているような気がします(笑)。

最後は、大正の作家、有島武郎カインの末裔』より。

 居鎮まって見ると隙間もる風は刃のように鋭く切り込んで来ていた。二人は申合せたように両方から近づいて、赤坊を間に入れて、抱寝をしながら藁の中でがつがつと震えていた。しかしやがて疲労は凡てを征服した。死のような眠りが三人を襲った。
 遠慮会釈もなく迅風(はやて)は山と野とをこめて吹きすさんだ。漆のような闇が大河の如く東へ東へと流れた。マッカリヌプリの絶てん(漢字変換できません)の雪だけが燐光を放ってかすかに光っていた。荒くれた大きな自然だけがそこに甦った。

『カインの末裔』

短い文章の中に、よく見るとかなりの比喩が使用されていますね。




2⃣より強い印象を与えたいときは「隠喩」

隠喩には「のような」「みたいな」など、比喩を明示する言葉がついていません。
隠喩は、「AはBである」と断定する表現なので、直喩よりも鋭く、強い印象を与えます。

「『文章術のベストセラー100冊』のポイントを1冊にまとめてみた」69ページ

多摩大学名誉教授で小論文指導の第一人者といわれる樋口裕一さんは、比喩を使いこなしたなら、「まず直喩から」と述べています。
「まずは直喩を使いこなせるようにして、そのあとで、『まるで……のようだ』を省略しても不自然ではないかを考えてみるとよい」(『人の心を動かす文章術』/草思社)

「『文章術のベストセラー100冊』のポイントを1冊にまとめてみた」70ページ

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