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ご質問にお答えします(22)情景描写が得意になりたい

 お久しぶりのモノカキTIPS、みなさまいかがお過ごしでしたでしょうか。なにやら、梅雨が逆戻りしてまた明けた、みたいな天候ですが、大雨、酷暑、お気をつけくださいませ。

 というわけで、だいぶ温めて、あっつあつになってしまった今回のご質問はこちら! ずばん!

今回のご質問

 なるほど。小説における「情景描写」とは、視点人物が眺める光景、作者が思い描く場面背景なんかを文章で表現することですね。豊かな情景描写は読者に作品世界へ没入してもらうには重要なファクターですし、苦手だけど書けるようになりたい!と思っていらっしゃるのは、すばらしき向上心でございます。

 ということで、今回は情景描写について、僕なりの考えをお話ししようかなと思います。こういうのは、書き手によって方法論もいろいろで正解はないので、ひとつの見方として、参考にしていただけるとよいんじゃないでしょうか。

 ではまいりましょうー

■「見たまま」を表現することではない

 さて、今回、質問者さんは、「小説の中で、視覚的な描写をリアルに表現するにはどうするか」に腐心されているように思いました。でも、まずはその概念を見直してみましょう、というお話。

①情景と風景はちょっと違う

 情景描写というのは、一般的に「風景描写」とほぼ同じように使われていますけれども、「情景」というのは、より主観的なものだと思います。写真や映像などの客観情報を見て、それを見たまま文章化するのではなく、作者本人はどう感じたのか、登場人物はその光景をどう感じるのか、「感情」を通過させる必要があるわけですね。

 同じ光景を見ても、人それぞれ、見える景色、感じ取るものは違いますし、心で感じたこと、なんなら実際には見えないものも、登場人物の目で見ているのなら「情景」なわけです。小説における情景描写では、登場人物の感情とのリンクを持たせることが非常に大事です。

 なにか心配事があって頭がいっぱいになっている主人公と、初めて観光に訪れて見るものすべてに興味を持っている主人公とでは、同じ舞台、同じ風景を見たとしても、情景描写する要素が変わってきます。細かく書くべきところと、あまり描写をしてはいけないことと、感情にリンクしたメリハリが必要ということですね。

 なので、あまり自分の目で見た視覚情報を書き込むことにばかりこだわらず、感情を通して見える情景をまず考えるといいんじゃないでしょうか。

②正確には伝わらない

 わりと本末転倒に感じるかもしれませんけど、情景描写というのは、どれだけ細かく緻密に書き表しても、100%伝わることはあり得ないものです。

 ある一枚の写真ないし映像の一場面を文字のみで伝えようとするとわかると思うんですが、できるだけ正確に伝えようとすると、そもそも文章なんて邪魔でしかないんですよ。位置とか色とか、そういう要点だけをシンプルに書き連ねたほうがいいわけです。それって、小説の情景描写とは方向性が真逆だと思うんですよね。

 読者が文章から思い浮かべることができる情景は、読解力に差はあれど全体のほんのわずかで、文章として書かれた描写の大半は読者の脳内では再現されず、無意識に読み飛ばされていると思います。読者は主に、①自分がシーンを理解するのに必要な情報 ②その場面での登場人物の心情が伝わる表現 ③文章として印象的なフレーズ の3要素を、情景描写から拾い上げているのではないかなと思います。なので、そこが押さえられていると、いい情景描写になるわけですね。

 プロ作家ですら、意図通りすべてリアルに伝えられるわけではなく、読者が思い浮かべる光景は描写の中の一部だけ、解釈も千差万別になるでしょう。小説の映像化作品を見たときに、「ああ、あのシーンってこういう風景だったのか」と思うことはないでしょうか。イメージと全然違ったなあ、とか、この場面イメージできてなかったな、みたいな。でも、それでいいわけです。小説というものは、文章だけでは表現できない要素を、読者の想像力に補ってもらって完成するものです。なので、作者の見ている世界をどう表現するか、ではなく、作者の想定する光景に近い光景を読者に想像してもらうにはどうするか、という前提で描写をする必要があるんじゃないかなと思います。

③時には嘘をついてもいい

 漫画の話になりますけど、かの有名な「ドラゴンボール」を描かれた鳥山明先生はその圧倒的画力でも評価の高い漫画家さんなのですが、登場キャラクターをアニメにしたり、ゲーム用に3Dモデリングしたりすると、原作のシーンの画角を忠実に再現できないらしいんですよね。立体にすると、原作と同じ構図では目や鼻の位置がおかしくなってしまうそうな。
 でも、もちろん元絵のデッサンが崩れているわけではなく、平面で表現する漫画で、よりキャラクターの表情が伝わるように、絵の見栄えが良くなるように、あえて「構図的な嘘」をついているわけですね。

 これは、小説における情景描写も同じで、写真のように見たままを切り取って伝えるのではなく、そのシーンを読んでいる読者の感情を揺さぶることができるように、ある種の誇張などをふくませることがあるのです。なので、描写に忠実に映像化したときにおかしいところが出てきちゃうような描写でも、演出の範囲だからOK、ということもあるわけですね。

 もちろん、誇張が過ぎて矛盾があったりするとリアリティを損ないますし、嘘をついてはいけない場面、要素というのもありますけど、必ずしもすべてリアル一辺倒にする必要はなく、ときに効果的な嘘を織り交ぜることも小説には必要なのです。


④書かなくても情景描写はできる

 ちょっとだけ高度なお話になりますが。

 僕のデビュー作である『名も無き世界のエンドロール』を読んでくださった読者さんから、「作品全体に、もやがかかったような重苦しい感じがした」といった感想をいただいたことがあります。もちろん、終始重いシーンばかりの作品ではないですし、僕は「灰色の重苦しいもやがかかっていた」なんていう情景描写は一度も入れていないのです。でも、読み手は主人公たちの会話や、ところどころに混ぜ込んだ伏線などを拾っているうちに、これは明るいだけの話じゃないかもしれない、と感じとって、文章では書かれていない「重苦しいもやのようなをものがかかった風景」を想像するようになった、というわけですね。

 映画などの映像作品でも、撮影するカメラやレンズを変えたり、フィルタやエフェクトをかけたりすると、同じ風景でも雰囲気ががらりと変わります。文章でも、読者に(文章として書かれていない)行間を感じてもらうことで、情景をがらりと変えるようなフィルタをかけることができるということです。

 また、「夕焼け」という一つの単語が出てきたときに、自分が読み手だったらまずどういう光景を思い浮かべるでしょうか。だいたいね、晴れた日の夕方、みたいな情報が与えられていれば、文章でみなまで書かれていなくても、多くの人は自分の中にある夕焼けの情景を頭に思い浮かべるはずなのです。そういう、書き手と読み手の間にある共通のイメージを使うことで、直接的な表現をしなくても情景を伝えることができます。

 例えば、「放課後、校庭から見える学校の時計は午後五時半を回っていた」みたいな、時間帯を伝える描写をするだけで、「西日が辺りを赤く染めていた」みたいなところまで書かずとも、ある程度夕景であることが伝わりますし、あえて「学校と校庭の位置関係」だとか、「下校するときの道の様子」とかを書かずに描写を抑えたほうが、読み手側が自分の記憶の中の風景を引っ張り出して補完することができて、リアルな風景を想像しやすくなる、なんてこともあるんじゃないかなと思います。

 こういうのも一つの情景描写のやり方じゃないかなと思います。文章にして書き表すことが情景描写のすべてではない、ということですね。

■情景描写をするために必要な力

 ここまでは、視点を変えて考えてみましょう、という話をしてきましたけれども、結局のところ、どうすれば情景描写がうまくなるのか? ということで、こういう部分を鍛えるといい、訓練するといい、という点について。なかなかこう、みるみる上達!みたいなものではないと思うんですけど、意識を変化させることで飛躍的に成長することもあるので、参考にしてもらえたらと思います。

必要な能力①「語彙力」

 今回の質問者さんの質問ですと、なぜ苦手なのか、という理由まではわからなかったんですが、一般的に「情景描写が苦手」という原因を考えたときに、圧倒的に多いのは「語彙力不足」じゃないかなと思うんですよね。もう、シンプルな話で、え、それ?ってなるかもしれないですけど、なにか壁にぶつかったときは、一番初めにこういうところを疑うんですよ。家電の電源が入らなくなったら、コンセント抜けてないか確認する、みたいな。

 普通に生活をしていれば、「情景描写のタネ」は十分に蓄積しているはずです。それでも、なかなか情景が伝えられない、わかりにくい、書けない、というなら、それはたぶん、情景描写のタネを言語化する力がまだ足りていないんだろうと思います。

 語彙力が足りないと、夕景の描写をしようとしても、「空が赤く染まっている」「太陽が西の空に沈む」といった、わりとよく使われる表現の組み合わせになって、結果、ワンパターンになり、それ以上どう書いたらいいかわからない、となってしまいがち。

 描写に必要な語彙力については、とにかく蓄積するしかありませんから、これはもう読書量の問題かなと思います。本をいっぱい読みましょう。

必要な能力②「観察力」 

 小説だけではなく創作全般に言えることではありますけど、情景描写をするには、とくに「感性」というものが大事な気がします。

 人間、生きていれば「情景描写のタネ」は十分に蓄積しているはず、とは前述の通りなのですが、その中から情景描写のタネとなるような「情報」をどれだけ仕入れられるかかがキーになります。アーティストやクリエイターという人種は小さいころから感性豊かな人が多くて、生活しているだけで人より多くの情報を蓄積することができているものです。

 例えば、何度も例に出している「夕焼け」の光景は誰しも見た経験があると思うんですが、感性豊かな人というのは、聞こえてくる音、吹く風のにおい、肌で感じる温度・湿度、一緒にいる人がどういう感情を持ってどういう表情をしたのか、などなど、その場で収集する情報量が桁違いに多いんですよね。だから、「情景描写のタネ」が自分の中にめちゃくちゃ蓄積されて、豊かな表現を生み出すことができるようになるのです。これが「感性」の力。

 正直、感性というのは、先天的な才能だったり、幼少期の経験に左右されたりするので、感性を育てましょう、といっても、大人になってからはどうにもならない部分もあると思います。じゃあやっぱり凡人には無理なのかよ、というとそうでもなくて、「観察力」を鍛えることで埋め合わせができるのです。
 普段からなんとなく風景を眺めるのではなく、そのワンカットの中からどれだけの情報を拾い上げられるかを意識して、風景を「見る」のではなく、「観る」ことができれば、情景描写のタネをたくさん自分の中にストックすることができるはずです。

 感動的な美しい光景、家の近くの日常の風景など、いろいろな景色を前にしたとき、五感をフル活用して、音、匂い、動き、温度など、いろいろな「情報」を引っ張り上げ、まずはメモに書き出す練習をしてみるといいんじゃないかなと思います。

必要な能力③「想像力」

 語彙力、観察力があれば、蓄積した「情景描写のタネ」を文章に落とし込むことができるようになりますが、「情景」というのは、前述のとおり、登場人物の感情を通して見るものです。

 なので、人がどう感じるのか、どういう視点で世界を見るのか、という、登場人物たちの「心情」を想像できないと、やっぱり情景描写というのは写真を切って貼ったような表現になりますし、いきいきとしてこないんじゃないかなと思います。もちろん、こういうのはキャラクター造形にも影響しますし、小説を書く上では「想像する」ということはとても大事ですね。

 さらに、ファンタジックな風景を描写するときは、「誰も(なんなら自分さえも)見たことのない風景」を文字で伝えることが必要なので、これはもう、圧倒的な想像力が必要です。こういう情景描写をするときは、頭の中でしっかり映像として再生した方が伝わりやすい文章が書けるかもしれないですね。

 想像力を鍛えるのも、正直、読書だと思います。漫画や映画にはない、小説の一番の特徴は、「読み手自身が想像力を働かせないと成り立たない」というところ。逆に言えば、活字に触れれば触れるほど、想像力は鍛えられる、ということです。

 オススメとしては、小説を読んで、キャラクターや印象に残ったシーンを、絵やイラストにしてみることですかね。下手でもいいのです。想像したものを形にしてアウトプットしようと試みることで、より細かいところまで文章から情景を読み取ることができようになるんじゃないかなと思います。小学校の頃、僕もそんなことしてたなあ、と今さら思い出しましたけれども。

■結論

 情景描写は、小説において非常に重要なファクターで、豊かな情景描写は読み手を作品世界へ強力に引き込むパワーがあります。反面、書きすぎると独りよがりになることもあり、説明っぽくなりすぎてしまうと、文章のテンポを大きく落とすことにもなりかねません。情景描写を細かくするところ、あえて書かないところ、というメリハリは大事です。

 「情景」、単なる視覚情報ではなく、登場人物の感情を通して見える風景のことです。まずは、世界を「観る」観察力を鍛えて、多くの「情景描写のタネ」を蓄積しましょう。キャラクターがどういう世界を見ているのかを想像し、情景描写のタネの中からその感情にあった描写を選び、語彙力の引き出しから自分独自の言葉を持ってきて表現することができれば、読者の心を掴む情景描写をすることができるんじゃないかなと思います。


 というわけで、今回のモノカキTIPSはいかがでしたでしょうか。

 僕自身はと言いますと、どちらかというと作品のテンポを上げていきたいタイプの人間なので、情景描写は控えめにしていると思います。その分、情景描写がカギになる場面については、映像を頭に浮かべて、しっかり想像して書くようにしておりますね。

 そういう想像のタネはどこから来るのかなあと考えると、やっぱり、自分の体験、映画やアニメ、小さいころにしていた妄想なんていう、あらゆる経験がもとになっている気がします。なので、書けないとき、アウトプットできないときは、インプットに力を入れるのもいいんじゃないのかな、と思いました。

 モノカキTIPSでは質問を随時募集しております。小説に関するご質問、その他答えられる範囲のご質問であればなんでも回答させていただきますので、どしどしお寄せくださいませ。

 僕の中で、情景描写にちょっと力を入れた作品がありますので、よかったらそちらもご参考に。



 

  





小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp