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【新刊情報】『僕らだって扉くらい開けられる』韓国語版が刊行されたらしい。

 ということでございまして、2017年11月に集英社さんから刊行して頂いた、『僕らだって扉くらい開けられる』の韓国語版が、本日韓国で発売開始となった模様でございます。

 らしい、とか、もよう、とかちょっと曖昧なのは、海外版刊行にあたっては版元に仲介を委任する形になるので、作者が韓国側の出版社と直接やりとりすることがないからなわけですよ。実は、本日刊行というお話も、現地出版社の方のツイートで知ったのでありましてね。

 当たり前だけれども、オールハングルではないですか、、、!

 昨今ね、不買運動だとかいろいろキナ臭い話題があって、日本の小説の韓国語版刊行が延期になった事例などもあったようですから、このご時世、本当に刊行してもらえるのだろうか、韓国の読者の方に受け入れてもらえるのだろうか、と心配もしていたのですが、つつがなく刊行して頂けることになったようでほっとしております。
 いろいろ動いてくださった現地出版社の方や、集英社のライツ担当の方にもお礼を申し上げたいなあと思う次第です。

■韓国語版は青い!

 さて、『僕ら~』日本語版は装丁のコンセプトカラーが黄緑色だったんですけども、韓国版はなんと青です!

 なんか、格闘ゲームの2Pカラーみたいでいいですね。装丁イラストは日本版のままなので、セットで並べられたら楽しそう。日本から韓国版って取り寄せできんのかな?

■だがしかしハングルは読めねえ!

 いやね、僕は語学力の神様に見放された人間でして、もはや日本語に語学ステータスを全振りしてしまったものだから、英会話もままならないというていたらくなわけですよ。当然ね、韓国にも行ったことがないですし、韓国語も今までに勉強したことが一度もなくって、ハングルとか読む取っ掛かりすらわからない、という有様だったのですが、さすがに自著のタイトルくらい読めるようにしようじゃないか、ということで、ちょっとお勉強することにしました。

 ちなみに、韓国版のタイトルをハングルで書くとこうらしいです。

우리도 문 정도는 열 수 있어

 オーウ、全然読めねえ!

 ということで、ハングルのド基礎を学んでみますと、ハングルというのは母音と子音の組み合わせでできていて、「左子音+右母音」か、「上子音+下母音」という構成になっているそう。例えば、最初の「우」は上が子音で下が母音。Tの形は「u」と発音して、〇は無音を意味するようなので、「우」=「ウ」となるわけですね。大変だこりゃ。

 その法則で行くと、「우리도」=「ウリド」となって、「私たちも」の意味になるようです。なるほど。

 だが、問題はここからでありました。

 次の「문」は、これ子音と母音の下にLみたいなもう一個の要素があるやんけ!どういうこと!と思ったら、これがどうも韓国語を勉強する日本人がまず初めに頭を抱える「パッチム」というやつらしいのです。

 「□」=「m」、「T」=「u」で、さらにそこに「L」=「n」という音価がつくので、「문」=「mun」、つまり「ムン」という発音になるよう。
 「ムン」と聞くと、よく聞くのは某大統領のお名前ではありますけども、同音異義語は文脈で判断せい、というのが韓国語のルールっぽくて、この場合の「ムン」は、原題で「扉」としていたところなので、「門」と解釈するのが妥当でしょうかね。「南大門(ナムデムン)」の「ムン」か。 

 とかなんとか、一時間くらいハングルと格闘した結果、読み方はどうやらこうなるのではないかなあ、と思うに至ったのですが、いかがなもんでしょうか。

 우리도 문 정도는 열 수 있어
 →ウリド ムン チョンドヌン ヨル ス イッソ

 ……合ってる?

 「ウリ(=我々)」は良く聞く単語ですね。「ド」は「~も」で、「ムン」=「門、扉」、「チョンド」は「程度」の意味だそう。日本語の「丁度」と同根なのかな。「ヌン」は助詞で、「~は」。

 「열(ヨル)」については、辞書で調べると「(数字の)10」「熱」「列」といった意味があるようだけど、どうも原題に当てはまらないなあと思っていたら、「열다(ヨルダ)」で「開ける」の意味になるそう。
 「수 있어(ス イッソ)」の部分は割と慣用的な表現みたいで、「~することができている」という「可能+現在進行形」みたいな感じのニュアンスでしょうかね。

 直訳すると、「我々も、門(扉)程度は開くことができている」という感じかな?

 原題の『僕らだって扉くらい開けられる』は、一見へりくだりだった表現でありながら、それくらいはおれだってできるんだよお、という意地のようなものもあり、でも自虐的でもあり、みたいな、日本語特有の微妙なニュアンスが詰め込まれたタイトルだったので、外国語に訳すときすごい難しいんじゃないかと思っていたんですけど、韓国語版は原題のイメージをわりとそのまま引き継いだタイトルにしてもらったんじゃないかなあという気がします。英語だとこうはいかないのではないだろうか。

 ちなみに、グーグル翻訳で訳すとこうなった。

「私たちもドア程度は開くことができており」

 なんか、いいねこのタイトルw 「できており、、、」っていうのがなんかいい感じでちょっと笑いました。

■エンタメの役割

 前述の通りね、日韓の間にはいろいろ問題がありまして、今後、両国の対立というのはどうしても深まっていくことになるんじゃないかなあ、と思います。
 僕も日本人ですから、日本人の視点から見て、これは納得いかんよなあ、と思うことも多々ありますし、逆に韓国の人の視点から見れば、同じようにこれは納得いかん、と思うことも多々あるんだろうな、と思います。

 ただ、僕もね、たまーに韓国映画とか観たりするんですけれども、その中に出てくる登場人物たちの台詞や描写から伝わってくるのって、例えば親が子供に向ける愛情だとか、恋愛の駆け引きや固い友情といった、僕ら日本人も普通に理解できる感情だったりするんですよね。逆に、憎しみだったり怒り、嫉妬、といった負の感情であっても、それも自然に理解ができる。価値観や風習、国民性の違いはあれど、共通する感情ってのもいっぱいあるんだと思います。

 今回刊行していただいた『僕ら~』も、海外展開なんて微塵も考えていませんでしたから、日本の、日本人による、日本人のための小説になっておりますし、それが果たして韓国で受け入れてもらえるのかはわからないのですが、登場人物たちの喜びや悲しみ、苦悩や勇気といった感情を、少しでも共感してもらえたらいいなあ、と思うのです。日本人、韓国人、という国籍やルーツによる括り方というのはあるかもしれないですけど、結局は「同じ人間なんだよね」って思えるところから、対話や交流というのは始まるはずなので。

 政治というのは、自国の利益を最優先するものですから、国同士、政府同士が衝突するのは致し方ないのかな、とは思います。けど、民間レベル、文化レベルというところでは、いいものはいい、好きなものは好き、でいいんだと思うんですよね。わざわざ政治に引っ張られて、お互い無駄に嫌悪し合う必要もないんじゃないのかなあと。

 食べ物だったり、音楽や映画だったり、僕が書くような小説であったり、「エンターテインメント」を楽しむことに、国境など要らないと思うんですよ。日韓の話だけでなく、エンタメは世界を繋ぐものに成り得るのではないかなあ、と僕は思いますし、そうであってほしいなと思います。


 ちなみにね、僕は自宅冷蔵庫にコチュジャン常備という無類の辛いもの好きですし、TWICEではチェヨンちゃん推しですね。


 ということでね、日本国内で宣伝してもまあ、あんまりどうってわけでもないのですけれども(笑)、海を渡っていった作品が現地で愛されるといいなあと思いつつ、韓国版のご紹介でございました。

 もちろんね、日本版も発売中でありますから、是非そちらもよろしくどうぞお願い申し上げます。


 韓国版の定価は13800ウォンですって。日本円だと1300円弱くらいかな? ちょっとお安い!


小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp