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『本日のメニューは。』のウラバナシ(4)

 さてはて、一部グルメ小説好きの方々からご好評をいただきました『本日のメニューは。』でございますが、Oh…,いつの間にやら刊行から一年が経とうとしているッ、、、!光陰矢の如しッッッ!!
 まあ、今年に入って、前半は新刊の刊行が相次ぎ、コロナもあって、かつ映画関連の話題も目白押しだったもので、ついつい放置してしまっておりましたね。でも、そろそろ食欲の秋到来ということでございまして、Go to イートも始まったことですし、今回は久しぶりに『本日のメニューは。』について少しお話を。

 まずはこれまでのおさらい。

 ここまでは収録されている短編ごとに一話ずつウラバナシをお送りしてまいりましたので、今回は4回目ということで、4話目「或る洋食屋の一日」についてのウラバナシ。

■唯一作れなかったもの

 本作に登場するごはんについては、僕は炎の自炊野郎なもので、だいたい自分で作ったことがあるんですよ。ラーメンは骨から炊き出すとか日常のことだし(おかしい)、おむすびやロコモコ丼もたまに作りますし、デカ盛りはね、キロ単位のはやったことないですけど、唐揚げとか煮豚とか、盛られた一つ一つのメニューは作ったことがある。ただ、今回登場するメニューたちの中で、唯一「作れなかったもの」が、4話に登場する洋食屋「月河軒」の看板メニューであるビーフシチューに使われていた「ドミグラスソース」でございます。

 前述の通り、僕はラーメンスープを12時間炊き出すとか平気でやりますけども、そんな僕でさえ自宅で作るのを断念したのが、洋食の定番、ドミグラスソース。仕込み方については本文中に書いたんですけど、これがまあー、とにかく手間がかかる。作中では1週間かけていて、現実のお店でも、少なくとも三日は掛けて作るところが多いようです。もうあれだ。素人はハインツの缶詰に頼るしかない。あれ使ってビーフシチューは作ったことはありますけどもぉー、なんかそれじゃやっぱり負けた気がするというかー(なにに)(別に負けてない)。

 自分が一から作ったことのないメニュー、つまりある程度想像で書かなければならないメニューをあえて入れたのは、やっぱりね、飲食店さんの「プロ料理人」という一面にスポットを当てたかったからなんですよね。僕にとって、外食しないと食べられないもの、というイメージで、一番最初に出てきたのはドミグラスソースでした。

■「グリル月河軒」のモデル

 作中登場する「グリル月河軒」も、いくつか実際のお店をモデルにさせて頂いております。まずは、僕が実際にお伺いして、ドミグラスソースが美味しかったお店。

 グリル佐久良さん。

 お伺いしたのは随分前で、食べたのもビーフシチューじゃなくてタンシチューだったんですけども、もう笑っちゃうほど肉トロットロでねえ。店構えのレトロさとか、ビーフシチューの盛り付け方はコチラのお店を参考にさせていただきました。

続いても人気店。

 グリル満天星さん。

 以前テレビ番組でドミグラスソースの仕込みを見たことがありまして。もう、一日中鍋を火にかけて、厨房で働く方が暇さえあればかき混ぜ、そして材料をつぎ足し、と気の遠くなる作業をやられてましたね。こりゃ家じゃ無理だわ、と思い知らされましたけども。w


そして、こちらも。

 「かもしか」さん(※閉店)。 

 ドラマ「絶メシロード」のモデルにもなった、高崎の「絶メシリスト」の中の一店。僕が本作の企画を進めていた頃はまだご健在でしたが、その後、ご主人が帰らぬ人となり、惜しまれつつ閉店してしまいました。まさに、「絶メシ」となってしまったわけですね。

 作中、「月河軒」の主人・永吾は長年続けた店を閉めることを決意するのですが、自身が作り上げてきた味を誰かに伝えるのか、それとも自分の代で終わらせるのかと葛藤します。結果的に、永吾はレシピの一部を次世代の若者に伝えるという選択をするのですが、「かもしか」のご主人は、それをせずにお亡くなりになったようです。でも、作中の永吾の視点で店を閉める店主の気持ちを想像したせいか、なんとなく「かもしか」のご主人の選択もわかる気がします。

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 4話「或る洋食店の一日」は、高齢で限界を迎えた店主が店を閉めることを決め、その最後の一日を追ったとても短いお話なのですが、こういったお店は全国にたくさんあるのだろうな、と思います。期せずして、モデルにさせて頂いた洋食店さんが本作の刊行と時を同じくして閉店し、その味が途絶えてしまったというのには、「こういうこともあるだろう」と考えながら書いたとはいえ、やはり一抹の寂しさを感じます。

 きっとね、コロナを機に閉店を決めたお店もいっぱいあって、思い出の味を失った方も大勢いらっしゃるでしょう。作中では、「飲食店とはそういうものだ」と、やり切ったあとの達観とも、諦観ともいえるセリフがあるのですけれども、やはりね、今あるものはいつまでもそこにあるとは限らないわけで、自分が本当に美味しいと思えるお店に出会えるのは、ひとつの奇跡のようなものなのだろうなあと改めて思います。


小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp