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ご質問にお答えします(21)難しい言葉を使うべきか、読みやすくするべきか

 東京近郊はもう桜の見ごろも過ぎ、いよいよGWに向かっていく頃になりましたけれども、最近気温のアップダウンがすごくて、衣替えするのしないのどっちなんだい!(きんにくん)みたいな感じになっておりますね。体調管理の難しい季節、みなさんもお気をつけくださいね。パワー!

 ということで、久しぶりのモノカキTIPS、今回のご質問はこちら!

 と、実にシンプルなご質問。でも、シンプルではありながら、特に、初心者の方が小説を書き始める上で非常に大事なポイントが含まれているなあと思いまして、今回モノカキTIPSで取り上げさせていただくことにしました。

 質問文を拡大解釈すると、「作家たるもの、一般ピープルが知らないような難解な日本語を駆使せねばプロの名折れであるけれども、かといって、難解すぎて読みにくいのもどうかと思うし、どうすればいいの?」という感じでしょうか。
 まあ、モノカキは誰しもが一度通る道ではないかと思いますし、この際、一度しっかりと「小説で使う言葉」について考えてみましょう。

 では、いってみましょうー。

■「語彙力」の意味

 さて、小説を読んでいると、普段、日常生活ではなかなかお目にかかれない、難しい言葉が出てくることがあります。やれ「ただ神無月の寂寞たる有様を……」だとか、「欣求淨土の一念に浮世の絆を解とき得ざりしこそ……」とか、小説を読み慣れていないと、意味はおろか読み方すらわからん!みたいなこともね、ちょいちょいあるんじゃないですかね。あ、ちなみに、「寂寞」は「せきばく(または「じゃくまく」)」、「欣求浄土」は「ごんぐじょうど」と読みますね。いずれも、日常生活ではめったに使わない言葉ですね。

 こういう、普通の人が普段あまり使わない語句や言い回しなんかを知ることができるのも小説を読む醍醐味ですし、読書をして新しい言葉を覚え、ボキャブラリーを増やしていくのも、モノカキへの第一歩ではあります。

 ただ、小説を書くということにおいては、一般には使われない(難しい)語句を使うことは、そこまで必須じゃないと思うんですよね。なぜなら、小説の価値というのは、「書き手の語彙力を披露すること」ではなく、「物語が面白いこと」だからです。

 モノカキにとって「語彙」というものは、ボウリングの球のようなものじゃないかなと思います。一般の人が使わない難解な語句を使うということは、なかなか持ち上げられない重い球を投げるようなイメージでしょうかね。ボウリングでは、15ポンドとか16ポンドの重い球を投げれば、おおスゴイ、と言ってもらえるかもしれませんが、それはあくまでも、ちゃんとコントロールして、ストライクが取れているのなら、という前提があるわけです。

 どれだけ重い球を投げることができても、まともにコントロールできずにガタ―連発、なんてことになれば、誰も「重い球投げられてすごいですね!」とほめてはくれないですよね。ボウリングは、より多くのピンを倒し、高いスコアを取ることを競うのであって、重い球を速く投げることを競っているわけではないので。小説も同じです。小説を書く目的はあくまでも読者に面白い物語を読んでもらうことにあります。

 まず念頭に置いてほしいのは、小説を書く上での「語彙力」とは、「難しい言葉や言い回しを知っていること、それを文章の中で使うこと」ではなく、「難しい言葉でも平易な言葉でも、それらを使いこなし、素晴らしい文章や面白い表現を生み出せる力」なのだということです。

■小説は読みにくくてもいい

 さて、ではなぜ、小説では一般では使われないような難しい言葉が時折出てくるのでしょう。もちろん、作者が「語彙力があると思われたい」からではないですね。そういう言葉を使った方が効果的な場合があるからです。

 例えば、歴史小説や硬派な社会派小説では、難解な文章を用いて、時代感や重厚感、緊張感を出すことが効果的であったりします。もちろん、文章自体は読みにくくなりますし、読者が言葉の意味をいちいち調べないといけなくなるような場合はテンポも失われるわけですけど、それでも、そういった作品は、「読みにくくていい」と思います。

 重厚で緊張感あふれる小説をじっくり読みすすめ、最後まで読み切ったとき、その作品自体が面白ければ、疲労感とともに充足感も得られると思うんですよね。うはあ、読み切ったあ!っていうのがよかったりするじゃないですか。ストーリーが面白く、演出も上手く行っている作品は、多少読みにくくても、読者が能動的にそのハードルを乗り越えてきてくれますし、それが、作品の重厚感をより引き立てることにもなります。

 逆に、このnote記事みたいに、さらっと読んでもらうためのコンテンツにおいては、下手に難しい言葉を使ったり、言い回しが難解だったりすると、結局なにが言いてえのかわかんねえけど!と、読者にストレスを与えることになります。

 別の記事でもお話したことがあるのですが、「登山をしたときの疲労感」と、「エレベーターで行けるところに階段で行かなければならないときの疲労感」は違うんですよね。登山には達成感がありますけど、エレベーターで簡単に行けるのにわざわざ階段を使わなければならなかった時は、達成感なんかないですし、無駄に疲れるわけです。
 読者が、「高い山を自分の足で登るぞ!」というテンションで読んでくれるような作品であれば、一般的には使われない言葉や難解な言い回しという「適度な障害物」は、逆に面白みを与えます。なので、作品によっては、難しい言い回しを多用して、結果的に文章が読みにくくなったとしてもかまわないわけですね。

■「トンマナ」を大事に

 小説を書く際、どういう言葉や言い回しを使うと適当なのか、ということを考えるときは、文章単位ではなく、作品全体を見て判断するといいと思います。 
 小説ではないですが、アニメとかデザイン界隈では、「トンマナ」という言葉がありまして、これは「トーン&マナー」の意味です。アニメ作品や、企業のwebサイトなど、あるひとつの作品群において、「全体的な雰囲気(トーン)を合わせましょうという約束事(マナー)」のことですね。
 例えば、アニメであれば、キャラクターのデザインの方向性、色の塗り方、タイトルデザイン、演出の仕方など、各要素が毎話ばらばらになってしまうと、見ている人は違和感を感じてストーリーに集中できなくなってしまいますよね。企業のサイトでも、ページを遷移するたびに使われているフォントが違うとか、コンセプトカラーが変わるとか、一貫性がないと不自然に見えてしまいます。アニメやデザインは分業制なので、こういったトンマナが非常に重要になってきます。

 小説は作家が一人で作り上げるものですが、トーンを統一しなければならないのは同じです。文章で使う語句の軽重、文体の固い柔らかい、という「トンマナ」を、きちんと整えておかないと、読者に違和感を与えます。

 アマチュアの方の作品を読むと、ライトな語り口の中に時代がかった言い回しが急に出てきたりとか、平易な言葉しか使っていなかったのに、一部だけ難解な語句とかが出てきて、ん?とひっかかることがよくあります。文法や用法の間違いではなくても、これはトンマナが合っていないわけです。作品全体のトンマナが合っていない場合、ある場面で難しい言葉を使ったところで、「語彙力がある」と思われるどころか、むしろ結構な低評価を受けることになると思います。

 多くの作品には、テーマとコンセプトがあって、それに合わせて全体のトーンが生まれます。そのトーンに合わせた文章を書くこと、そして作品全体に一貫性を持たせて、読者に違和感を与えないように、適切な言葉や表現を選択することも、モノカキの「語彙力」ということですね。

■結論

 あまり一般的には使われないような難しい言葉や表現を知ることはとてもよいことですが、小説を書く上で必須というわけではありません。

 難解な表現を使う場合、それが作品にとって効果的であり、かつ書き手が誤用などせずにしっかり使いこなしているのであれば、多少読みにくくても読者はついてきてくれます。なので、平易な言葉を用いた読みやすい文章を書くか、難解な言葉を織り交ぜた重厚な文章を書くかは、作者の自由です。

 ただし、どちらにせよ、作品全体のトンマナを合わせる必要があります。平易な文章の中で急に難しい言葉が出てくるなど、トーンが合わない表現を入れ込むと、語彙力があるように見えるどころか、稚拙な印象を与えてしまいます。

 小説は技術や知識を披露するのが第一目的ではないですし、日常的に使う言葉だけでもじゅうぶん面白い小説が書けますから、無理に背伸びをすることなく、自分の中でしっかり消化できた言葉を使って書く方がよいんじゃないかなと思います。たくさん本を読んで、圧倒的ボキャブラリーを身に着けたのであれば、存分に、語彙力フルパワーの文章を書くといいんじゃないでしょうか。


 というわけで、今回はアマチュアの方が陥りやすい、「語彙力」の罠についてお話いたしました。

 僕は、基本的に「雑誌が読める人なら読める」くらいの日本語で文章を書くようにしております。どちらかというと、小説にあまり触れたことがない人にも読みやすい本を書きたい、という思いからではあるのですが、その分、「軽い」と感じる人もいるんじゃないかなあと思います。

 でもまあ、僕だってね、頑張れば激重文体で小説書けますよ!たぶんね!やったことないけど!やればできる!

 いずれにせよ、いろんな言葉を知って、多くの引き出しを持つことはよいことだと思いますし、僕も現状に甘んじず貪欲に知識を吸収して、そのうちゴリゴリの文豪みたいな文章で小説書いてみようかなと思います。いやどうかな。書くかなあ。

 モノカキTIPSでは質問を随時募集しております。小説に関するご質問、その他答えられる範囲のご質問であればなんでも回答させていただきますので、どしどしお寄せくださいませ。

  ぱっと答えられるご質問に関しては、そのまま質問箱で直回答もしておりますのでね。

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小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp