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モノカキがちょこっとアドバイスします(6)

 今回、久しぶりに「読んで!」系のご質問をいただきまして。

 なんかわりとプレッシャーではあるんですよね、これね。小説の評価軸って一つじゃないですから、僕が言っていることがすべて、ということではないのですからね。まあ、ひとつの参考になってくれればいいなあ、と思いつつ、今回頂いた作品はこちら!


今回の作品

 はじめましてー。会社員男性27歳さんは三年以内のデビューが目標、とのことで、30歳までに、みたいな目標を設定するのはいいですよね。いつかは、とか言ってると日々の生活にかまけて筆がなかなか進まないこともありますし、いいことじゃないかなと思います。

 さて、今回は短編作品ではなくて、明確に「長編作品の冒頭」ということで送っていただきまして。「小説として形になっているか?」というご質問もありましたけれども、それは作品を通して読んでみないと評価が難しいかなと思います。なので、あくまで、今回送っていただいた部分を読んだ印象、という感じでご回答させていただきますね。

 今回も、甘口、中辛、辛口の3段階でお話していきますよ!

 ではまいりましょー。

■アドバイス~甘口~

 冒頭で、小説として形になっているか、というところを判断するのは難しい、と申しましたけれども、それは、小説というのは文章や文体、テーマ、ストーリーなどがしっかり一体になって、結末まで書ききれているか、というところで評価されるからですね。

 なので、冒頭だけで評価できるのは、「日本語の文章がちゃんと書けているか」というところに限られてしまうわけですけれども、その点、今回の作品は大きな誤用や文法上の間違いもなく、ちゃんと文章として読めるようになっていたと思います。意外とね、これがほんとにできていない人が多いので、そういう意味では初心者とは謙遜しつつも、文章を書くことにある程度慣れていらっしゃるんじゃないかなあ、と思いました。

 冒頭の場面はカフェでの飲食シーンで、僕もこういう設定わりと好きなんですよね。自著でも、『名も無き世界のエンドロール』『KILLTASK』の2作品で、「食事場面からのスタート」を採用しています。無理なく登場人物が集まってきて読者に説明できますし、作品の空気感もきっちり伝えられますしね。器用でイケメン、天才肌だけど女性だけは苦手な景陽、豪快で口の減らない海斗、というキャラクターも掴みやすかったですね。もうちょい二人の掛け合いにオリジナリティがあるといいかな、とは思いました。

■アドバイス~中辛~

 さて、日本語の文章はちゃんと書けている、という反面、小説を書く、ということにおいては、技術的面でまだ足りてない部分もありまして、ここからはちょっとテクニカルな部分を中心にお話ししようかなと思います。

(1)スパイスが過多

 作家にとって、ちょっとひねった言い回しとか、普通の人があまりしない表現、描写を入れ込むことというのは、文章にピリッとスパイスをきかせる効果があるわけなのですが、このスパイスの量を間違えてしまうと、どうも飲み込みにくい文章になってしまいます。

 例えば、初めの段落「シンプルかつ根源的な欲求に基づく凝視」とか、「羅列した「は」の文字をそのまま口から出したような、不自然極まりない返事」とか、「生物学上~」とか、ある一つの行動やものを語るために修飾する言葉がかなり長くて回りくどく感じます。そういう表現がすごく頻繁に出てくる上、ちょっと言い回しもワンパターンかなと思いました。

 自分なりの表現、言い回しをしたい、という意図はわかるのですが、こういう表現は、ここぞというところに一粒ぴりっと効かせれば十分です。間を置かずに段落ごとに似たような表現を繰り返すと、読者も慣れてきて、おっ、と思わなくなってくるんですよね。むしろ、逆にスパイスが過剰すぎて食傷気味になってきてしまいます。なので、リズムの変化、シンプルに語るところと凝った言い回しをするところのメリハリをきちっとつけたほうが良いですね。

 視点については後述しますが、今回の作品の地の文は三人称視点なので、「作者自身」の語りが反映されます。地の文で凝った言い回しをして、キャラクターたちの会話文はわりと普通、ということになると、作品中で一番濃いキャラクターが作者になってしまうわけです。それは、小説にとっては雑音になってしまいますので、この手の表現を使いたいなら、地の文を主観視点にするか、セリフの中でやった方がいいんじゃないかなと思います。

 僕も、新人賞をいただいた後、選考員の某先生に「序盤は文章の空ぶかしが多かった」と指摘されたことがあります。アマチュアにとって序盤は鬼門なんだと思うんですよ。よし、書くぞ、って変に気合入ってるし、まだ終盤の残り枚数なんて見えてこないので、なんかいろいろ盛りたくなるんですよね。結果、余計な飾り言葉をゴテゴテ入れてしまう、ということになってしまうわけですね。

 アマチュアとプロの決定的な差の一つは、やっぱり「盛る」ことよりも「削る」こと、文章を研磨することだと思います。もう少し推敲して削りを入れ、スパイスとなる一文を絞った方がいいと思いました。

(2)視点が定まっていない

 以前、モノカキTIPS第8回で、視点と人称についてのお話をしたのですが、今作の場合、この視点がぶれていて、誰がどの視点からこの場面を見て語っているのかが、読み手に伝わりにくいな、と思いました。

 例えば、最初の段落。「探偵・松本景陽は~」から入っているので、三人称視点であることがわかります。その後、一人の女性を見ている、という描写がありますが、「根源的な欲求に基づく」という彼の内面、内心を語っているので、完全な三人称視点ではない、ということになります。なので、この時点で、読者は、彼の背後、バックカメラと呼ばれる位置に視点を置いて読んで行こう、と頭の準備をするわけです。が、その次の段落になると、景陽を客観的に見るカメラに切り替わります。後方カメラだと思っていたものが、主人公が画角に収まる引きのカメラに一瞬で変わってしまうわけですね。

 その次の段落では、柱や観葉植物を客観視点で見た後に、景陽のバックカメラに戻ってきて、景陽の視界について語ります。こうなると、ちょっと視点カメラが動き過ぎかなと。いわゆる「神の視点」だとしても、カメラ位置がたくさんありすぎだと思います。
「三人称客観視点」か、「三人称一元視点」か、どちらかに統一した方がいいんじゃないでしょうか。

 地の文で景陽の内心を語るなら「三人称一元視点」となりますから、この場面が切り替わるまではあくまで景陽の後ろからすべてを見る必要があります。景陽が女性を「凝視」しているなら、周囲の風景については目に入らないはずなんですよ。なので、例えば、入店時などの「直近の過去」にいったん時制を戻して回想を入れ、店内の様子を景陽の視点で描写してから、女性を見つけ、凝視する。そして冒頭の時制に戻る、といった組み立てが必要になります。

 視点ブレというのは、結構な減点項目の一つなので、慣れるまでは「今、この場面は誰の視点で、どの位置から見ているのか」をしっかり確認して、読者の頭の中で再生される映像を想像しながら書いた方がいいですね。きっと、頭の中で映像を浮かべながら書くタイプの方だろうと思うので、「脳内映像のカメラワーク」という概念を持つといいんじゃないかなと思います。

(3)情報のプライオリティ

 この、冒頭2000字というのは、読者に物語の前提となる情報を提示するためのセクションで、質問者さんもそれをちゃんとわかっていらっしゃると思います。が、読者にとってどの情報が重要なのか、という要素の選択についてはまだ少しが足りていないかな、と思いました。

 物語の中で大きな分量を占めるのは、おそらく、景陽と海斗のコンビでしょう。であれば、もっと二人のやり取りを冒頭で印象づける必要があります。おそらく、海斗は物語上の重要人物なはずですし、それを「ここ数年仕事をしてる相棒」くらいでさらっと紹介を終わらせてしまっていて、もったいないな、と思います。景陽が経験した(キャラの性格を端的に表現できる)エピソードなど語らせてもいいんじゃないでしょうか。

 それから、主人公二人は「探偵」ですが、「身辺警護を担当する探偵」というのが一番のミソで、これをまずアピールしないことには、物語の軸が伝わりません。その辺の探偵さんなんて、ほぼ浮気調査が業務のすべてなので、身辺警護がメイン業務、というところが、読者をひっかけるフックになるはずです。まず、この情報をなるべく早く提示する必要があるんじゃないでしょうかね。

 対して、この時点で「雇い主の女」の情報は、あまり必要ではないんじゃないかな、と思います。おそらく、次の場面に移り変わったときなど、直接登場する場面があるでしょう。冒頭に置いてもあとあと効いてくる伏線という感じでもないので、海斗よりも先に情報提示する必要があるかな? と思います。冒頭で主要登場人物の情報を並べておこう、という意図かもしれませんが、ちょっとカフェのシーンからの繋ぎ方が強引かな、という印象ですね。

 また、「山中里音」も、あとでサブキャラクターとして機能するんだろうと思うんですが、冒頭でフルネームを紹介するなら、もう少し読者に印象を与えないと、なんのために出てきたのかがよくわからない感じがします。にこにこ接客の様子だけではなく、変わったセリフなどを言わせてキャラのクセをアピールするとか、二人のバディとの掛け合いの場面を作るとか、読者にキャラを掴んでもらうための工夫が必要です。

 物語の冒頭で、どの情報をどのタイミング、どういう順序で読者に伝えるか、ということについては、もっともっと煮詰めていった方がいいと思います。

(4)価値観が男性本位

 物語の幕開けは、景陽が里音を凝視するところから始まるのですが、刑事としての鋭い目線ではなく、「シンプルに欲求」と言っているので、単純に性の対象(?)として見ている、と解釈できる表現になっていますね。まあ、男として、かわいい店員さんがいたらチラ見するくらいの気持ちは理解できますが、凝視、となるとどうでしょう。女性の扱いが苦手なキャラだとしても。

 これ、女性読者からすると、相当気持ち悪い行動だと思うんですよ。

 カフェで、店員をじっと凝視している男がいたら、たとえそれがそこそこイケメンであったとしても、気持ち悪い、という印象を抱かれてもしかたないかなと思います。わざわざ名札で名前を確認しているのも、結構ヤバい部類の人という感じがするんですよね。ちょっとストーカー気質を感じてしまうというか。偶然目に入った、くらいの表現を入れた方がいいのではないでしょうか。記憶力がよすぎて、目に入った情報をすぐ覚えてしまう、とか。それなら後々の伏線にもなります。

 物語が進むにつれて景陽のキャラクターがわかってきて、そんな行動もまあ愛せる、という存在になっていけばいいと思うんですが、冒頭でいきなり読者に嫌悪感を抱かれてしまったら、この時点で読むのをやめてしまう人も出てくると思います。女性がこれをやられたらいやだろうな、という意識が書き手にあれば、もう少し表現の仕方も変わってくるんじゃないでしょうかね。海斗を使ってフォローを入れるとか。

 また、「惚れてる惚れてない」という言葉のチョイスとか、「男性は紳士たれ」的な価値観は、わりと昭和的というか、ひと世代前の男性の価値観、という感じが否めないかな、と思います。二人がこの時点で何歳という設定なのかはわからないのですが、二十代くらいの若者二人の会話だとしたらちょっと古さを感じますし、おっさん二人の会話だったとしたら、なおさら店員の女の子を凝視するのは気持ち悪いな、と感じる人が多いんじゃないでしょうか。

 この辺のセンシティブな表現をコミカルなラインに落とし込むには、やはり作者自身が男性目線だけで世界を見るのではなく、女性側の視点も想像して、良し悪しのバランスをとって作品に反映する必要があると思います。価値観のアップデートは作家として必要不可欠なものですから、ちょっとした表現にも気を遣い、言葉を選んだほうがいいんじゃないかなと思いました。

■アドバイス~辛口~

 今回、冒頭のみということで、そこだけですべてを判断することはできないと思うんですが、この作品が結末までしっかりまとまっていたと仮定したとしても、(あくまで僕の見立てではありますが)一次通過の確率は30パーセントくらいじゃないかな、と思います。

 その、一番の原因は、冒頭2000字で読者を掴み切れていない、というところですね。2000字読んでみた感想として、この後ストーリーがどう展開していくんだろう、どういう話になっていくんだろう、というワクワク感がまだ得られなかったのです。今回の2000字で伝えた情報量は、推敲すれば半分以下の文字数で十分伝えられるはずです。それが倍の分量になっているので、内容が薄く感じますし、なんだか間延びしているような印象があります。

 この物語の設定は、かなり王道悪く言えばめちゃくちゃベタだと思うんです。探偵もの、男二人のバディ、食事の場面からスタート、というのは、いずれも、何百作品、何千作品で使い続けられてきた設定です。多くの新人賞で、一次は下読みさんが担当しますが、おそらく、下読みさんも同じ設定のアマチュア作品を死ぬほど読んできていると思います。
 その下読みさんに「またこのパターンか」と思われてしまったら、一次であっさり落とされてしまうのです。どうすれば一次通過に食い込めるかというと、冒頭で「この作品は他の作品とは違うな」と思わせるようなフックを掛けることです。現状では、冒頭を読んでもどこに物語の面白みがあるのか、作家の独自性があるのかがまだ見えなくて、文章も設定も、なんか既視感があるな、というところで止まっているように思います。もしかしたら、読み進めていくとどんどんわかってくるかもしれませんが、書き出し2000字でその片鱗が見えなければ、そのまま続きを読まれることなく閉じられてしまいます。ちょっと贅沢に字数を消費しすぎだと思います。

 プロ作家さんは、冒頭をめちゃくちゃ重視する人が多いです。書き出しの一文って、本当に大事ですからね。質問者さんは、書き出しの一文や、冒頭2000字の中にどれだけのパワーと工夫を込めたでしょうか。せっかくプロ作家に見せるんだから、今できる限りのテクニック、魂、哲学、オリジナリティをこの2000字に叩き込んで驚かせてやろう、辛口批評なんてさせないぞ、といった気概はあったでしょうか。新人賞を勝ち抜いてデビューする人というのは、ほぼ全員、そういうマインドの持ち主です。

 現状では、質問者さんはまだ「自分の書きたいものをぬるっと書いている」という感じがします。趣味で書く分にはそれでいいんですが、あと三年でプロになるぞ、と思うのであれば、「読者が読みたいと思うものを書く」という方向に意識をシフトする必要があるんじゃないかなと。もちろん、自分が書きたいものを書いていいのですが、それをどう表現すれば人が面白いと思ってくれるのか、という意識を同時に持たないと、独りよがりになってしまう、ということですね。「中辛」で指摘した部分も、ほぼすべて、根源的な原因はそこにあります。読者に対する作者のホスピタリティ、仕掛け、思想、挑戦、そういうものすべてを凝縮させるのが、冒頭なわけです。

 今回送ってもらった冒頭部分は、まだまだ生煮えの状態だと思います。改善の余地がかなりある、ということですね。もっともっと、面白くするにはどうすればいいか工夫し、文章を研ぎ澄まし、読者にどうすればフックがかかるのか、どうすれば面白さが伝わるのか、試行錯誤をしてみてください。そして、自分にしか書けないという絶対の武器を、冒頭2000字で読み手に感じさせるように表現してほしいですね。それができたときに、作品は一段階上のレベルに上がるんだと思います。


 以上、今回もまた少し厳しめになりましたが、ほんの少しの意識の持ちようで、作品は劇的によくなると思います。質問者さんは、基礎の部分はできている書き手なので、もっとアドバンスドな部分、読者視点、オリジナリティ、訴求力といった部分を磨き上げ、オンリーワンな作品を書き上げてほしいな、と思います。

 さて、モノカキTIPSでは質問を随時募集しております。小説に関するご質問、その他答えられる範囲のご質問であればなんでも回答させていただきますので、どしどしお寄せくださいませ。

 「小説読んでみてください!」系のご質問の場合は、以下ご注意くださいませ。

・長編は読めないので、2000字くらいまでの掌編で。
・文章の校閲や校正はしません。
・具体的な修正案やアイデアの要求はご遠慮ください。
・【重要】あくまで、僕が自著宣伝目的もあって無料で受け付けているだけなので、他の作家さんにアドバイス依頼をかけるのだけは絶対にご遠慮下さい!


冒頭部分でちょっと気合を入れすぎた僕のデビュー作はこちら。







 

 




 

 
 

 

小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp