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英雄

私のアカウントはいわゆる裏アカで、フォロワーの中に実物の私を知る人はいないことになっている。いるのかもしれないが、優しいかたがたに恵まれているおかげか「あのアカウント、あなたでしょ」と言われたことは今までのところ一度も無い。

匿名でなければ言えないことがある。もしもいつか実物の私が知られ、私の投稿に不愉快な思いをされるかたがいらっしゃるとすれば、それは私の責任だ。

国宝 松本城

私が勤める会社に、一人の障害者がいる。学生時代に事故に遭い、後天的に半身に不自由が残った。

高校は自由な校風で知られる県下有数の進学校。校長が私服を廃止しようとしたのを皆で反対しやめさせたことがあるという。一流大学に進学し、運動部に入るかたわら、自転車やバイクで幾日も風呂に入らないような旅をしたり、大学から海までの何十キロもの道を仲間と徹夜で歩いたりした。誠実な人柄で、軟派なところは少しもない。

堀端から黒門へ

我が社に入社すると、会社の運動部に入った。たとえほかの部員と同じように動けなくても、週末の練習にも泊まりがけの合宿にも参加する。平日の通勤と休日の朝は歩く。毎年秋に応募がある、一定期間の歩数を競う会社の催しでは 全社の十傑に入る。

黒門の甲冑

自分ができる限りの仕事を精一杯する。常に改善できることがないか、優れた頭脳で考え、発見すれば真率に話す。昼休みも働くことを厭わない。自分以外の人が始業前であろうと昼休みであろうと、必要なら躊躇なく仕事の話をする。

健常者と同じようにはできない仕事もあるかも知れない。でも、一緒に働くことは少しも嫌じゃない。たとえほんの少し手がかかることがあったとしても、それ以上のことを貰って余りあるからで、彼と接するだけで、大袈裟でなく、私は生きる勇気をもらっている。元気がないときでも、何でもない仕事の話をするだけで、互いに大笑いになる。

天守閣から北アルプスと松本市街

会社の中を彼と歩いていると、たくさんの彼の知り合いに会う。あの人は誰々さん、とそのたびに教えてくれる。またか、と思うほどで、会う人会う人、本当に嬉しそうな顔で彼に会釈する。

一度だけ家族の写真を見せてくれたことがある。きれいな奥さんとまだ小さいころの子供たち。照れながら写真を見つめる彼の横顔は本当に幸せそうだった。

列車到着時に流れる駅名のアナウンス
全国で松本駅だけの 旅情を誘う声

彼のことを書きたいと思った。彼のような人間がいることを、彼を知らない人に伝えたかった。私が勇気づけられるのは、困難に屈することのない彼の後ろ姿なのだ。

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