のげやまインクルーシブ構想:「ふりーふらっと」の期待
横浜市が2024年1月に公開した「のげやまインクルーシブ構想」。大型の図書館や動物園がある野毛山エリアの再開発計画で、「インクルーシブ」がパワーワードとなっている。
この投稿のトップ画像は横浜市記者発表資料(2024年1月30日)「のげやまインクルーシブ構想“ 誰もが学び、楽しみ、交流し、理解しあえる”まちづくり」にあった、「障害児者支援拠点と図書館、動物園・公園との連携」というイメージ図。主に重症心身障害児者を対象とした施設が中央に据えられている。そして、イメージ図で矢印が行き交っているように、施設間の意欲的な「連携」に特徴がある。
野毛山はどうなる? 再開発計画の見取り図
野毛山の戦前と現在の風景
桜木町駅から海側に向かって広がる「みなとみらい地区」は、現代的な高層で華やかな商業施設やホテルが計画的に建てられ、今の「横浜」のイメージとなっている。そして、同じ桜木町駅の反対側で、昭和っぽいビルが建ち並ぶ駅前からしばらく歩くとあらわれる野毛の一帯は、公共施設を含めた大型の建物と隠れ家のようなレストランやバーが混在し、うっそうとした木立のあるゆとりある空間構成で、少し異国情緒が残る懐かしさを感じる一帯である。
明治期には超絶技法!としか言えない真葛焼と呼ばれた陶磁器を制作する宮川香山の工房があるなど、海外とやり取りする横浜らしい商業エリアとなった。しかし、関東大震災と横浜大空襲で壊滅的な被害を受けたと聞く。終戦後は闇市で活気づき、映画館や場外馬券売り場などもできて娯楽も盛んな庶民の街にもなった。
野毛の街の近現代史は、写真が豊富な次のレポートがとても参考になる。
永田ミナミ「野毛の街の歴史について教えて!【前編】」はまれぽ.com、2014年06月13日
「のげやまインクルーシブ構想」の動物園リニューアル計画
人口370万人で一般会計で2兆円近くのお金が動く、都道府県レベルの巨大都市である横浜市は、市立の施設も大型である。野毛山には、高台に広がる野毛山公園の中にある野毛山動物園と、前身の施設の歴史は1921年にさかのぼる中央図書館がある。
終戦後から少し抜け出した1951年に遊園地と抱き合わせで新設された野毛山動物園は、1964年の遊園地の閉園をもって動物園の入園料が無料となった。全国でも入園料が無料の動物園は珍しいのではないだろうか。それも横浜の中心エリアで!
動物園は「誰もが気軽に訪れ、楽しめる動物園」をコンセプトとしており、たしかに気軽に散歩して訪れることができる。
野毛山動物園の歴史は、動物園と公園を所管する公益財団法人「横浜市緑の協会」の次のWebサイトに詳しい。
その動物園は、主に三つのエリアのリニューアルが予定される。一つ目はエントランス施設。そして二つ目は「(仮称)ズーペリエンタ!センター」というネーミングもオリジナリティあふれる施設で、動物とその生活環境を観察・体験できる空間や遊具が置かれ、子どもが遊びながら学ぶことができる屋内施設である。2028年度中に整備完了予定で、完成が待たれる。
リニューアル構想の第3は「絵本に出てくる動物たち」ゾーンで、これもオリジナリティにあふれている。中央図書館との連携が見込まれているのだろうか。いずれにしても横浜の子育て世帯にとっては何度も行きたくなる施設になりそう。
横浜市中央図書館はどう変わる?
全国的に見ても機能が充実した大型図書館で、正六角形の連なりで構成されるデザイン性の高い建物である。前川國男は1954年に横浜市に先駆けて神奈川県立図書館を設計したが、その「前川建築」の理念を引き継ぐ前川建設設計事務所による設計で1994年に全面開館した。背の高い柱がゆっくり湾曲した三角の組み合わせのような天井を支えている階段状のピロティは、そこを通り抜けるだけの市民もいるほど!市民に馴染んだ風景になっている。もちろん図書館に入りたくなるエントランスとなっていて、月曜は休館であるが、平日は午後8時半まで空いている。
「のげやまインクルーシブ構想」の中で中央図書館は1階を大々的にリニューアルし、レストランフロアを改修してまずは2024年度に「親子フロア」を整備し、その後にメインフロアをリニューアルして「子どもフロア」として開設する計画である。バリアフリー動線も整えられた、「子どもたちが楽しく学べ、居心地が良い子ども図書館」が目指されている。図書館なのでもちろん無料であり、これも横浜の子育て世帯にはとても魅力的だと思う。
現職の山中竹春市長は子育て・教育施策を次々と打ち出していて、2024年度の当初予算案が出された時、「のげやまインクルーシブ構想」は全体で4億3,100万円の予算が計上された。このスケールの大きさに、さすが横浜、と思う。動物園と図書館は部分的なリニューアルなので、無謀ではない金額に収まっている。
障害児者支援拠点と連携
「インクルーシブなまちづくり」に向けて
「のげやまインクルーシブ構想」では動物園と図書館のリニューアルに加え、障害児者支援拠点の新設が打ち出された。教育や福祉の分野で横浜市は独自にアレンジした施設や事業を展開しているが(地域ケアプラザなど)、この障害児者の施設は「横浜市多機能型拠点」という仕組みで医療的ケアを必要とする重症心身障害児者を対象に生活介護、短期入所、相談支援、診療所等のサービスを一体的に提供する施設、既に横浜市内で4カ所設置されている。これも、さすが横浜、である。野毛山の施設は2028年度開所が目標とされる。
今回の構想は、リニューアルされた動物園や公園、図書館と、新設される施設との「連携」も目玉となっている。重症心身障害児者が外出での余暇活動ができるように環境を整備し、バリアフリー動線の確保や福祉車両の施設乗り入れなどのハード面と、職員の出張読み聞かせ会などのアウトリーチや、来街者向けのオープンスペース設置による交流などのソフト面の充実が図られている。
公園と動物園、図書館、そして障害児者の施設はそれぞれ管轄が異なるが、積極的な連携が前面に打ち出され、ハード面の裏付けもされたところが先進的である。分野と理念・方策が異なること、また職員の専門性やコーディネート機能の面で難しさがともなうが、ぜひ横浜型の連携を確立させてほしい。
ふりーふらっとの理念の復活を🌿
新たに障害児者支援拠点が新設されるのは、かつての横浜市青少年交流センターの跡地である。青少年交流センターは「ふりーふらっと野毛山」の愛称があり、2016年に建物の老朽化を理由に閉館した。その名の通り、青少年が自由にふらっと訪れることができる施設であった。運営は市の外郭団体である公益財団法人よこはまユースが担っていて、青少年に年齢が近くお兄さんお姉さんのようなスタッフも、ベテランで頼れるスタッフも、良い味を出していた。
その前身となる勤労青少年センターから引き継いだ、高度経済成長期の質実剛健な建物の1階のロビーは、いつも中高生や大人でにぎわっていた。階上の体育室では大人のサークルと一緒に卓球やバドミントンをしたり、バンドや演劇の活動も立ち上がっていた。不登校の子どもやちょっとやんちゃな子ども、静かな子どもも少なくなく、専門職員は「ロビー活動」と呼ばれたつかず離れずの見守りや支援活動を行い、そのゆるやかな手法は都市型の青少年施設のモデルとなっていた。
インクルーシブというと障害があったり病気があったりする対象に、専門性の高いケアが求められるきらいがある。一方で、誰でも、というコンセプトはとても重要である。「のげやまインクルーシブ構想」では、障害児者支援拠点の1階の沿道にオープンスペースを設け、来街者が障害に対する理解を深める活動に活用することが計画されている。
ケアする側とされる側、という関係性を超えて、子どものうちからその境界を乗り越える、少なくとも境界のない認識を育める環境設計はできるだろうか。「ふりーふらっと」は、軽いようで十分な実現が困難なフレーズかもしれない。野毛山のリニューアル構想はチャレンジングな「連携」の取り組みと効果に期待します。
横浜市による「のげやまインクルーシブ構想」記者発表資料はこちらです!(2024年1月30日)