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【短編小説】4月 芽吹き

合格者受験番号一覧、なんていう簡素な数字の羅列に私を意味する番号が載っていなかった。
桜の蕾は綻び始めているというのに、私の春は始まる前に終わりを告げられた。

大学まで足を運び発表を見に行く気力なんて無かったから、自宅のPCの前が私の死に場所となった。
うなだれて涙を数滴零した。

翌日、受験のために毎日足繁く通っていた予備校を訪れ、結果の報告と退学手続きを済ませた。
滑り止めの一般大学に進学すると嘘をついたが特に引き止められなかった、
元々才能が無いのは分かっている。先生からしても惜しい生徒ではないのだ。
持参したトートバッグにロッカーの中身を詰め込み、二度と戻らぬ母校を後にした。
浪人生として現役時代と同じ予備校へ通う気まずさには耐えられなかったのだ。

その足で駅の反対側、調べて問い合わせをしていたもう一つの予備校へ向かう。
事務室で名前を告げると面談室に通される。

志望校、先日の入試に失敗したこと、初めて浪人をすること、現役時代は別の予備校に通っていたことなどを話し、今日はまず体験入学と言う形で入試作品の再現をすることになった。

校内の簡単な案内を受け、実習室に通される。
入って正面の壁際で油絵の指導をしていた若い講師と思われる女性が何気なく振り返り、目を丸くした。
同時に、私の心臓が大きく、跳ねた。

「春川さん!? 久し振り!」
空調の効きが悪く淀んだ空気を切り払うような通る声。
私が高校時代に憧れていた先輩がそこにいた。

「せんぱい……」
先輩はあの頃と変わらない長いポニーテールと、あの頃とは違う絵の具だらけのつなぎで、あの頃と同じ笑顔で立っていた。

先輩は私の2学年上で、私が1年の時は同じ予備校に通っていた。
その年の夏季講習で講師と折り合いが悪くなり別の予備校に移籍した。
その後無事第一志望の大学に現役合格したと聞いたが、ここで講師を始めていたなんて。
最後に会ったのは先輩の卒業式だから、もう2年になる。

「卒業おめでとう。ここにいる、ってことはそういうことか」
「はは、ありがとうございます。でも、情けない」

体験入学が控えていたので話はそこで終わった。
夕暮れ、制作後の講評と本入学の手続きを済ませ帰ろうとする私に先輩は声をかけた。

「春川さん、良かったら私の作品見て行ってよ」
先輩に連れられ実習室に戻り、部屋の隅に置かれたキャンバスの前に立った。

「これが私の最新作」
それは、鮮やかな春景色の油絵だった。
高校生の頃から先輩の描く作品が好きだったが、より一層洗練された凄みのようなものが増している。

「春川さんはグラフィックだから畑違いだけどね。タイトルはそうだな、春の川」そう言って先輩は笑う。あなたの方が春のようだと思った。

「先輩、私、頑張りますから」
「おう頑張れ。来年は一緒に通おう」

また、この人と一緒に絵が描きたい。この人に追い付いて、この人の隣で……
諦めかけていた想いが私の中で再び芽吹いていくのを感じた。

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