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きらきらなんてしていない

「きらきらしてるよね」

新入社員の頃、先輩たちに言われるたびにくすぐったい気持ちになっていた。嬉しいような、申し訳ないような、何とも言えない不思議な気持ち。「フレッシュ」という意味だと分かってはいても、「きらきら」だなんてそれまで言われたことがなかったから何だか照れくさくて、ちょっぴり首をかしげるように頭を下げて「ありがとうございます」と返すのが精いっぱいだった。

いつか辞める。もともと志望していた会社ではなかったから、入社したころからずっと、頭の片隅ではそう考えていた。この会社で頑張るのは、憧れの会社へ入るため。この会社で働くのは、ただ、毎日を暮らすお金をもらうため。心の奥底にある本当の気持ちには「きらきら」なんてふさわしくないのに。先輩たちの「折星さんを見てると私も頑張ろうって思う!」という言葉を聞くたび、申し訳ない気持ちばかりが募っていった。

それでも、いざ新入社員が入ってくると、結局私も同じように考えてしまう。廊下ですれ違っただけで分かるフレッシュさはすごく気持ちがいいし、通路も兼ねているような事務所の出入り口で律儀に挨拶をする姿は微笑ましい。仕事の手をとめてちらりと目を合わせると、マスクをしていても分かるくらい、にこ、と笑ってくれるから、眩しくて心臓がぎゅっとする。「頑張ってね」と心の中でエールを送りながら、手を止めたままふと考える。

私はもう、きらきらしていないんだろうな。

同期と話すのはいつの間にか「忙しい」「疲れた」ばかりになって、会社へ行くのに緊張することもなくなった。唯一変わっていないのは、「ここではないところへ」という気持ちだけ。いつか辞める。辞めたい。そんな気持ちがあるのだから、きらきらしなくなって当然だ。



最近、メンターとして新入社員との面談の時間を持っている。研修期間を終えて、本配属になる前の困りごとや配属希望を聞いているのだけれど、どの新入社員も目をきらきらさせて、はきはきと会社でやりたいことを教えてくれる。きらきらしていて本当に眩しくて、このときは「私も頑張らなくちゃ」と心の底から思うのだ。


「希望の部署とか、何かやってみたいことはある?」

そう聞くと、背筋をピンと伸ばして目をきらんとさせて、それからほんの少し、首をすくめてこう答えてくれた新入社員がいた。

「折星さんがいる部署に行きたいです」

「わぁ、嬉しい」と言いながら、ぐっと熱いものがこみあげた。一瞬さっと視界が滲んで、蛍光灯の光が乱反射する。あれ、こんなに嬉しいなんて、私は自分の仕事が好きなのかな。

「待ってるね」

他の会社に行きたかったはずなのに、そう口を衝いた。「同じ仕事がしたい」と言ってもらえることがこんなに嬉しいなんて、知らなかった。

ぴし、と伸びた背筋と、すっとこちらを見つめた彼女のまなざしを思い出す。彼女の視線の先に、自分が関わる仕事がある。そう思うと、もう少し頑張れる、と思うのだ。たとえもう、私はきらきらしていなくても。

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