見出し画像

凛と描く【感想文の日㊾】

こんばんは。折星かおりです。

第49回感想文の日、今夜感想を書かせてくださったのは夢月さんです。

短編小説や詩を通して夢月さんが描くのは、少しダークできりりと引き締まった世界。それでも、悲しさや切なさの間に滲む愛情はどれも温かく、作品は少し前の時代を思わせるレトロな雰囲気に満ちています。数日間、夢月さんの作り出す世界にどっぷりと浸かり、作品を楽しませていただきました。改めて、ご応募くださりありがとうございます!

それでは、ご紹介いたします。

■愛しいおばあちゃん

学校から帰るといつもおばあちゃんに遊んでもらっていた"私"。おばあちゃんとの思い出はたくさんあるけれど、今はもう、おばあちゃんにはその記憶はありません。それでも、名前も忘れられてしまっても、"私"にとっておばあちゃんは愛しい存在のまま。咲き誇る紫陽花を眺められる縁側で、"私"はおばあちゃんの様子をそっと見守ります。

私は熱いお茶と戸棚から饅頭を取り出した。
それらを二個ずつ用意して祖母の隣に置いた。
祖母は他人行儀に私に会釈をしてお茶を啜った。
私は隣に座る誰かにも同じようにそれらを置いた。

おばあちゃんが楽しそうに語り合う相手は、"私"には見えない「誰か」。「訳のわからなくなってしまった」おばあちゃんに、母親は愚痴をこぼし、弟は気味悪がって寄り付きません。しかし、"私"がおばあちゃんを見守る様子からは、愛情がたっぷりと滲み出ています。

祖母は時々紫陽花の方を眺めながら、見えない誰かと談笑を続けている。
それは旧友か、それともやはり祖父なのか。
私には見当がつかない。
だが確かなのはとても大好きな相手だということだ。
子供の頃の私だったらいいなぁなんて思ったりする。

おばあちゃんを包み込む気持ちと、最後に添えられたほんの少しの願いに、胸がきゅっと締め付けられます。実際に「誰か」を見ることは出来ないし、見当もつかない。それでもおばあちゃんが話しているのは「大好きな相手」なのだと言い切ることが出来るのは、きっと昔からおばあちゃんの表情ひとつひとつを丁寧に感じ取ってきたからなのでしょう。

祖母のなくした記憶や思い出は、あのもう一枚の座布団の上で生き続けているのかもしれない。

「なくした」けれど、「生き続けている」。相反するふたつの言葉が光っています。子どもの頃の"私"もきっと、あの座布団の上に座っていることでしょう。

■trick or treat🎃

「トリックオアトリート!」。廃ビルの屋上でひとり煙草をふかしていた"俺"の前に、制服姿の女子高生が現れました。驚く"俺"に、彼女は自分自身を「幽霊」だと説明します。「いつでも姿を見せるわけじゃない」という彼女が、"俺"の前に現れたのには、ある理由があったようで……。

物語の舞台は、ハロウィンの夜、廃ビルの屋上。街中の喧騒とは対照的な雰囲気が、"俺"の疲れた様子や絶望を引き立てます。

「えへへ。ビックリした?」

そこに現れたのは、"俺"とはまた対照的な雰囲気をまとった"彼女"。天真爛漫な振る舞いをしていますが、彼女は以前このビルの屋上から飛び降りて、地縛霊になっていたのです。

幽霊は死んだときの格好のままではないのか、死んだことは後悔していないのか。驚きつつも様々なことを尋ねる"俺"に、彼女は寂しそうな瞳で問いかけます。

「オジサン……ここから飛び降りるつもりだったでしょ?」
「オジサンに私と同じ思いさせたくなかったからさ」

「スッキリした」と語っていたけれど、地縛霊になっていた彼女はきっとこの世に未練があったはず。そして彼女は、"俺"にとっておきの魔法をかけます。

「トリックオアトリート!」
彼女が魔法使いの真似事のような動きをして俺にこう言った。
「今、あなたに魔法をかけました。あなたの寿命は100年延びました」
「え?」
「この魔法は絶対に解けませんので……あしからず」

ハロウィンの夜に彼女が"俺"に求めたのは、お菓子ではなくて「生きること」。自分自身はもう戻ることが出来ないこの世に、どうにかとどまってほしい。きっとその一心だったであろう彼女の思いを想像し、じわりと視界が滲みました。

幽霊が登場する作品でありながら、読後感がとびきり温かいこちらのお話。今回拝読した中で、個人的に一番ぐっときた作品でした。

■春を愛するひと

"幸子おばさん"と一緒に"叔父さん"のお墓参りに向かう"私"。美しく、優しく柔らかい雰囲気の幸子おばさんを、"私"はちょっぴり羨ましい様子で見つめます。私にもこの艶っぽさが少しでもあれば。やっぱり、ふたりはお似合いだ。"私"は叔父さんに、淡い恋心を抱いていたのです。

それは初恋のひとで、最初に失恋したひと。
片恋の切なさとよろこびと、痛みを教えてくれたひと。

春の日差しを思わせる優しい文章で紡がれる、"私"の初恋相手である叔父さんのこと。誰かを好きになる喜びはもちろん、きっと相手が叔父さんだからこその痛みもあったはず。"私"が秘めてきた思いを想像し、切なさで胸がいっぱいになります。

しかし、叔父さんの妻である幸子おばさんは、墓前で"私"にこう呟きます。

「あのひとを愛してくれて、本当にありがとう」
「きょうちゃんに、ほんまに好きなひとができるまでは、あのひとのことを愛していてあげてな」

「恋愛」という観点から見れば、幸子おばさんと"私"はお互いを認めることが難しい存在のはず。それでも"私"の気持ちに気づき、認めてくれた幸子おばさん。"私"も愛情をもって、その気持ちに応えます。

私は愛するひとを想う。
叔父さんと、そして幸子おばさん。

痛いほどに切なく、美しい世界観がとても素敵な物語です。

***

毎週土曜日の「感想文の日」、感想を書かせてくださる方を大募集しています!(1~2日程度、記事の公開日を調整させていただく場合があります。現在、6/19以降の回を受け付けています)

こちら↓のコメント欄より、お気軽にお声がけください。


この記事が参加している募集

note感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?