Mくんの栄転
私は泣いた。朝一番で泣いた。涙が出て止まらない。いい大人が仕事中に泣くなんてどうにかしてる、とかそんな言葉はどうでもいい。とにかく悲しくて泣いた。
沈丁花が匂う季節にこれほど悲しいことがあっていいものか。悲しいことが起きるのは金木犀が咲く時期だけだと思っていたのに。
Mくんの異動を今朝聞いた。栄転だ。私が長年願っていた彼の栄転だ。喜んで然るべきだろうが全く喜べない。
彼は生来の生真面目さを活かし、これから順調にバイヤーへの道を辿っていくのだろうが全く喜べない。
私の元を去るのが早すぎるのだ。今年の年末も彼と地獄の日々を味わうのだと思っていた。
Mくんがどんどん出世していくのはわかっていた。あれ程真面目で仕事に真摯に向き合う人はいないと思っていたから。
Mくんの前に上司だった男は仕事が嫌いで人の褌で相撲を取る最低の奴だった。私はこの類の男が大嫌いだ。男というだけで日本社会では出世の道が開けている。長年この不平等さを味わってきた。私より仕事ができないくせに男というだけで出世してきた奴は山程いる。
就職氷河期の私は男女の差をバブル世代より知っている。200通書いても1社も帰ってこない返事、4大卒の女は端からいらないという風潮。だから男というだけで出世していく馬鹿が大嫌いだ。仕事中に怒鳴ったり、グーで叩いたりモラルも糞もないあいつらが大嫌いだ。
女が言い返そうものなら根に持ちしつこく嫌がらせしてくるあいつら。おっさんだけの話ではなく、20代30代の男も平然とやってくる。
Mくんは平等だ。と言うより、彼の方針に邪魔になるものは徹底的に排除する故平等だ。人の褌で相撲を取り、狡さ全開で仕事をしていた前の上司とは対極だ。
彼が来るまで私は殺されていた。私の前からいなくなる今、私はここに留まる必要はない。黙って我慢さえしていればお金だけは入ってきたぬるい場所に留まれば、また同じ日々が待っている。
私はもう黙っていたくないし、我慢もしたくない。ぬるい日々を抜け出すのは私の心ひとつだ。
痛いのは最初だけ。すぐに慣れる。