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#新大学生に勧めたい10冊

 こんにちは、橘です。

 今回はTwitter上で見かけた「 #新大学生に勧めたい10冊 」のタグについてお話したいと思います。

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 最近Twitter上で「#新大学生に勧めたい10冊」というタグが流行っているようです(フォロワーが文学部・文化構想学部の方たちばかりなので、実際に流行っているかどうかは分かりません)。

 私がざっと確認した限りでは、批評系・海外文学系・哲学系の本はたくさん見られたのですが、古典文学系の本を中心にお勧めしている方は残念ながら一人もいませんでした。

 そこで、甚だ恐縮ながら私のお勧めする古典文学系の本について、いくつか紹介したいと思います。

※私の専門が『源氏物語』並びに中世王朝物語近辺であることから、そのあたりに本が集中しています。また、あくまで浅学な私が目の届く範囲内で紹介しているので、まだまだ多くの古典文学系の良書が存在すると思いますので、あくまで参考程度にお願いいたします。また、本の画像に便宜上Amazonのリンクを貼っていますが、できれば直接定価で買って出版社に貢献したいところです。

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①新編日本古典文学全集(小学館)

 初手からかなり反則気味ですが、おそらく一番有名な古典文学全集ものだと思います。やはり古典文学に慣れていない最初期においては、頭注+現代語訳を載せる新全集は重宝できます。古文がそこまで得意でなくても読めるので、初心者向けです。全88巻と大ボリュームで、有名な作品はだいたい収録されているので、まずは自分の好きな作品から読み始めると良いかなぁと思います。

 著名な先生方の素晴らしい解説付きですが、丁寧に読んでいくと「どういうこと?」「何故そんな現代語訳になった?」と疑問に感じる部分がいくつも出てきます(日文コースの源氏物語研究班での輪読でも、そういう場面が何度もありました)。ですので、読み進めていくうえで疑問に感じたり、授業でレポートを書きたいと思ったりするならば、読み比べることをお勧めいたします。

 読み比べる用の本は、メジャーなところで言えば岩波書店の「新日本古典文学大系」、新潮社の「新潮日本古典集成」などが挙げられます。また、それぞれの作品の研究書・注釈書が(よほどマイナーでなければ)何冊かあるはずなので、それらを比較・検討することで、また新しいことが見えてくるかなと思います。

 ただ全集モノの最大の欠点として、分厚くて持ち運びがしづらいという点があります。文庫本で手に入れやすいものとしては角川ソフィア文庫講談社学術文庫などもお勧めです。特に角川のビギナーズ・クラシックスシリーズは名前の通り初心者向きですのでぜひ。


②『知っ得古典文学の術語集 キーワード100』(学燈社)

 文学部の古典文学系の講義では、意外と基礎知識を確認せずに授業が進むことが時々あります。1年次の必修基礎演習や基礎講義でそれらを教えてくれればいいのですが、はっきり言ってあれは何の意味もありません。なので、もし自学自習したいのであれば、この『古典文学の術語集』が少し役立つかなと思います。

 書名通り、古典文学の術語について、見開き1ページにつき1つの術語を解説してあります。「貴種流離譚」などの古典の物語文学を学ぶ上では最重要語を網羅しており、一読の価値はあります。

 この本を出版した学燈社は他にも必携シリーズなどの初心者向きの入門書を多く世に送り出した名出版社です。惜しむらくは、2009年に廃業してしまったことですね。本来ならば学説の変遷などに応じて適宜改訂版を出してほしいところですが、それが叶わないのが残念です。

③『古典文学の常識を疑う』(勉誠出版)

 書名通り、今まで常識とされてきた「古典文学の知識」について若手の研究者の方々が切り込む本です。一項目につき大体4〜8ページほどですので、内容は示唆的なものにとどまっています。あくまでも「疑い」の思考のスタート地点に過ぎないわけですが、これらをヒントに講義でレポートを書いたりも出来ると思うので、ぜひ一度目を通してほしいと思います。ちなみに好評につき第二弾も発刊されたそうです。

④ 源氏物語の鑑賞と基礎知識シリーズ(至文堂)

 『源氏物語』を読むなら、このシリーズが手元にあると心強いと思います。なかなか現物で手にいれるのは難しいと思いますが、大学図書館には恐らくあると思います。現代語訳はもちろんのこと、豊富なコラムや論文が56帖の巻ごとに収録されているので、あっちこっち参照しなくても一冊で読み応え十分です。

⑤『常用源氏物語要覧』(武蔵野書院)

 これも『源氏物語』を読む際の必携書です。これは今までの本に比べて手に入りやすい一冊だと思います(実際去年度の古典演習の教科書に指定されていました)。

 『源氏物語』を理解するために必要な劇中の家系図や注釈書の説明はもちろんのこと、平安時代の京都の地図や紫式部付近の家系図、伝統文化の図説など、『源氏物語』にとどまらず中古文学を読む際でも大変役に立つ情報が盛り沢山です。古典文学を勉強するなら一冊は持っておきたいところです。

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以上、まずは古典文学作品を読む上で役に立つかなぁと思わる5冊でした。以下はお勧めの作品5冊です。

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⑥『古今和歌集』(任意の底本)

 日本和歌史上最高といっても過言ではない歌集です。以後の文学作品に韻文散文問わず多大な影響を与えた至極の作品でしょう。一度は読んでおきたい作品ですが、一首一首丁寧に読む必要はなく、パラパラとめくって好きな和歌をいくつか見つける程度でもいいと思います。

 例えば恋の部立だけ読む、という手も全然あると思います。私自身全てにじっくり目を通したわけではなく、巻十六以降は一切読んだことがありません。

 ところで、見出しには任意の底本と書きました。多分『古今和歌集』は『源氏物語』と同じくらい注釈書や現代語訳本が出版されており、どれが一番良い本とは一概に言えないと思います。入門編としてはやはり角川ソフィア文庫あたりが無難かなぁと思います。

⑦古典セレクション⑫〜⑯「宇治十帖」(小学館)

 『古今和歌集』が古典文学の韻文部門の金字塔ならば、散文部門の金字塔が『源氏物語』であることはまず間違いないでしょう。本来ならば、全編読破したいところです(などと話す私も全編はまだ読み切っていません……)が、もし「『源氏物語』を全編読むのは大変!」という方には「宇治十帖」をお勧めします。『源氏物語』の最後の三分の一にあたるので、最初からきっちり読みたいと言う方には向いていませんが、今までの内容をあまり知らなくても面白く読めるのが「宇治十帖」だと思います(もちろん知っているとなおのこと面白い)。

 『源氏物語』関連の注釈書は膨大にありますが、手軽に読むなら小学館の古典セレクションシリーズがお勧めです。このシリーズは前述の新編日本古典文学全集のコンパクト版で、内容は同じですが、B6版と持ち運びに特化したサイズで読みやすいです。また電子書籍化もされているので、紙の本より電子書籍の方が良いと言う方にもお勧めできます。

 『源氏物語』は今なおホットな作品であり、最近では角田光代訳本が河出書房新社から刊行されました。現代語訳に試みた作家は数多くおり、与謝野晶子、谷崎潤一郎、瀬戸内寂聴、円地文子などが挙げられます。どれがお勧めかは、それぞれ長所短所があると思うので、実際に読み比べるのが一番かなと思います。

 ただ作家さんが訳したものは(専門家の監修を受けているとはいえ)オリジナル要素がいくらか含まれるので、原文に忠実に読みたいのであれば、学術的な本(中野幸一訳、玉上琢彌訳など)の方が良いでしょう。また、現在刊行途中の岩波文庫版ですが、文庫の割に相当な量の注釈がついているので、原文を楽しみたい方はこちらもお勧めです。

⑧「逢坂越えぬ権中納言」(講談社学術文庫他)

 『源氏物語』のような長編ではなく短編を気軽に読みたい!という方には『堤中納言物語』がお勧めです。全十遍の短編物語が所収されており、どれも魅力的なお話ばかりです。その中でも「逢坂越えぬ権中納言」は、いわゆる『源氏物語』の薫型主人公と言われるなよなよとした男の物語で、個人的に『堤中納言物語』の中で一番出来が良いと思います。他には「虫愛づる姫君」や「はいずみ」などが有名ですね。

 たまたま手元にあったのが講談社学術文庫でしたが、新全集・新大系、角川ソフィア文庫にも収録されています。

⑨『山路の露』(中世王朝物語全集、笠間書院)

 お勧め通り「宇治十帖」を読んでくださった方の多くは『源氏物語』全体のオチに納得がいかなかったのではないでしょうか。そう、『源氏物語』の結末はあまりに尻切れトンボなのです。そんな不満を一つの短編に昇華したのがこの『山路の露』です。言ってしまえば、結末に納得できなかった一読者による同人小説です。ただ同人と侮るなかれ、『源氏物語』の偽作と言われる作品群の中では抜群に完成度が高いです。現代に作者がいたら確実に壁サーになれたでしょう。

 ただ、結局のところ尻切れトンボ感は完全には拭えていません。このことについては先行研究で色々と言われているので、ぜひそちらの方も読んでいただければ幸いです(機会があれば別途記事で述べたいと思います)。

 ちなみに『山路の露』と一緒に収録されている『恋路ゆかしき大将』は2010年のセンター試験に出題され、話題となった名(迷?)作です。

⑩『別本八重葎』(中世王朝物語全集、笠間書院)

 最後に紹介するのは恐らく誰ひとり知らないであろう物語作品です。それもそのはず、最近上梓されたばかりのこの全集が唯一の現代語訳本だからです。伝本もこの本の執筆者であり、都の西北大学の遠い先輩でもある神野藤 昭夫先生の所蔵されている一冊のみという、極めてマイナーで、世に知られていない作品です。

 では、何故この本を選んだかと言うと、何を隠そう私の卒論の底本だからです()。とはいえ、まだ精読もそこまで進んでいませんし、卒論についてはまた別途記事にしようと思っているので、その時に詳細は述べたいと思います。

 ひとまず簡単にあらすじを話しますと、これも『源氏物語』のスピンオフ的な作品で、「蓬生」巻で光源氏を待ちわびる末摘花の物語です。ただ「男を待ち続ける女」というしっとりとしたお話ではなく、どちらかというと滑稽譚に近い物語です。

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 以上、簡単にではありますが、私のお勧めの10冊の紹介でした。

 Twitterで、「初学の人にお勧めするというより、自分はこんな本を読んできたんだぜと自慢しているように感じる」というコメントを見かけたので、出来る限り「大学に入って古典を勉強し始める人」「古典文学に興味があるけど、どの作品から読めばいいかわからない人」などを意識して書いたつもりです。なにかご質問ご意見あれば、コメント・Twitterまでお願いします。

 4月に古典文学に興味のある1年生が都の西北大学に大勢入学してくれること、また、有志の活動である源氏物語研究班にも参加者が来てくれることを願っています。

 それでは、今日はこのあたりで。さようなら。