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スーパーマーケットにコワーキングができる時代〜生活圏内にワークスペースができることで変わる働き方、生き方

※この記事は、2022年5月17日に公開されたものの再録です。

コワーキングをはじめようとする場合、いちから物件を探して開設するのではなく、既存の事業者とコラボすることでその施設内にオープンするパターンもある。それも、地域の住民がよく利用する施設、例えばそう、スーパーマーケットなんかもそのひとつ。

大企業が手を組んでイギリスではじまったテスト

イギリス最大の食料品チェーンであるTescoはIWGと提携して、3,800平方メートル(約100坪)のフレキシブルワークスペースを南ロンドンの店舗に導入するテストを実施している。店舗の中2階に30席のコワーキングスペースと、12席のオープンデスク(よりプライベートなオプション)、会議室が設けられるらしい。

ちなみに、IWGはベルギーを発祥とするオフィスを提供するグローバル企業で、世界の120ヶ国以上に3,300ヶ所以上のワークスペースを置き、800万人以上が利用している巨大ブランドだ。マイクロソフト、Airbnb、サムソン、スポッティファイ、アクセンチュア、Slackなど、錚々たる企業がクライアントとして名を連ねていて、日本ではリージャスの名でよく知られている。

余談だが、コロナ禍以降、世界では大手のワークスペース事業者同士があちこちで提携したり合併したりしてその勢力を増すことに余念がないが、IWGもそのひとつ。ついでに、中小のコワーキングオペレーション会社もコロナ禍で廃業を余儀なくされたコワーキングを買収したり統合したりと、こちらも版図拡大に精力的だ。

つまり、今、世界中でコワーキング、もしくはフレキシブルワークスペース(フレックススペースとも言う→後述)業界が活況を呈している。しかも、そこには相当な金額のファンドが投入されていることから、コワーキングが古い価値観に基づくレガシーな不動産事業ではなく、これからの社会のニーズに応え新しい価値を生むスタートアップとして脚光を浴びていることが伺える。日本にはそんな動き、全然ないけれど。

フレキシブルワークスペースとは

フレキシブルワークスペースとは、大雑把に言って複数の企業がひとつのワークスペースに同居するオフィスのこと。企業がコワーキングしている、と言えば判りやすいかもしれない。そんなことは今まであり得なかったが、コロナですっかり状況が変わってきた。

これまで、企業はビルオーナーと賃貸借契約を結んでオフィスを借りていたが、コロナ禍で社員が通勤しなくなり、広大なオフィスの必要もなくなったことを理由に、個々にオフィスを占有するのではなく共用スペースを利用する方向にシフトしてきている。それを反映してか海外のメディアでは、仕事をするところをオフィスとは言わずワークスペースと言い換えているところが多い。

コワーキングもフレックススペースも基本的には1ヶ月単位で利用契約を結ぶので、月によって席数を調整して増減することが可能だ。←これが企業には非常に都合がいい。何百坪のオフィスを2年間賃貸するという契約を結ぶと、当然その契約に縛られて相応の出費を伴う(というか、確定する)が、必要に応じて自由に利用席数を微調整できれば、無駄な固定費が削られて莫大なコスト減になる。

さらに、国際会計基準に準拠している大企業の場合、オフィスの家賃はリースとみなされ経費ではなくて資産として計上されるので、税負担がかさむ。それを回避するには、不動産賃貸借ではなく利用契約としてオフィスを利用することが望ましい。

このニーズに対応するのがフレキシブルワークスペースだ。コロナでテナントが続々と退去したビルは、いち早くこのフレキシブルワークスペースへと業態を変えている。ということで、くだんの業界は今まさにパラダイムシフトを迎えて沸き立っている。海の向こうで。

ちなみに、コロナ禍のせいでクローズしたコワーキングは世界中にたくさんあるが、それ以上に新しいコワーキング(チェーン)が続々と生まれてこの2年間にコワーキングの数はものすごい勢いで増えている。実は日本でもそう。

生活圏内にワークスペースがあることで変わる働き方、生き方

話を元に戻そう。

なので、IWGのようなグローバル企業がフレキシブルワークスペースに進出するのは自然な流れだが、それをイギリス最大のスーパーマーケットと提携することで(つまり大企業同士が手を組んで)、生活圏内にある施設に持ち込もうとしていることに注目しておきたい。

通勤しなくなった社員は在宅ワークするようになったが、どだい自宅は仕事をする環境ではないので、代替策として自宅近くのコワーキングを利用するようになっていることは、コロナ直前にここに書いたし、今も世界的にこの傾向にある。

だが、TescoとIWGの提携は、地域住民に日常的に利用されるスーパーマーケットが、食料品や雑貨以外のカテゴリに進出することで、双方ともビジネスの機会を拡げることはもちろんだが、それが引いてはワークスペースという装置を生活圏内のどこに置いても不思議ではない社会が訪れようとしていることを如実に物語っている。そしてこれは、我々の働き方そのものが確実に変容しつつあることも意味している。

ここでちょっとこれまでのコワーキングの歴史を振り返ってみよう。

まず最初にIT系のリモートワーカーが個々に仲間を集めてコワーキングをはじめた。その源流は1700年代まで遡る説もあるが、一般に現代のコワーキングの原型を創ったのはBrad Neuberg氏で2005年8月9日にサンフランシスコで始まった。

それは彼ら自身が必要だったからで、(多少は家賃の足しにはなるにせよ)場所を貸すことを主目的としたビジネスにするつもりはなかった。日本でも仕事仲間が共用できるワークスペースという概念で、初期の頃はコミュニティという軸があって細々と運営していた。ぼくもそのうちのひとり。

そこに不動産系企業が乗り込んできて、場所を貸すことを目的にとにかくハコをたくさん作った。彼らはハコを作って貸すのが仕事なので、コミュニティのことは気にもかけていなかった。

すると、とりあえず席があればいいというユーザーも一定数現れて、フリードリンク片手にヘッドフォンしてキーボードを打ち、誰とも口を利かずに帰っていくのが当たり前というコワーキングも増えてきた(主に首都圏)。

あげくに、カラオケボックスを改造したワークスペースも現れて、確かにひとりで個室にこもって集中して仕事するには便利だが、それはコワーキングとは言わない(ということを知ってか知らずか、たぶん知らないのだろうけれど)。

そんなこんなでミソもク●も一緒くたになってるところへコロナが来て、働き方が変わりはじめ、今度はワークスペースなんてものにはまるで縁のなかった事業者がビジネスチャンスを求めて接近してきた。←いま、ここ。

で、そうなると何が変わるのか。

ワーカーの行動様式と範囲が変わり、生活圏内にワークスペースが整備されることで、「ワーク」と「ライフ」のバランスを取るのではなくて、ミックスされる、統合される、いわゆるワークライフインテグレーションがより進む。

就労時間も9時〜17時と画一的なものではなく、各自が働きやすい時間帯を自律的に選択するようになり、場所も選ばないようになってくると、仕事と私生活の境界線もより曖昧になってくる。

仕事とはつらいものでできればさっさと済ませてしまいたいという旧来の仕事観を持っている人は懐疑的だが、好きなことを仕事にして自分の人生を人任せにしないという考え方を持つ、特にミレニアル世代以下のワーカーはむしろポジティブに捉えて、個人としてより充足感の感じられる生活スタイルを実行するようになる。

以前も書いたが、このミレニアル以下の世代の労働人口は、2025年には日本の労働人口の半分を超える。世界では実に75%になる。

それがワークライフインテグレーションだとすると、その「ライフ」のほうを起点に働き方を考えるフェーズにすでに入っていると考えられる。「ワーク」のほうではなくて。

かつては「ワーク」が先だった。就職したら通勤圏内に家を借りて毎日電車に揺られて会社に向かう。仕事が終わったら(それが17時なのか23時なのかはさておき)また電車に乗って家に帰る。この繰り返し。週末になってようやく自分の時間を持つ。やりたいことをやる。つまり、「ワーク」がすべての起点で「ライフ」は二の次だった。それを逆転するのが生活圏内にワークスペースを持つ、ということだ。

そこで重要なのはたぶん時間という資産の使い方だろう。

ひとつは移動時間。通勤時間を短縮すると、「ライフ」に使える時間を増やすことができ、理想的なワークライフインテグレーションを実現しやすい。

もうひとつは、スキマ時間。まとまった時間内(9時〜17時とか)に仕事するのではなくて、プライベートな生活をしている間にもスキマ時間があればそこで仕事をする、という働き方。5分でも10分でも、買い物の途中でも、誰かと待ち合わせしている間でも、ちょっとしたタスクを処理することは可能になっている。つまり、仕事はまとめてやらなくても、小分けにして、回せるようになっている。

むしろ、「ワーク」を小刻みにして「ライフ」にもっとまとまった時間を使うようになる、というか、もうできる。要するに、生活圏内にワークスペースがあると、時間という限られた資産を有効活用できるわけだ。それを、Tescoのスーパーマーケットは象徴している。

サステナブルなまちづくりとワークスペース

では、他にどんな施設が生活圏内にあり、そこにワークスペースがあればいいか。

すぐに思いつくのは「図書館」「病院」「大学」あたりだろうか。あるいは、「銭湯」にあってもいいかも、と思ったが、いまどき銭湯はどんどんなくなっている。では、「サウナ」なんかにあってもいいかもしれない。(そういえば、以前、神戸サウナの中にコワーキングできないか、という相談があったが、あれはどうなったんだろう?)

で、忘れてはならないのが「駅」だ。

人が集まると言えば駅だ。駅にコワーキングがあれば便利なのは言うまでもない。事実、都市圏のターミナル駅には、最近、コワーキングが整備されだしている。

つい最近、JR西日本小倉駅内にオープンしたここなんかもそう。

すごいオシャレ。ここは新幹線の駅だからビジネストラベラーも当然ターゲットにしているけれども、地元の起業家育成に熱心なコワーキング「秘密基地」が運営していることからも、地域住民の利用が期待される。

ただ、これほど大きな駅でなくとも、ちょっとしたスペースさえあればコワーキングはできる。いやむしろ、人口減少が進む地方の小さな駅にこそ、人が集まる場所としてコワーキングが整備されるべきではないか。

そういえば、コワーキングツアーをはじめた2016年に徳島のJR二軒屋駅の駅舎内にあるコワーキング「トレインワークス」さんにおじゃましたことがある。

なんとこの駅は無人駅だ(!)。しかし、交通の要衝であることには変わりない。その空きスペースを利用して2015年に開業した。

ここを主宰する岸村さんは建築設計士で都市開発にも携わっておられた。その視点から、利用されていないスペースの再活用としてコワーキングを開設されたのは先見の明があったと言える。

実は一時、コワーキングはクローズされていたが、久しぶりにサイトをチェックしたら、再開されていた。たぶんだが、そういうニーズが熟してきているのだろう。大変、喜ばしい。

他にも(これも以前、コワーキングLABのニュースレターで書いたが)、南海電鉄貝塚駅にもコワーキングができている。そういう事例は日本中にありそうだ。駅をただの通過点としてしまうのはもったいない。たとえ便数が減って乗降客が減っていたとしても、生活圏内の貴重な施設であることは変わらない。用途を変えればいくらでも使えるはずだ。

そう考えると、もっと他にも生活圏内にある施設とコラボしてワークスペースはできそうだ。たとえ、グローバル企業の資本がなくとも、地域のプレイヤーが共同で企画して、あるいは行政主導で官民協働型のコワーキングの運営は十分に可能だろう。

自治体はいきなり予算を組んで大げさに動こうとするが、まず1ヶ月でも簡単な設えでテストしてニーズの有無をチェックすることから始めるのがいい。ここ、結構、思い込みが過ぎて現実と大きく乖離するケースがある。期待が大きすぎるのもよくない。

1日に平均3人利用する人が現れたら絶対にやるべきだと思う。対象もまちまちでいい。仕事でなくとも構わない。例のコワーキング曼荼羅に網羅されるどのテーマで利用する人が来てもOKにしておけば、自然にユーザーは増える。人が人を呼ぶ。

生活圏内にワークスペース(コワーキングでもフレキシブルワークスペースでも)を持つことで、我々はより自分らしい暮らし方、生き方に時間を使えるようになる。すると、その地に定着する人口が増える可能性もたかまる。

言い換えると、サステナブルなまちづくりにワークスペースは欠かせないということだ。既存の施設を利用してそういう環境を整備するのは理に適っている。

駅に関するトピックスはまた書く予定。

それでは。

(Cover Photo:PYMNTSウェブサイト)

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