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頭痛・肩凝り・睡眠不足

「しばらくウォーキングをおやめなされ」
 あるとき、ある人にそう言われた。

 それは歩くことこそが最良の健康法であると信じていた自分にとって、全否定にも等しかった。

 人には人それぞれの健康法があり、長年の経験に基づいて、誰もが健康に一家言を持っているのではないか。だからそれを否定されても、簡単に受け入れられないのではないだろうか。

 自分にとっての健康法は、実は歩くことだけではない。腕立て伏せで体幹を鍛えることにより、フレイル(虚弱・脆弱)やサルコペニア(筋力低下)を避けることができる。それが、「あ、腕立て伏せもやめてくださいね」と言われてしまった。

 マンガ家の故さくらももこさんは、喫煙の習慣が健康について考えさせてくれると語ったもので、たしかにカラダに悪い習慣こそが、逆説的に健康を意識させるということはある。自分の場合は飲尿療法などに走らず、禁煙外来に通ってなんとか禁煙したが、飲酒はやめられず、だからこそのウォーキングと腕立て伏せである。

 運動だけではない。食べ物、飲み物(アルコール以外の)についても実はこだわっている。カフェインだけでなく、ポリフェノールも豊富なコーヒーは心臓病・脳卒中・呼吸器疾患を予防する。高カカオのチョコレートは血圧低下の効果があり、動脈硬化や認知症の予防になる。さらにトマトジュースが血圧と血中のアルコール濃度を下げる。トマトのリコピンは、アルコールが分解される際に出てくる毒素アセトアルデヒトを分解してくれる。

 完璧じゃん。どんとこい、寄る年波。

 しかし、それではなんでこんなに体調が悪いんだろうか。ここ最近、頭痛・肩凝り・睡眠不足に悩まされているのは、なぜだろうか。目覚めても疲れがとれていないどころか、疲労が蓄積し、ちっともスッキリした目覚めではなく、どんよりしている。

 それだけではない。仕事で一杯一杯で、読むことに集中できず、書く方もなんのアイデアも浮かばず、すぐに書きあぐね、それ以前にモチベーションが上がらない。要するにやる気が全然出ない、ユーツである。一体全体なぜなのか、誰か教えてくれ!

 まあ、深酒と仕事のストレス、それに加齢が原因だろう。しかし、本当にそれだけなのか?

「かんやんさあ、なんか最近体調が優れなくて、ユーツで仕方ないんだよお」
 と語っていた職場の大先輩のことをなんとはなしに思い出す。
 この方は、末期の膵臓癌であることが判明し、即ホスピスに入って緩和治療のみ、告知からほんの半年足らずでお亡くなりになった。本当にあっという間のことだったのである。



 ついに限界がきたのは、三月のことだった。夜勤明けに疲れ切って13時頃に眠りに就き16時過ぎに目覚めるとと、体が苦しくてもう眠れなかった。たった3時間しか眠れていない! ガンガン頭痛がする。それに首と肩がガチガチに凝り固まって、耐えられないほど痛む。ただ存在しているだけで辛い。もうダメだ、誰か助けてくれ!

 救急車を呼ぶ代わりに、駅前の雑居ビルにある鍼灸院に駆け込んだ。実に十数年ぶりのことであった。

 ひどい肩凝りに悩んでいた自分がこの鍼灸院を初めて訪れたのは、当時付き合っていた女性からの紹介だった(その頃は隣町で暮らしていたし、彼女はもっと遠方だった)。バンド活動をしつつ、大の占い好きでタロットカードを操ったり、シュタイナー教育を勉強したり、アレクサンダーテクニークを齧ったり(自分はその全てを怪しんでいたし、今でも疑っている)、少し変わった人だった。いや、かなり怪しげな人だった。

 数年前、なんとなく(まことに恥ずかしい話であるが)、彼女の名前をググってみたら、ストリーミングTVで、タロットミュージシャンとして取材されていて、腰を抜かしたものである。それにしても、取材してる女の子の方が全然可愛いかったな……。

 それはともかく、彼女のススメにより、(不本意ながら)藁にもすがる気持ちで非科学的な伝統民間療法に頼ってしまったが、意外なことにその効果は絶大だった。数回の施術で肩凝りの悩みがキレイサッパリ霧散したのだから、この点に関しては感謝の念しかない。それ以来、十年近く足が遠ざかっていたのが、あまりの肩凝りで、その時の記憶が蘇ったのである。

 前回の先生はとっくに辞めておられて、自分のカルテも残っていなかった。マスクで顔はわからないが、年配の女性が今回の担当者である(こんな時ですら、若くてキレイな先生が良かったなあというスケベ心)。

 先生は、ベッドでうつ伏せになった自分の首・肩・腰と順に触れていって、
「うわっ、うわー」と悲鳴を上げた。「これはヒドイですね。よく我慢できましたね」
「いえ、我慢できないから、駆け込みました」
 プスプスと鍼を背中に刺していきながら、
「こんなになるまで放置してはいけません」
「ぐっすりと眠ることさえできれば、なんとかなるかと思ったんですが、頭痛で眠れなくて……」
「まるで鉄板です」

 ウォーキングと腕立て伏せをしばらく止めよと言ったのは、この先生である。

 それだけでなく、コーヒーは利尿作用が多く血行が悪くなるし、カフェインが良質な睡眠の妨げになるから、控えよと仰る。トマトジュースも、糖分が多いから控えよと仰る。

 それは長年自らが編み上げてきた健康法の全否定であった。

 まっぴら御免だよ! こう叫びだかった。

 でも、疑い深いわりには、感化されやすい自分は、
「はいはい、わかりました!」
 と二つ返事で答えていた。

 それほど辛かったのである。

『ココロとカラダと』第三回

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