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【短編】ウソをつく人、信じる人

 息をするようにすらすらとウソをつく、病的なホラ吹きというのがいるものだ。対をなすように、どういうわけかそれをまた素直に信じる人もいる。

 一口にウソと言っても、目的別に色々な種類があるだろう。整理してみよう。

①人を貶めるウソ。単なる悪口ではない、悪意のあるウソ。

②自分をより良く、より大きく見せるウソ。

③悪事や失敗が露見しないようにつくウソ。「記憶にございません」とか「やってないですよ!」とか。

④愉快な、あるいは聞く人によっては不愉快ではあるが、話を盛るどころではないホラ話としてのウソ。

⑤人を騙して利益を得るためのウソ。詐欺など。

⑥まったく無意味なウソ。なんでそんなウソをつくのか理由不明なウソ。

 根も葉もない噂、怪文書、デマ、流言蜚語、フェイクニュース、陰謀論などもシンプルに言えば、ウソと言える。どんなウソでも大抵は上記の①〜⑥のどれかに当てはまるか、重複しているのではなかろうか(たとえば、経歴詐称は②と⑤に該当する)。話を盛るために、わかりやすく面白くするためにウソを織り交ぜるということもある。単に社交的なウソ(「お若いですね」「お似合いですよ」etc)など、まだまだ色んな種類のウソがあるだろうが、とりあえずこれぐらいにしておく。

 自分はウソをついたことがない、などと胸を張る人がいたら、まあ立派なホラフキー氏であることに間違いない。あなたが人並みの人間ならば、見栄を張ったり、お愛想を言ったり、ミスを誤魔化したり、(オレは悪くないと)自分を誤魔化したりして、ウソをついてきたし、これからもウソをついて生きてゆくことだろう。

 たとえば、
「偏差値はいくつ?」
「年収はどれくらい?」
「経験人数は?」
 などと訊かれて、少々サバを読んだことはないだろうか。これは範疇②に属するウソになるだろう。

「宿題は?」と訊かれて、
「もうとっくにやったよ!」などと答えるのは、範疇③かな。

 しかし、出身大学やキャリアを偽ったり(ショーン・K)、実験結果を誤魔化したり(小保方晴子)、ゴーストライターを雇ったり(佐村河内守)して名声を得ると、サバ読みどころの話では済まされない。これらの事件は、自分にはかなりエキサイティングであった。

 野々村竜太郎元県議会議員の場合は、空出張で政務活動費を詐取していたわけだから⑤。悪事が発覚した後、③に当たる「記録もないし、記憶にもない」と誤魔化していたのが、追い詰められると、「この世の中を変えたい、その一心でえ!」などと号泣する。あのすり替えには、かなりエキサイトさせられた。

 そういえば、佐村河内氏も、謝罪会見で「闇に沈む人たちに光を当てたいという思いは、天地神明に誓って本物です」などと言っていた。こういう自己欺瞞且つ他者欺瞞みたいな宣言を謝罪会見でいけしゃあしゃあとされると、どうにもゾクゾクしてしまう。謝罪でも弁明でもなく、少々ウソはついたし、やり方はまずかったかもしれないが、自分は悪い人間ではない、崇高な使命感を持った高潔な人間なのだと開き直っているのである。「この世の中を変えたい、その一心でえ!」に通じるものがあるではないか。

 天地神明に誓ってなどと言い出す人は、どうにも信用ならないよ。

 イギリスの哲学者オースティンに『言語と行為』という本があって、言語行為論(単純に言うと、言葉は真・偽・矛盾に収まるような命題ではなく、行為であるということ。たとえば説明する、命令する、侮辱する、あるいは誓うなど)を展開するのだが、驚くべきことにそこにはウソをつくという行為がただの一行も触れられていないのである。

 しかし、ウソをつくというのは、相手を騙したり、自分を偽ったりする正真正銘の「行為」ではないのか。

 と、こんなことを考えたのは、もちろん身近にホラフキー氏がいるからである。前の会社の先輩であった稲荷山さんは、病的なウソつきだった。しかし、転職した先の同僚の油小路くんは、それを更に上回るウソつきで、なんだろう結局どこへ行っても、まあ(良い意味ではなく)個性的な人はいるものだなあ、と嘆息せざるを得ない。

 稲荷山先輩のウソは主に③⑤⑥の範疇に当てはまるものだった。バイク通勤が禁止されているのにそのルールを平気で破り、その上で定期代を請求していたのは、もはや単なるウソではなく犯罪行為でしょ。後輩から年齢を訊かれて、「もう60になるかな」などと15歳以上も多く答えたのは、⑥に属する理由不明なウソである。なぜそんなすぐにバレるようなウソをついたのか、なぜそんなにも年長者に見られたかったのか、わけがわからん。

 一方、油小路くんのウソはほとんど②に属するのであるけれど、どちらも周囲から疎ましく思われていることに違いはない(稲荷山さんは根拠のない自信に満ち溢れていたから、②に属するウソをつく必要がなかったと言える)。

疑惑その1(キャリアにまつわるウソ)
 前職は日本人なら知らない人はいない有名企業の幹部であった。今でも電話がかかってきて、相談に乗っている。

 ふーん。という感じ。今と全然業界が違うけれど、そういうこともあるだろうし、若くても有能なら幹部に抜擢されることもあるだろう(ちなみに今、四十前半)。しかし、なんで転職したのか、こんな無名の小さな会社に。

疑惑その2(資格と海外滞在にまつわるウソ)
 ソムリエの資格を取るために、二年間フランスで暮らしていたことがある。フランス語はできないが、二年もいれば相手が何を話しているのか大体理解できるようになった。「ソムリエの資格は日本で取れるよ」と指摘されると、「当時そのことを知らなかった」と答える。

 なんだかうさん臭い話だな。

 油小路くんのつくウソは、基本自慢話の類いで、邪気がないと言えば言えるのかもしれない。自分は仏語を少々齧ったのでカタコトぐらいなら話せるのだけれど、彼の仏語力を試すのは、なぜだかためらわれた。そもそもフランスのどこにいたんだよ?

 雑談をしていて、誰かがエピソードを話すと、必ずそれを量的・質的に上回る体験談を持っている(その場で考え出す?)のが、油小路くんなのである。

「そんなの全然大したことないよー」と始まり、海外旅行(滞在)なら誰よりもより遠く、より長く、事故や事件の目撃談やオカルト話ならよりショッキング、病気ならより重篤ということになる。

疑惑その3(有名人にまつわるウソ)
 携帯電話に着信があった後に「今のは実は◯◯さんなんだよね」などと人気芸能人の名前を出す。

 あっ、そう。へー凄いねー。てか、子どもか。

疑惑その4(知能にまつわるウソ)
 独学で司法試験を受けて、筆記では満点だったのに、実技で試験官を論破してしまい(論破王かよ)不興を買い、結局は落ちてしまった。

 なんかもう、もはや大人のつくウソのレベルではない、かなりヤバい。それにしても、既婚者であるせいか、不思議とモテた自慢(女にまつわるウソ)はないな。

「あの、油小路さんのことどう思われますか?」
 自分が転職したばかりなので、仕事的には先輩であるけど年少の高辻くんに訊かれたことがある。コツコツ努力するタイプの青年だ。
「誰よりも早く出社して、誰よりも遅くまでも残っているじゃないですか。仕事にも明るいし、その上さらに勉強家ですね」
 と、慎重に答えておいた。念のために言っておくと、全てを語っているわけでは全然ないけれど、これはウソではない。
「でも、なんかおかしいと思いませんか?」
 そら、おいでなすった。
「んー、まあ、ちょっと……」
「ちょっと?」
「話を盛ると言いますか……」
 これはもちろんウソである。油小路くんの言説は話を盛るどころか、もはや虚言の領域にある。
「ですよねー」
「まあでも、仕事がんばってるし」
「でも、おかしくないですか。あんな風に自分を大きく見せようとホラを吹き続けて」
「それは多かれ少なかれ、誰にでもあることじゃないでしょうか」
 いくらなんでも多すぎるけどね。
「絶対おかしいですよ、最初ぼく全部信じていて、でも矛盾が出てきて、段々おかしいなと……」

 え、最初、全部信じてた? それは高辻くん、いくらなんでもイノセントにも程があるだろ! ピュアすぎるよ! 君はもしかしたら、人生で一度もウソをついたことがなく、人を疑うことを知らない稀有な存在ではないのか。

 彼が油小路くんに心底怒っているのは、騙されたと思っているからで、最初からホラだと思って聞き流していれば、そんなにも腹は立たないはず。いや、どうだろう、最近、どうも自信が持てなくなってきた。それにしても、息をするようにウソをつく人がいれば、それを素直に信じ込む人もいるものだなあ、と。

 あるとき、こんなことがあった。
「そんなに根を詰めて働くと体に良くないんじゃ。たまには定時で上がったらどうですか?」
 自分としては、残業続きの油小路くんを気遣ったつもりなのに、何かが彼の癇に触ったようで、たちまち不機嫌になるのである。新入りが年喰ってるからって、先輩面するなってことか?

 ベトっとした髪に、ソバカスの散った顔をこちらへ向けて、ジトッとした視線が絡みついてくる。

 彼がウソをつくのは、非常に不機嫌なときか、その反対にあまりに上機嫌なときで、感情の揺れ幅が大きい。

「余計なお世話ですよ。それに最新の研究では睡眠時間は一時間で充分だってわかってるんです!」
 なんかどう答えて良いか、もうわからんよ。
「そうですか……すいません」
 なんでウソつかれて、自分が謝ってんの。やっぱり少し腹が立ってきたぞ。
「あのね、すいませんなんて言葉はないですからね。それを言うなら、すみませんでしょ」
 うわ、めんどくせー。とりあえず謝っとくか。
「はい、すみません」
 すみませんなんてちっとも思っていないのに、すみませんと口にして頭を下げる、これってウソだよなあ。

 虚言癖のある油小路くん、彼はこれまで本当はどのように生きてきて、これからどんなウソを重ねてゆくのだろうか。

(了)

※この物語はフィクションであり、実在する人物・団体とは無関係です。

※※ウソです。

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