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文学人生相談所①カフカ『変身』

虫に変身しちゃいました……。
本日の相談者 グレゴール・ザムザさん(プラハ在住)

 こんにちは、グレゴール・ザムザと申します。よろしくお願いします。

 ある朝、嫌な夢から目覚めると、大きな毒虫になっていました。父は泣き出し、母は卒倒し、私が出社しないのを不審に思ってわざわざ訪ねてきた会社の上司は逃げ出す始末。

 私は営業マンをしておりまして、出張が多くあちこち旅して回り、家を不在にすることが多いのですが、父母、そして未成年の妹と四人暮らしであります。父は病気がちで母は喘息持ち、五年前に父の経営する店が破産してからは私が一家の大黒柱なんです。私が働けないと、家族が路頭に迷ってしまう。それなのにこんな体に変身してしまって……。

 私の妹はね、音楽が好きでバイオリンを弾きます。実はお金を貯めて、彼女を音楽学校に入れることが、私の密かな願いだったのです。この体では、その夢すらも叶わなくなってしまいました。

 それどころか、家族は私を厄介者のように扱い出しました。それこそ、何というか、文字通り虫ケラ扱いなんです! 一体、私はどうすれば良いんでしょうか?

かんやんの回答 みんなちがって、みんないい。ポジティブシンキングが人生を変える!
 こんにちは、ザムザさん。ご相談、ありがとうございます。

 大きな毒虫に変身したとのこと、まことにお気の毒さまでございます。そんな不条理なことが起こるなんて、びっくり仰天です!

 これがまだしもクワガタとか、ヘラクレス大カブトムシなら、子どもたちに大人気になったかもしれないのに、虫は虫でも毒虫とは、トホホな気分ですよね。

 人は見た目が九割と言いますけど……あ、そうか、もうそもそもヒトじゃありませんものね……。え? 中身はまだヒトだって? だから、外見の話をしているんですって。

 第一回からマジでヘビーな相談で、いささか困惑気味ではあります。個人的な話ですが、実はわたくし、昆虫が大の苦手でして、というか、節足動物全般がダメで、裏返したりするともう虫酸が走るほどでございます……いえ、シャレではありません。だから、自分が虫に変身とか考えただけでヘドが出ちゃいますね。

 でもね、ザムザさん、考えてもみてください、人生とはままならぬものなんです。戦争、交通事故、不治の病、犯罪被害など、この世にはほんと不幸な人がたくさんおられます、あなたよりずっと不幸な方たちだってそれこそ吐いて捨てる程いますから、あんまり思い詰めない方が良いですね。そう、モノの見方ひとつで、ちがった風景が開けてくるということがあるのです。

 虫に変身、大いに結構ではないですか。だって、世の中広しと言えども、ヒトから虫に変身した者はあなたひとりしかいないわけですから、これはまあ誇れることですよ、きっと。かなりレアで、ニッチです。インセクトマン、バグマン、どうですか、呼び方一つでスーパーヒーローみたいじゃないですか!

 スパイダーマンみたいな特殊能力は……あ、ない。アントマンみたいに小さくなったりは……できない。大丈夫、大丈夫。ビートルマンのスーパーパワーはなんでも跳ね返す硬い冑とかね。え、お父さんに投げつけられた痛んだリンゴが背中にめり込んでる……さらに腐り始めた、と。なるほど、なるほど。

 わかりました。どうですか、見せ物小屋で働くというのは。もうね、グロさで言ったら、エレファントマンなんてね、目じゃないっすよ。断食芸人も、お呼びじゃない。怪奇毒虫男の恐怖、どうです、これなら経済的な問題も解決できるし、楽な仕事だから背中の怪我にも負担が少ない。メデタシメデタシ、これにて一件落着!

(了)

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