【エッセイ】絶滅仕事図鑑

 近い将来、自分の仕事はAIに奪われるのではないのだろうか……そんな不安を抱いてもどうしようもない。何年後かには確実にそうなる。そのときのために備えておく。

 なんて考えると、一見ポジティブなようだけど、では具体的にどう備えるのかとなると、何の知恵も浮かばない。

 そうなると、人はちょっとばかし後ろ向きになるものらしい。どんな仕事が生き残るだろうかと頭を働かせるよりも、そういえば、一昔前、いや、二昔も前にはあんな仕事、こんな仕事があったなあ!と遠くを見るような目になるのである。

 数十年前に受験のために上京したとき、驚いたのはJR(既に民営化されていた)の改札が自動化されていなかったことである。地元では、物心ついた頃にはすでに自動改札だったのに。

 利用客数日本一の新宿駅でさえ、掌でクルクルとハサミを回転させながら、数人の駅員で群がる膨大な乗客を捌いてゆくのである。どこか得意げであった。

 ホームドアの設置で車掌が不要になり、自動運転の導入で運転士もいらない時代が来る。

 自動改札機をぶち壊した駅員はいなかったし、ホームドアにハンマーを振り下ろす車掌も今のところ存在しない。しかし、ラッダイト運動に似たような動き(たとえばAI排斥など)が起こっても不思議ではない。産業革命期のあの機械打ち壊し運動は単なるヒステリーなどではなく、当時としては、ある階級にとって、まったくのところ常識的で正常な反応だったかもしれないとも思われるのである。

 なくなる仕事がある一方で、自動改札機やホームドアの設置や点検、修理など新しい仕事が生まれた。


 新宿といえば、当時はまだ紀伊國屋にはエレベーターガールがいたものだ。スカーフなど巻いて乙に澄まして、「上へ参ります」なんて案内するうら若き女性である。百貨店ではどうだったかな……。

 エレベーターそのものは当時から変わっていないのだから、仕事を淘汰するものは、必ずしもテクノロジーの進歩ばかりではないということだ。


 学生時代は、ほんの一時であったが、テレビ局でアルバイト(単なる雑用)をしていた。ウィークデイに毎日放送していた「昼◯日◯列◯」という番組のロケで、高速道路の料金所(の係員)を取材したことを、朧げながらも覚えている。もちろん、ETC導入以前の話。どこだったか、たしか日本で一番混み合うと言っていたから、川崎にある東名の料金所だったかな。

 食堂や休憩室の様子、ブースでの業務内容などをカメラに収めた。印象に残ったのは、壁にべたべた貼られた組合のポスターやチラシで、賃上げなどの労働環境改善を切実に訴えていたのだが、そういうところは絶対にカメラに写さない。料金所スタッフの方々は皆、高齢であった。改善すべき労働環境どころか、仕事そのものがほとんどなくなってしまったけれど、すでにして引退の年頃に差し掛かかっていたことかと思う。


 話は上京するずっと以前、子どもの頃に遡る。児童公園で遊んでいると、紙芝居のおじさんが自転車でやって来たことを覚えている。たしかお菓子(駄菓子だったか、水飴だったか)を買わなければ観せてもらえなかった。現金を持ち歩いていなかったから、おじさんに(けっこう厳しく)追い払われて悔しい思いをしたものだった。紙芝居というのは、さすがに当時としてもかなりレアでレトロであった。

 調べてみると、当たり前だけれど、紙芝居にも歴史がある。無声映画の登場で廃れてしまった写し絵(和紙のスクリーンにガラス絵を投影する幻灯)が起源であったという。それから、立絵紙芝居(竹串に切り絵を貼り付け、小さな舞台で上演する)から平絵紙芝居へ。戦時中の国策紙芝居やら教育紙芝居など、単なる子どもの娯楽ではなかったが、昭和20年代には子どもの「紙芝居中毒」が指摘されたというから、余程人気があったものと思われる。ゲーム脳、スマホ依存ならぬ、紙芝居中毒かあ。

 自分は宿題もしないでマンガばかり読んでいたので、よく親にキレられたものである。マンガ脳、マンガ依存、マンガ中毒であった。


 子どもの頃は団地の最上階で暮らしていた(とは言っても、たかが5階)。もちろん、エレベーターガールなんていなかったし、そもそもエレベーターがなかった。そこで、セールスマンがふうふう息を切らせながら階段を上ってきたものだ。訪問販売である。彼らは、医薬品、健康食品、教材など多岐に渡る商品を売りつけにやって来た。歩合制で、まさに足で稼いでいたわけだ。とりわけ記憶に残るのが百科事典の訪問販売なのは、なぜかって言うと、全く必要ではないものだから。

 誰がどう考えたって、狭い団地暮らしの一家に、豪華な百科事典セットはいらんだろう。そこへふうふう売りに来るのだ。

 仕事の大変さとか、世知辛さなんて思いもよらないガキはマンガに夢中で、高額・浩瀚こうかんで、床が抜けそうな百科事典セットなんてまるで興味がなかったかというと、案外そうでもなく、見本やカタログを見てはなんとなく魅了されていたような。子どもって、図鑑や図録の類いがけっこう好きだったりもする。百科事典……もう存在意義すら失ってしまったなような。

 たしかブリタニカだったか、フッサールが「現象学」の項を、パウリが「相対性理論」の項を執筆したとかいうのだから、豪華ではあった。世の中には百科事典全巻を読破したというような奇矯な人もきっといることだろう、とふと思う。


 皆様は、絶滅仕事といったら、どんな職種を思い浮かべますか?

(了)

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