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心のガタツキ

網戸が開かない。

力ずくでやろうとするとレールから外れてわざわざベランダに出てはめ直す。

ベランダ側から上半身を引いて見ると、気持ち傾いている。

管理会社にその旨を電話すると、今すぐ業者を手配するという返事がきた。

今すぐ?

失礼いたしますと電話が切れた数秒後に、バンッ!と音がして見ると、窓ガラスにピンク色の粉みたいなのがついていた。

立ち上がって窓越しにベランダを覗くと、拳大のでっかいピンク色の羽虫が死んでいた。

「キャッ!」

外国の映画とかでしか見ないサイズの虫。

気持ち悪い。

生態系めちゃめちゃ系映画。

えー気持ち悪いなにこれ。

よく見るとまだピクピクと動いている。

トドメを刺す気にもなれないし、部屋に入ってこられたら最悪。

なので見るしかない。

そいつは立ち上がり、立ち上がり?うつ伏せで倒れている人間がするようにぐいっと立ち上がり?人間?ピンク色の小さい人間にピンク色の羽が生えた人間?妖精?うつ伏せだったからそいつの身長より長い羽で角度的に虫にしか見えなかったが、金髪ロングの女の子の妖精みたいなのが気付いたらガラス越しに私の目線の高さで羽をジジジジと小刻みに震わせながら滞空していた。

(ごめんなさいまたやっちゃった!あたしガラスの認知ができないのよね!鳥とおんなじ!ガラス汚しちゃってごめんね!)

なんかすごい子どもの女の子の声が脳に直で聞こえてくる。

妖精には口がついてない。

(これがその網戸ね!うん、うん、うん、なるほど、全く傾いてないわね!)

(いや、え、傾いてますけど)

網戸のことで頭がいっぱいの私は、妖精=業者であることをすっ飛ばして受け入れて脳から直接反論していた。

(あのね、よく聞いて)

妖精が私の目をじっと見つめている。

(網戸のガタツキは心のガタツキなの!)

(…はぁ?)

(じゃ!お大事に!)

(ちょっと!おい!)

妖精はビューンと飛んでいってしまった。

すぐに管理会社に苦情の電話を入れると、

「もしもし!?」

と言われ、あーそうかと思い、実際に喋り出した。

「あーすみません、さっきまで脳で喋ってたんで」

「あー、来ましたか、いかがでしたか?」

「いや、なんか、網戸のガタツキは心のガタツキとか言われて、直してくれませんでした」

「あーなるほど、失礼ですが、最近、何かずっと気掛かりなこととか、心配なこととか、不安なこととか、ございますか?」

「網戸以外でですか?」

「網戸以外でです」

「えー、あー、あの、ありますけど、あんま人に言えることじゃないです」

「あ、大丈夫ですよ、個人情報は漏らしませんので、差し支えなければお聞かせください」

「はい、じゃあ、あの、3日前くらいに、個人のお爺さんが趣味の延長でやってるような、骨董品屋って言うんですかね?そこになんとなく入って、狭い店内を買うつもりもなく見てたんですね、そしたらバリーン!って音がして、見ると私の背負ってたリュックが当たって、フクロウの陶器?もう割れてたんで何入れなのかもわかんないんですけど、それが割れてて、あーって思ったんですけど、自宅兼お店みたいな、奥まったところに住居があるようなとこで、店主が奥に引っ込んでたんですねそのとき、で、気が付いたら私ダメなんですけど、お店を飛び出して、振り返らずに早歩きで逃げたんですけど、まぁ、そんくらいで、他にはとくにないですね」

「いや、それですね」

「え」

「それが業者の言ってた、心のガタツキです」

「心のガタツキ…」


電話を切ってすぐに電車に乗って骨董品屋に行くと店主のお爺さんが店を閉めようとしているところで事情を説明して謝罪し4200円を弁償してなんて正直なお嬢さんだ的な感じでむしろ笑顔で許してもらって清々しい気分で帰ってきた。

網戸のガタツキは直ってなかったので、ちょっと語気を強めたら管理会社はビビって「普通の業者」を手配して後日なんとかガタツキは直った。

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