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通らない

本人じゃないとわからないことってある。たとえばそれを今すごく痛感していて、というのも30分くらい前に自転車で通ったことのない私道っぽい小道に入って近道できるんじゃないかと思って小道を抜けるといきなり長い下りの石階段が現れてブレーキも片効きだったせいで前輪は止まり切らずに階段をドカドカドカドカあーあーあーあーと降りていってなんとかこけることなく階段を下り切れると思った矢先に角から徒歩の男の人が曲がってきてドンガラガシャーンと正面衝突。自転車はカラカラカラカラカラカラと脇に弾き飛ばされ私は階段の下でイテテテテテテと立ち上がって見ると私が目の前で頭から血を流して倒れているのである。つまり私は私が自転車で巻き込んだ男の人になっていて、そんなことより私が死ぬかもしれないと慌てて私のコートのポケットから私のスマホを取り出して男の声で119をした。救急車が来るまでの間に私は私の脈を見て生存を確認したり、頬を軽くはたいたりしてみたが返事がなかったり、でもこれって私がもし助からなかったら私が私を殺してしまったことになる。ん?そうか?いや違うか?でも状況的に私は自転車に激突された側の皮を被っており、無傷である。そっか。私は男の人に激突してしまったが、男の人に怪我はなく、私自身は生死を彷徨っている。意識が入れ替わってると考えるのが自然であるので、本来は事故で自業自得だったものが、「他殺」になる可能性がある。だからと言って他殺になることを避けるために私の意識を私に戻すのも怖い。意識を戻したところで私の意識は戻らないかもしれない。そもそも意識を元に戻すことはできるのか?よくドラマとかではもう一度同じだけの衝撃を与えると元に戻るとか言うが、そんなことをしたら私が確実に壊れてしまう。だからと言って今後は見ず知らずの男として生きていくのか?自転車に乗って逃げたら盗難になるのだろうか?私は私の乗ってきた自転車に乗るのだから盗難ではないのだが、見ず知らずの男が私の自転車に乗っていることになるので盗難になるだろう。ややこしいから自転車には乗らず走って逃げよう。なんで私は私を置いて逃げているのかわからないが走って走って走って息が切れたところで腹が減ってたまらないことに気付いた。そもそも晩飯時である。男は飯をこれから食う状態にあったのかもしれない。適当な定食屋に入ってカウンターに座ってメニューを見て生姜焼き定食を食べることにする。

「すいませーん」

「あっ、すいまーせん」

「すいませーん!」

「あのーー!!」

「すいませーん!!」

「すいませーん!!!!」

「すいませーーーん!!!!!!!」

「注文したいんですけどーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

「すいませーーーーーん!!!!!!!!!!!!!!!!」


ダメだこの人全然声通らない。

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