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ソース原理 (Source Principle)と事業継承

ソース原理 (Source Principle)って何?

「ソース原理 (Source Principle)」というビジネス、特にチームに関する理論があります。去年、以下の本が出て、経営/HR界隈で話題になりました。

この本、英題は「Working with Source - Realize big ideas, organize for emergence, and work with money」、ChatGPTに直訳してもらうと「ソース(Source)と共に働く - 大きなアイデアを実現し、新たな出現に対応し、お金とどう向き合うか」という題名です。一言で言うと「ソース(Source)」というのが組織で大事だよね、という本です。

文中では以下のようにソース(Source)を定義しています。

ソースとは、傷つくリスクを負いながら最初の一歩を踏み出した創業者のことだ(あるいは、その役割を継承した人物のことである)

すべては1人から始まる――ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力

自分はこのソース(Source)を「最初の一歩を踏み出した創業者の魂」と解釈しています(魂がウェットな表現ですが自分にはこれがしっくりくる)。その魂の継承がどのように事業継承のプロセスの成否に関係するかを考えてみたいと思っています。

事業継承はソースの継承

私たちは普段の経営関係のニュースで経営者の事業継承の失敗例をたくさんみます。超優秀な後継者を立ててポジションを譲っても2、3年で「あいつは分かってない」とまた自分が返り咲く伝説的な創業経営者というストーリーはソフトバンクでも日本電産などの例を出すまでもなく、よくある話です。

想像するときっとそれはソースの伝承が事業継承プロセスの中で行われなかった、上手くいかなかったからではないかと思ってます。自分のケースで事業継承が上手くいかなかった例を少し話してみようと思ってます。

10年間のKOBIRAの事業継承がなぜ上手くいかなかったか

うちの会社の先代(親父)から自分への事業継承は上手くいかなかったと思っています。10年前に肩書きだけは社長になったんですが、自分は全く当事者意識がなく、コンサル気分で会社に関わってました。もちろん自分自身に受け入れる器がなかったというのも理由ですが、次の代でも繰り返さないために原因を構造的に考えてみます。

ちなみに、自分はKOBIRAの4代目と言ってるんですが先代が少人数で本体からスピンアウトして一代で大きくした会社なので先代は実質創業者のようなものです。ちなみに先代は、死ぬほど優秀でエネルギッシュで、自分も自画自賛ですが、客観的に見るとなかなか優秀な部類(のはず)。その二人が揃って、事業継承が上手くいかない典型パターンにとことんハマっちゃったなと思ってます。

10年前のKOBIRAでの事業継承のプロセスを具体的にいうと、
①肩書きだけは自分が社長になった、先代は会長
②社長になったが全ての決定には先代のチェック/承認が必要だった
③社員と先代は親分子分の関係で結ばれていて、皆、先代の方を見ていた
④ミッション、ビジョン、バリューなどの会社の群れの統治ルールは明文化しておらず、先代の言葉が全てだった(一応、「新しい老舗」というCIはあったがスタンスで指針は示しておらず定着もしなかった)
というパターンでした。

上記の状態で、「何話しても周りに理解してもらえん」と自分は経営のやる気を完全に喪失してしまって、10年が過ぎます(会社の金を使った農業事業にどハマりして経営はやってませんでした)。その後、noteで書いてるように2022年に会社のピンチを契機に自分が経営にようやく本気になり、先代の承認は取らない状態で、会社の変革を一気に起こしました

去年の9月にミッション、ビジョンを発表した全社集会の最後の挨拶で「自分が今初めて社長になれた気がする」と言ったのを思い出します。それから、やっと最近、社長就任から十年遅れて、うちの会社もようやくソースの継承のプロセスに入ってきたと思っています。

事業継承におけるソース継承のプロセスをどう起こすのか。

ソースの継承というのは肩書きの譲渡でも、株式の譲渡でもありません。誰を親分として認めるかという部下の承認ですらなく、もっと、ドロドロとした文化人類学的なプロセスだと感じています。

ソースの継承の中で何が大事なのか。今、自分が感じてるのは以下の点で、正直まだソース原理の本をまだ全部読めてないので(紹介しておいて、すいません)、的外れかもしれないんですが、今、手触りとして感じてることを書いてみます。全然、後で変わる可能性あるのですが、今この瞬間に感じてることになります。

1. 先代のソースから生まれた無意識化のカルチャー(深い価値観)と向き合うこと

これ、最近、驚いたんですが「先代が直接的に決めたことは変えてはいけない」というカルチャーが自分の中にも、会社のメンバーにもあることに気づきました。「ロジカルに考えたら絶対そうするべき判断」が無意識に「これは先代が決めた事だからと」制限されて、何故かできていなかった。これは、完全に無意識化にあって自分の行動を制限する、まさに組織の中にあるカルチャーと呼ばれるものだと思います。

2. カルチャー = 「内なる先代」を昇華させること

これは先日、組織伴走をしてもらっているmusuhiチームに上記のカルチャーの話をしていたんですが、社員100人いたら、100通りの「内なる先代」 = 「カルチャー」=「無意識に行動を制限しているもの」、があるよねという話になりました。そして、継承していくプロセスの中では、そのカルチャー(内なる先代)を社員全てが認識し、次の段階に昇華すること(自分の中で受け入れて、新しいバージョンに進化させる事)が必要だよね、思ってます。

3. MVVを通じた「自分ごとから始まる組織」に進化させること

MVVがない、または定着していないというのは、事業継承において危険です。MVVが社長の言葉の上位にあるというのが重要だと思っていて、社長の言葉にカルチャーが縛られるのではなくて、目指すべきカルチャーの定義が存在することが大事だと思います。そうでないと、皆が社長の言葉を待つようになり、誰も自主的に動けない組織になる。自分の場合はMVVが無かったのは大きなマイナスだったと思います。

4. ソースの継承は「先代の存在を忘れた仕事」の先にあった

今回のソースの継承(まだ途中だと思いますが)は、突然発生しまして、2週間前の取締役会で自分が「先代の介入はもう不要だ、いつまでやるのか」と言い始めた所から始まりました。3時間くらい実質二人で議論して、先代の番頭さん的な役員の方に「今日が真の事業継承でしたね」と終わった後に言われたのは覚えてます。正直、内容はあんま覚えてないんですが、感覚として、この日にソースが引き継がれた感覚がありました。(そしてその後1週間寝込んだ)。

ソースの継承につながる良い仕事というのは、先代の模倣でなく、殻を破った先にあると思ってます。うちの場合は、カルチャーの影響で皆が無意識の縛りの中にあったのですが、会社のピンチから殻を破り、その上でソースの継承が行われたというプロセスでした。このソース継承のプロセスはロジカルに説明ができるものはないのですが、自分自身の記録として残しておこうと思います。


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