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【心に響く漢詩】高駢「山亭夏日」~楼台の倒影、滿架の薔薇、風雅な山荘のひととき

    山亭夏日   山亭(さんてい)夏日(かじつ)
                          唐・高駢                                     
   緑樹陰濃夏日長
   樓臺倒影入池塘
   水精簾動微風起
   滿架薔薇一院香

 緑樹(りょくじゅ) 陰(かげ)濃(こま)やかにして 夏日(かじつ)長(なが)し
 楼台(ろうだい) 影(かげ)を倒(さかしま)にして 池塘(ちとう)に入(い)る
 水精(すいしょう)の簾(れん)動(うご)きて 微風(びふう)起(お)こり
 滿架(まんか)の薔薇(しょうび) 一院(いちいん)香(かんば)し

 高駢(こうべん)は、晩唐の人です。代々軍人の家柄で、節度使(行政・軍事を司る地方長官)を歴任しました。唐末、黄巣(こうそう)の乱で、賊軍を討って功を立てましたが、のちに部下に殺害されました。

 「山亭夏日」は、夏の山荘でのひとときを歌った七言絶句です。風雅な趣のある秀作として知られています。

緑樹(りょくじゅ) 陰(かげ)濃(こま)やかにして 夏日(かじつ)長(なが)し
楼台(ろうだい) 影(かげ)を倒(さかしま)にして 池塘(ちとう)に入(い)る

――緑の木々が濃い陰を作り、夏の日は延々と長い。高殿は、影をさかさまにして池に姿を映している。

 日差しの強い夏の午後の情景です。色濃い木陰は、それほど太陽光がまばゆいことを表しています。鏡のような水面には、高殿の倒影が映し出されています。
 いかにも夏らしい輪郭のくっきりとした明るい景色が描かれています。

水精(すいしょう)の簾(れん)動(うご)きて 微風(びふう)起(お)こり
滿架(まんか)の薔薇(しょうび) 一院(いちいん)香(かんば)し

――水晶のすだれが揺れ動くかのように水面にさざ波が立ち、そよ風が通ったのに気づく。その風に乗って、棚いっぱいに咲いている赤い薔薇の香りが山荘中に漂った。

 「水精簾」は、水晶の玉に糸を通して敷き並べたすだれです。「水精」は美辞ですので、必ずしも水晶製とは限りません。実際には、瑠璃(有色半透明の玉石)を用いたものが多かったようです。
 この詩では、「水精簾」は、さざ波が立って微動しながらきらめく池の水面を美的に喩えたものです。詩人は、水面に浮かぶ楼台の倒影がさざ波で揺れ動くのを見て、風が吹いてきたことに気づくのです。
  「院」は、塀に囲まれた建物や中庭をいいます。そよ風が運んでくる薔薇の香りが、真夏の山荘を風雅な別天地に仕立てています。

 前半二句では、夏の風情を視覚で捉え、じっと動きのない絵画的な描写がされています。そして、後半二句では、一転して動きが生じ、そよ風が流れて芳香が広がり、清涼感と爽快感が醸し出されます。とても手の込んでいる洒落た作品です。 

 中唐以降の詩には、夏の風物を歌った詩が多く残っています。詩人たちは、いかにして暑苦しい季節を心地よく涼しく演出しようかと、さまざまな趣向を凝らしているのです。 

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