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【私訳】『水滸伝』の名場面「武松の虎退治」(前編)

『水滸伝』は、『三国志演義』『西遊記』『金瓶梅』と並んで「四大奇書」の一つとされる中国古典小説の名作です。

北宋末、腐敗した官僚政治の下、行き場を無くした豪傑や無頼の徒が梁山泊へ集結していく痛快な武勇伝とその悲劇的末路を描いた長編小説です。

108人の英雄豪傑が登場しますが、なかでもよく知られていて存在感のある好漢の一人が武松です。

武松(中国ドラマ『水滸伝』より)

武松は、あだ名は行者、酒好きの大男で、人食い虎を素手で退治したことで有名です。

その「武松打虎」のシーンを平易な現代日本語で訳してみました。
(日本語として不自然な直訳は避けて、原文の内容と違わない範囲で意訳をしました。原文を記事の末尾に載せてあります。)

武松は幾日か道をたどり、ようやく陽穀県の領内にやって来た。県城からはまだほど遠い。

時刻はお昼頃、歩き疲れて腹が減り喉が渇き、ふと行く手を見ると、一軒の酒屋がある。

店の前には看板の旗が掲げてあり、

 「三碗不過岡」(三杯飲んだら峠は越せぬ)

と五つの文字が書いてある。


武松は店の中に入って腰を下ろし、棍棒を立て掛けて叫んだ。

「おい、おやじ! 酒だ、早く酒を持って来い!」

店の主人が出て来て、碗三つと箸一組、料理一皿を武松の前に置き、碗一杯になみなみと酒をついだ。

武松は碗を手にして一気に飲み干し、声を張り上げた。

「ほお!こりゃよくきく酒だ。おやじ、何か腹の足しになる肴はないか?」

店主、「牛肉を煮たものならございますが」

武松、「よし、そいつを二、三斤切ってくれ」

店主は中へ入って、煮た牛肉を二斤切って大皿に盛り、武松の前に運んで来ると、その手で酒をもう一碗ついだ。

武松はそれをグイッと飲み干すと、

「うまい!」

と言って、もう一杯つがせた。

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武松がちょうど三碗飲み干すと、店主はもうそれっきり酒をつぎに来ない。

武松はテーブルをドンと叩いて叫んだ。

「おい、おやじ! なんで酒をつぎに来ない?」

店主、「お客さん、肉ならお出ししますが」

武松、「酒が欲しいんだ。肉ももう少し切ってくれ」

店主、「肉でしたら切ってまいりますが、酒はもういけません」

そう言われて、武松は店主に迫った。

「そんな馬鹿な! どうして酒を飲ませないんだ?」

店主、「お客さん、店先の旗にはっきり書いてございます。『三杯飲んだら峠は越せぬ』と」

武松、「三杯飲んだら峠は越せぬだと? どういうことだ?」

店主はわけを話して聞かせた。

「うちの酒は田舎酒ですが、老酒ラオチュウなみの旨味があるんです。どんなお客さんでも、うちの店で三碗飲んだらもう酔っ払って、この先の峠を越せなくなります。それで『三碗飲んだら峠を越せぬ』というわけです。ここを通る旅の御方らも、うちの店では三碗飲むだけで、それ以上はご注文なさいません」

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それを聞いた武松はケラケラ笑って、

「なるほど、そういうことか。おれは三碗飲んだぞ。なぜ酔わない?」

店主、「うちの酒は『透瓶香』(香りが瓶を突き抜ける)、またの名を『出門倒』(門を出たらぶっ倒れる)と言います。最初はこくがあって口当たりがいいんですが、しばらくすると誰でもバタンと倒れますんで」

武松、「馬鹿を言え! 金は払ってやるから、もう三碗飲ませろ!」

武松がまったく譲る気配がないので、店主は仕方なくさらに三碗ついだ。

武松、「うむ、こりゃいい酒だ! おやじ、飲んだ分だけ金はちゃんと払ってやるから、どんどんついでくれ!」

店主、「お客さん、むやみに飲んじゃいけません。この酒は本当に酔いつぶれますから。つぶれても治す薬はありませんよ」

武松、「なにをつべこべ言ってやがる。お前がしびれ薬を盛ったところで、おれは鼻でわかる!」

店主は言い負かされて、続けてまた三碗つぎ足した。

武松が「肉もあと二斤くれ」と言うので、店主はまた牛肉を二斤切り出し、さらに酒を三碗ついだ。

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武松は飲むほどにペースが上がって、グイグイと飲み続けた。

懐から小銭を取り出し、

「おやじ、いくらあるか見てくれ。酒と肉の勘定は足りてるか?」

店主、小銭を数えて、「十分に足りてます。お釣りも出ますよ」

武松、「釣りはいらん。さっさと酒をつげ!」

店主、「お客さん、これだけのお金ならまだ五、六碗分はありますが、とても飲み切れやしませんよ」

武松、「五、六碗分もあるなら、どんどんつげ!」

店主、「旦那みたいな大男が酔いつぶれたら、助け起こせませんよ」

武松、「お前に助けられるようじゃ、男がすたるわ!」

店主が酒をつぐのをためらっていると、武松は苛立って、

「ただ飲みしてるわけじゃない! おれ様を怒らせたら、お前のぼろ家なんぞ粉々にぶち壊して、こんなぼろ酒屋なんぞ店ごとひっくり返してやるぞ!」

店主は、「こいつ酔っ払ってるから怒らせると厄介だ」と思い、さらに六碗の酒をついだ。

武松は全部で十八碗の酒を飲み干し、棍棒をさっとつかんで立ち上がり、

「おれは酔ってなんぞおらん!」

と叫びながら店の外に出た。

そして、カラカラと笑いながら、

「三碗飲んだら峠を越せぬだと? 馬鹿言うな!」

と言って、棍棒を手にしてすたすたと歩き出した。

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店主があわてて駆け寄ってきて武松を呼び止めた。

「お客さん、どこへ行くおつもりで?」

武松は立ち止まって言った。

「何の用だ?  酒代は足りてるはずだ。なんで呼び止める?」

店主、「親切で言ってあげるんですよ。ともかく戻ってお役所の告示をごらんくだされ」

武松が「何の告示だ?」と尋ねると、店主は答えた。

「近頃、この先の景陽岡に虎が出るんですよ。目の吊り上がった白い額の大きな虎で、日が暮れると出て来て人を襲うんです。もう大の男二、三十人が命を落としてます。お上からこいつを退治するよう猟師たちに刻限付きのお達しが出ております。峠の登り口にはあちこち立て札があって、往来する者は仲間同士で隊を組んで、巳、午、未の三つの時刻の間に通るよう指示されています。あとの寅、卯、申、酉、戌、亥の六つの時刻は通行が禁じられています。ましてや一人旅の者は、連れが大勢できてから一緒に通るようにとのことです。今はちょうど未の刻が終わって申の刻にかかる時分だというのに、旦那は誰も誘わずに行こうとなさる。わざわざ命を落としに行くようなものです。わたしの所で一晩泊まって、明日ゆっくり二、三十人の連れができてから一緒に峠を越せばよろしいですよ」

それを聞いて、武松は笑って言った。

「おれは清河県の生まれだ。この景陽岡は少なくとも十回や二十回は通ったが、そんな虎が出る話なんぞ聞いたことがないぞ。でたらめを言って人を脅かすもんじゃない! たとえ虎が出ようが、おれは平気だ!」

店主、「わたしは親切で旦那を助けてあげようとしているんですよ。嘘だと思うなら、戻って告示をご覧なされ」

武松、「黙れ! 本当に虎がいたとしても、おれ様は怖くなんぞない!お前はおれを家に泊めて、夜中に金を巻き上げて命を奪おうって魂胆なんだろう。それで、虎だの何だの言って脅かすつもりなんじゃないのか?」

店主、「あきれましたな。わたしは善意で申し上げているのに、あべこべに悪人にされてしまうとは。信じないなら、どうぞご勝手に行きなされ」

店主はそう言って、首を横に振りながら店に戻って行った。

    

武松は棍棒を提げ、大股でズンズンと景陽岡に向かって進んだ。

四、五里ほど歩くと、峠の麓に大きな木があり、ふと見ると、樹皮が削られていて、幹が白く露出した部分に二行の文字が書かれている。

武松は少しは文字が読めたので、顔を上げて読むと、

「昨今景陽岡に大虎ありて人を害するにより行商の往来は巳、午、未の三刻の間に限り隊伍を組みて峠を越えるべし、自ら禍を招くことなかれ」

と書かれてる。

武松はそれを見て笑いながら、

「これは酒屋のおやじの企みだな。旅の客を脅かして奴の所に泊まらせようって魂胆か。こんなもんでおれを脅せるものか!」

と言い、棍棒を横に引きずりながら峠を登り始めた。

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時刻はすでに申の刻、赤い太陽が山の端に沈みかけていた。

武松は酒の勢いにまかせ、脇目も振らずどんどん峠を登って行った。

半里ほど進むと、荒れ果てた山神の廟が見えた。廟の前まで行くと、廟門に官印を押した告示が貼られている。

立ち止まって読むと、そこには、

「陽谷県告示:
景陽岡に新たに大虎現われ人命を脅かす。目下各村の里正及び猟師に刻限を付して捕獲を命ずるも未だ捕獲に至らず。行商等の往来は巳、午、未の三刻の間に隊を組みて峠を越えるべし。其の他の時刻及び単独での通行は禁ず。人命に関わるゆえ各自心得よ。
政和○○年○○月○○日」

と書かれている。

武松は告示を読んで、初めて本当に虎が出ることを知った。

引き返して酒屋に泊まろうかと思ったが、

「いや、戻ったら奴にあざ笑われて、男がすたる。戻るのはしゃくだ」

と思い直し、しばらく思案してから、

「くそったれ、恐れるものか! とにかく登ってみてからの話だ」

と覚悟を決めた。

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歩き続けるうちに、見る見る酒が回ってきた。

武松は笠を背に引っ掛け、棍棒を小脇に抱え、一歩一歩峠を登って行った。

振り向くと、日が沈みかけている。時はちょうど十月、日が短く夜が長く、暮れやすい時候だった。

武松、「虎なんぞいるものか! 臆病者が勝手に怖がって登らないだけだ」

そう独り言を言いながら進むうち、酔いが回ってきて、体中カッカッと熱くなってきた。

一方の手で棍棒を握り、もう一方の手で胸元を開け広げ、ふらふらとよろけながら歩き続けた。

雑木林を通り抜け、ふと見ると、つやつやとした大きな青石があった。

武松は、棍棒を傍らに立て掛け、身体を投げ出して一眠りしようとした。

と、その時、突如として一陣の狂風が巻き起こった。

その風が吹き過ぎた瞬間、雑木林の向こうからガサッと音がした。

ハッと振り向くと、目の吊り上がった白い額の大虎が跳びかかってきた。


さて、大虎に襲われた武松の運命や如何に、次回の投稿を乞うご期待!
      

【原文】

武松在路上行了幾日,來到陽穀限地面。此去離縣治還遠。當日晌午時分,走得肚中饑渴望見前面有一個酒店,挑著一面招旗在門前,上頭寫著五個字道:「三碗不過岡」。武松入到裡面坐下,把哨棒倚了,叫道:「主人家,快把酒來吃。」只見店主人把三隻碗,一雙箸,一碟熱菜,放在武松面前,滿滿篩一碗酒來。武松拿起碗一飲而盡,叫道:「這酒好生有氣力!主人家,有飽肚的,買些吃酒。」酒家道:「只有熟牛肉。」武松道:「好的切二三斤來吃酒。」店家去裏面切出二斤熟牛肉,做一大盤子,將來放在武松面前;隨即再篩一碗酒。武松吃了道:「好酒!」又篩下一碗。

恰好吃了三碗酒,再也不來篩。武松敲著桌子,叫道:「主人家,怎的不來篩酒?」酒家道:「客官,要肉便添來。」武松道:「我也要酒,也再切些肉來。」酒家道:「肉便切來添與客官吃,酒卻不添了。」武松道:「卻又作怪!」便問主人家道:「你如何不肯賣酒與我吃?」酒家道:「客官,你須見我門前招旗上面明明寫道:『三碗不過岡』。」武松道:「怎地喚作『三碗不過岡』?」酒家道:「俺家的酒雖是村酒,卻比老酒的滋味;但凡客人,來我店中吃了三碗的,便醉了,過不得前面的山岡去:因此喚作『三碗不過岡』。若是過往客人到此,只吃三碗,便不再問。」

武松笑道:「原來恁地;我卻吃了三碗,如何不醉?」酒家道:「我這酒,叫做『透瓶香』;又喚作『出門倒』:初入口時,醇濃好吃,少刻時便倒。」武松道:「休要胡說!沒地不還你錢!再篩三碗來我吃!」酒家見武松全然不動,又篩三碗。武松吃道:「端的好酒!主人家,我吃一碗還你一碗酒錢,只顧篩來。」酒家道:「客官,休只管要飲。這酒端的要醉倒人,沒藥醫!」武松道:「休得胡鳥說!便是你使蒙汗藥在裏面,我也有鼻子!」店家被他發話不過,一連又篩了三碗。武松道:「肉便再把二斤來吃。」酒家又切了二斤熟牛肉,再篩了三碗酒。

武松吃得口滑,只顧要吃;去身邊取出些碎銀子,叫道:「主人家,你且來看我銀子!還你酒肉錢夠麼?」酒家看了道:「有餘,還有些貼錢與你。」武松道:「不要你貼錢,只將酒來篩。」酒家道:「客官,你要吃酒時,還有五六碗酒哩!只怕你吃不得了。」武松道:「就有五六碗多時,你盡數篩將來。」酒家道:「你這條長漢儻或醉倒了時,怎扶得你住!」武松答道:「要你扶的,不算好漢!」酒家那裡肯將酒來篩。武松焦躁,道:「我又不白吃你的!休要飲老爺性發,通教你屋裡粉碎!把你這鳥店子倒翻轉來!」酒家道:「這廝醉了,休惹他。」再篩了六碗酒與武松吃了。前後共吃了十八碗,綽了哨棒,立起身來,道:「我卻又不曾醉!」走出門前來,笑道:「卻不說『三碗不過岡』!」手提哨棒便走。

酒家趕出來叫道:「客官,那裡去?」武松立住了,問道:「叫我做甚麼?我又不少你酒錢,喚我怎地?」酒家叫道:「我是好意;你且回來我家看抄白官司榜文。」武松道:「甚麼榜文?」酒家道:「如今前面景陽岡上有只吊睛白額大蟲,晚了出來傷人,壞了三二十條大漢性命。官司如今杖限獵戶擒捉發落。岡子路口都有榜文;可教往來客人結夥成隊,於巳午未三個時辰過岡;其餘寅卯申酉戌亥六個時辰不許過岡。更兼單身客人,務要等伴結夥而過。這早晚正是未末申初時分,我見你走都不問人,枉送了自家性命。不如就我此間歇了,等明日慢慢湊得三二十人,一齊好過岡子。」武松聽了,笑道:「我是清河縣人氏,這條景陽岡上少也走過了一二十遭,幾時見說有大蟲,你休說這般鳥話來嚇我!——便有大蟲,我也不怕!」酒家道:「我是好意救你,你不信時,進來看官司榜文。」武松道:「你鳥做聲!便真個有虎,老爺也不怕!你留我在家裡歇,莫不半夜三更,要謀我財,害我性命,卻把鳥大蟲唬嚇我?」酒家道:「你看麼!我是一片好心,反做惡意,倒落得你恁地!你不信我時,請尊便自行!」一面說,一面搖著頭,自進店裏去了。

這武松提了哨棒,大著步,自過景陽岡來。約行了四五里路,來到岡子下,見一大樹,刮去了皮,一片白,上寫兩行字。武松也頗識幾字,抬頭看時,上面寫道:「近因景陽岡大蟲傷人,但有過往客商可於巳午未三個時辰結夥成隊過岡,請勿自誤。」武松看了笑道:「這是酒家詭詐,驚嚇那等客人,便去那廝家裡歇宿。我卻怕甚麼鳥!」橫拖著哨棒,便上岡子來。

那時已有申牌時分,這輪紅日厭厭地相傍下山。武松乘著酒興,只管走上岡子來。走不到半里多路,見一個敗落的山神廟。行到廟前,見這廟門上貼著一張印信榜文。武松住了腳讀時,上面寫道:陽谷縣示:為景陽岡上新有一隻大蟲傷害人命,見今杖限各鄉里正並獵戶人等行捕未獲。如有過往客商人等,可於巳午未三個時辰結伴過岡;其餘時分,及單身客人,不許過岡,恐被傷害性命。各宜知悉。政和……年……月……日。武松讀了印信榜文,方知端的有虎;欲待轉身再回酒店裏來,尋思道:「我回去時須吃他恥笑不是好漢,難以轉去。」存想了一回,說道:「怕甚麼鳥!且只顧上去看怎地!」

武松正走,看看酒湧上來,便把氈笠兒掀在脊梁上,將哨棒綰在肋下,一步步上那岡子來;回頭看這日色時,漸漸地墜下去了。此時正是十月間天氣,日短夜長,容易得晚。武松自言自說道:「那得甚麼大蟲!人自怕了,不敢上山。」
武松走了一直,酒力發作,焦熱起來,一隻手提哨棒,一隻手把胸膛前袒開,踉踉蹌蹌,直奔過亂樹林來;見一塊光撻撻大青石,把那哨棒倚在一邊,放翻身體,卻待要睡,只見發起一陣狂風。那一陣風過了,只聽得亂樹背後撲地一聲響,跳出一只吊睛白額大蟲來。



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