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【中国語の豆知識】日中同形異義語~「中国人が驚く日本語」と「日本人が驚く中国語」

パート1

「日本語をちょっと習った周くんが来日してギョッとした」という作り話

1日目

福島の復興を見たい、と思い立った周くん、
上野駅から常磐線に乗った。
途中に、我孫子という駅があって、ギョッとした。
「え! これ駅名?」

【解説】
「我孫子」(あびこ)は、千葉県の地名。
中国語で「我孫子(我孙子)」と言えば、「オレの孫」という意味になる。
とんでもない罵語で、放送禁止用語だ。
相手を「自分より世代が下の人間」と呼ぶことで、相手を侮辱する。
長幼の序を重んじる中国人は、こう呼ばれると、ムカッと憤慨する。
「バカ」とか「おまえの母ちゃんデベソ」とかのレベルではない。

逆に、自分を「相手より世代が上の人間」と呼んで、相手を侮辱する言い方もある。
「老子」は、父親の俗称、「おやじ」という意味。
これを一人称で使うと、「オレ様」という尊大な言葉になる。
自分を一世代上に置いて、相手を見下す言い方だ。

「我孫子」も「老子」も、すごく下品な言葉だ。
間違っても使ってはいけない!

JR東日本我孫子駅

2日目

好奇心旺盛な周くん、
銭湯を体験してみようと思った。
いざ、中へ入ると、暖簾を見て頭を抱えた。
「男湯? 女湯? って何だ?」

【解説】
「湯」は、日本語では、お湯。
中国語で「湯(汤)」は、スープのことだ。
「男湯」は、中国語では、どう読んでも意味が通じない。
男が飲むスープでもなし、男を煮たスープでもなし、意味不明だ。

古くは、中国語でも「湯」は、熱した水のことを指した。
漢和辞典でも、第一義は「ゆ」(水を湧かしたもの)となっている。
時を経て、漢方の煎じ薬にも「湯」の字を使うようになり、さらに広く汁状の料理一般を「湯」と呼ぶようになった。
現代中国語では、「湯」は、専らスープを指す。

銭湯「初芝温泉」(大阪府堺市)
养生炖汤食谱

3日目

夜、周くんは、新宿の繁華街を歩き回った。
そろそろ夕飯にしよう、と横丁に入った。
すると、あちこちに雀荘の看板が立ち並んでいる。
「スズメの焼鳥? 」

【解説】
「麻雀」は、日本語では、マージャン。
中国語で「麻雀」と言うと、スズメのことだ。
「麻雀」の看板を見た中国人が、スズメ専門の焼鳥屋と勘違いした、という古典的な小咄だ。

中国では、スズメは食用だ。
「空を飛ぶものは飛行機以外、四つ足のものは机以外、何でも食べる」という中国人だから、スズメはもちろん食べる。

日本でも、今は一般的ではなくなったが、昔は「小鳥の中で最も美味、焼いて喰うのが最高」と言われて、人気の食材の一つだった。

雀荘(新宿歌舞伎町)

ところで、近代史の上で、中国人とスズメは深い因縁がある。
1958年、毛沢東が「四害駆除運動」と銘打って、ネズミ・ハエ・蚊・スズメの撲滅大作戦を発動した。
全国の人民が、鍋やらバケツやら洗面器やら、音の鳴る物を一斉に叩いて、スズメが空を飛び続けて疲れて落ちるのを待った、というウソのような本当の話がある。
スズメの駆除には成功したが、害虫のイナゴを食べる鳥がいなくなったので大飢饉になり、1000万単位の人間が餓死したという。

「四害駆除運動」のポスター

パート2

「中国語をちょっと習った美子さんが訪中してギョッとした」という作り話

1日目

日本で知り合った張さんが、食事に招いてくれた。
張さん宅に着くと、若いご婦人が出迎えた。
「美子,这是我老婆。」
と紹介されて、美子さんは困惑した。
「老婆? この方、張さんのお婆さま?」

【解説】
「老婆」は、日本語では、年老いた女性。
中国語で「老婆」は、妻。くだけた言い方なので、「女房」「かみさん」というくらいの語気だ。
これに対して、夫は「老公」という。「旦那」「亭主」という感じだ。

「老公」「老婆」は、もともとは香港の広東語で、夫婦がお互いを呼び合う言葉だった。それが、香港文化の流入に伴って、中国大陸でも使われるようになった。

「老」は、敬意や親しみを込めて人を呼ぶときに用いる語だ。
必ずしも年を取っている人を言うわけではない。
20代でも、学校の先生は「老師」だ。

中島みゆきは、80年代の香港音楽界に絶大な影響を与えた。
100曲余りの歌が、広東語バージョンで歌われている。
今でも、中国大陸を含めた中華文化圏でコアなファンがいる。
SNSのファンサイトでは、中島みゆきは「老太婆」と呼ばれている。
御年71歳ではあるが、「お婆さん」という意味ではない。
女性の大御所歌手に対する敬意を込めた愛称だ。

太陽堂「老婆餅」
[英]罗布·肯普著、吴凡訳『跟老婆一起怀孕』(女房と一緒に妊娠しよう)

2日目

とびきり社交的な美子さん、
蘇州へ向かう車中、乗り合わせたカップルと意気投合。
自慢の彼氏の写真を見せた。
すると、カップルが声を揃えた。
「好酷喔!」
そう言われて、美子さんはショック!
「え~、彼そんなに醜いかしら?」

【解説】
「酷」は、日本語では、「むごい、ひどい、厳しい」というマイナスの意味で用いる。
中国語で「酷」(発音は、kù)は、つい最近使われるようになった俗語で、英語の cool からの外来語だ。
「クールだ、かっこいい、イケてる」というように、褒め言葉として使う。

「好酷喔!」は、「すごくクールだね!」という意味。
美子さんの彼氏は、「かっこいい!」と褒められたわけだ。

中国語漢字ソックス「老子最酷」(GUGU)
尾崎一郎編著『又酷又逗趣的口语日语(クールで面白い日本語会話)』

3日目

いつも元気な美子さん、
早朝の公園で太極拳を体験した。
今度は、居合わせたおばさんたちと意気投合。
妹の花子の写真を見せた。
「她叫花子。」
と言うと、おばさんたち顔を見合わせて沈黙した。
「あら、急にどうしたのかしら?」

【解説】
「花子」は、日本では、女性の名前。
中国語で「花子」は、「乞食」の俗称だ。
通常は、「叫」を頭に付けて、「叫花子」の3文字で使う。

「叫花子」の語は、仏教に由来する。
仏教で、施し物を乞うことを俗に「教化」と言った。
これが転じて「叫化子」となり、「叫花子」とも言われるようになった。
(「教」と「叫」、「化」と「花」は、同音。)

さて、美子さんは、妹の花子さんの写真を見せて、
「她叫花子。」(彼女は花子といいます)
と紹介した。
ここでは、「叫」は、ファーストネームで名前をいう時の動詞だ。
ところが、おばさんたちは「叫花子」で名詞と取ってしまい、
「まあ、お気の毒に」
と沈黙した、というわけだ。

ちなみに、中国には乞食の文化がある。
中国の武侠小説に登場する乞食は、特殊な存在だ。
彼らは「丐幇 gàibāng」という一種のギルドのような互助組織を形成する。 乞食のようで乞食ではなく、武術を身につけた義俠の士として、天下に跋扈する。

しかし、中国の現実社会における乞食は、そんな勇ましい存在ではない。
乞食はまさに乞食であり、子供を誘拐して物乞いをさせるケースもある。
哀れみを誘うために、故意に子供の手足を切断することさえある。

『倚天屠龍記』
「叫花子」
黎明著『乞丐不會嫉妒百萬富翁,但他們會嫉妒比自己混得好的叫花子』(乞食は大金持ちを妬まず、自分よりいい暮らしの乞食を妬む)


日中同形異義語の例は、山ほどある。
以下のものは、誤用するとヤバイことになりかねない。

「愛人」は、配偶者。夫、妻。
「娘」は、お母さん。
「女装」は、女性用アパレル。
「可憐」は、可哀想。
「邪魔」は、妖怪変化。
「神経病」は、頭がおかしい。イカれてる。
「怪我」は、私を責めてくれ。私が悪かった。
「油断一秒、怪我一生」は、油を一秒切らしたら、私を一生責めてくれ。


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