文系の論文の書き方 ルール編

「先生、できました!」

 私はようやく書き上がった渾身の論文を先生に提出した。昨日の夜、徹夜で書き上げた力作だ。先生はようやくできたかと言わんばかりに、私の手から論文を受け取った。

「よし、じゃあ、あとは確認しておく。ん、そうだな、放課後にまた来い」

「わかりました!」

 先生のいつになく柔らかい声がなんとなく嬉しい。私の気分は徹夜明けで高揚していたこともあり、有頂天だった。この時までは。

「失礼します!」

 放課後、再び先生の研究室を訪れた私を迎えたのは、いつも以上に冷たい先生の視線だった。それはまるで絶対零度。宿題を忘れた生徒を叱っている時でさえ見たことがない。その鋭い視線に射すくめられて、私は思わず蛇に睨まれた蛙のように動きを止めた。

「来たか」

 先生の声はいつも通りのように見えて、普段よりも温度が込められていない。底冷えするような声だ。出来の良さに褒められるかもしれないと呑気に妄想して高揚していた私のテンションは一気に萎んでいった。むしろ、恐ろしくて、今すぐこの場から逃げ出したい。

「座れ」

 先生の言葉に私は従うしかない。私は研究室のテーブルに恐る恐る腰かけた。向かい側に先生が座る。彼が腰かけた時のギシッという音にすら、びくっとしてしまう。

「お前の論文を訂正した。見ろ」

 先生がテーブルの上に論文を広げる。紛れもなく私の書き上げた論文だった。しかし、それはもう、真っ赤に染められている。

 そこかしこに先生の赤ボールペンによる訂正が入っていた。それはもう、訂正がないところを数えた方が早いくらい。自信作だったのもあって、私はショックで思わず呆然としてしまった。

「どうやら、お前には論文の基礎中の基礎から教えなければならなかったらしい」

 今日も先生のレッスンが始まる。本気で帰りたいと思ったのは、先生からマンツーマンの授業を受けた今まででも初めてのことだった。

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