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小説『エミリーキャット』第41章・pie in the sky

サンディエゴ新聞のごく小さな見出し記事ではあったが、あのいかにもフェイク・ブロンドのバターいろの髪をしたキンバリー・フラナガンがニューヨークではあり得ない高評価の記事を書いてくれたことを喜んだブライアンから青年に電話があったのは、個展の翌日の昼下がりのことだった。
ブライアンは初日と最終日にだけ、見に来る約束で、あとは現地のクルーに一任し、サンタモニカへと帰っていった後だった。
『なんで僕が知らないサンディエゴでの評価を君がもう知ってるんだよ?』
とアパートメントのベッドから受話器を耳に当てたまま、青年はだるそうな声を出した。
『レディ・キムが君に電話をしても全然出ないっていうから俺に代わりに電話をしてくれたんだよ、
彼女とても親切な女性だな、
ジョシュに電話をしたら、君はまだ今日は来ていないと聴いたから、
気になって電話してみたんだが…
しかしなんでまだベッドに居るんだ?時差ボケがまだそんなに酷いのか?』
『そうなんだ、耳鼻咽喉科へ行こうかと思ってるくらい耳が痛くてね、熱もあって気分が悪いんだ』
『熱まであるのか??大丈夫か?』『だから個展会場へは昼下がりから行くよ、みんなには悪いんだが、
さっき電話でジョシュにもう伝えておいたからきっとみんな理解してくれていると思う』
『新聞、後で見ておけよ、
キムにはお礼しないとな』
『あの人さぁアイルランド系かなあ…』
『なんだって?』
『いや、苗字が…』
と言いかかって青年はやめた。
アンブローズは親友のブライアンにさえどうやら何も言っていないらしい、‘’アンブローズらしいや…''
と彼は思った。
電話を切ったあと、彼は二日酔いで痛む頭を冷やすために買って冷やしておいたレモネードを、冷蔵庫から取り出すと飲むよりまずこめかみに当てた。

昨日ブライアンは昼過ぎた辺りには既に機上の人となっていたので何も知らないだけで、青年は少女が消えた後、夕刻からオープニングの祝いの席でクルーのみんなとダウンタウンのバーで簡単なパーティーをしたものの
、青年はさほどアルコールに強くもない癖にしたたか痛飲を繰り返し、見かねて彼が杯を重ねるのを止めようとした、現場で一番若い大学生ボランティアのクレアに大声を出してしまったのだ。
『独りにしてくれないか??』
『ほっといてくれ!』
を何度も繰り返した揚げ句、
『なんで僕を独りにするんだ?
なんでだ?
なんで??』
と泣いて五月蝿く、執拗に
くだをまき、みんなから多いに引かれるという醜態をさらしまくったのだ。

『…個展…行きたくない…』
彼はレモネードの冷たい瓶で頭も額も瞼も鼻先も唇も、顔中の上を転がして冷やしながら、誰も見ていないのをいいことにべそをかいた。
アンブローズに電話をしたいと彼は思ったが、最愛の兄に余計な心配はかけたくない、
それと同時にどうせ叱られるという思いもあった。
日本娘に失恋した痛手が強過ぎて、個展へ行くのを遅刻中だなんて知ったら兄は一体なんと言うだろう?
少しは質問するかもしれないが、後はただ重々しい沈黙が続くだけな気がする、と青年は思った。
もし何か言ったとしても、
『もう失恋したんだろう?
失恋は終わったものなんだから仕方がない、個展はまだまだこれから続くものなんだから今は自分のことだけ考えて、遅れてもいいから個展へ行きなさい、
クルーのメンバーにも、特にクレアには紳士らしくきちんと謝罪することだな、
これからお世話になる人達なんだぞ?子供っぽい真似をして恥をかくのはお前自身なんだから今後、気をつけるように、』
聴かなくても兄がそう言うであろうことは目に見えるようだと青年は思った。

いつの頃からだろう?
兄が兄ではなくなったのは…

今ではロンドンの父以上に兄は父だ。ダッドでも無論ダディやパパではない、アンブローズは二十歳にならずしていつの間にかファーザーとなっていた。

彼は今でもアンブローズが大好きだ。本当は昔の兄弟に戻りたいと青年はよく思ったが、それには自分があまりにも頼り無さ過ぎるのだ、
という思いと劣等感が奥深過ぎて抜けない棘のようにいつも彼の中に在った。

彼女はまだサンディエゴに居るのだろうか?
観光だと言っていたから今頃バスに乗ってLAのビバリーヒルズにでも行っているのかもしれない、
あるいはもう帰国の途についたやもしれぬ…。
彼女から薫ったあの甘くて苦い、
熱冷ましのシロップと似た匂いをふと思い出して、彼は今それを少女から昔、ごくたまに風邪を引いた時、母親に飲ませてもらったように大きなスプーンですりきれ一杯飲ませられたいと願った。

妹のエミリーが高熱を出すと、そんなものは妹の病いには気休めにもならないことを充分知悉していながら母は、エミリーがその子供向けの独特の甘味を喜ぶ為に、可愛そうな娘への慰謝として与えていたのだ。
青年は心秘かに母が柳を模したアールヌーボーのスタンドのように花車(きゃしゃ)な腕と、小さな蝋細工のような手から、純銀のスプーンであの透明なクレムゾンの液体を、娘の小さな唇へと運ぶ優美さに憧れていた。
しかし健康な彼が母親に妹の大切なシロップ薬をせがむわけにもゆかない、

青年は時々こっそりと、熱も無いのに純銀のスプーンで熱冷ましのシロップ薬を盗み飲んでいた。
飲むだけでなく、時として敢えて飲まずに口に含み、その毒々しく濃厚な人工甘味料の業とらしい甘さと、それに隠れて感じる仄かな苦味や
えぐ味を舌の奥に感じながらその味わいを恍惚として口の中で転がし、
うっとりと愉悦の時を過ごしたりもしたものだった。
エミリーが母親から嬉しそうに、
幸せそうに、シロップ薬をベッドで飲まされる姿に彼は時折、薄く嫉妬したがエミリーに嫉妬しているのか、母に嫉妬しているのか解らなくなることがあった。
一旦口に含んでその単純でありながら、長く口腔に含んでいると複雑で奥行きの深い味へと変容するシロップ薬を、彼は瓶のくちに唇をつけてテイスティング後のワインのようにそっと中へと吐き戻した。
もともとどろりとしたシロップ薬である。優美だが少しぼんやりしたとこのある母は『おかしいわねえ…
お薬なんだかいつもよりどろっとしているみたいだけど…
気のせいかしら?』
と訝しみながらも薬液の期限が大丈夫であることを確かめると母はもう安堵した。

だが当のエミリーは『お薬なんだか生臭ぁい、これいやぁ』などとぐずり、
それを見て青年は吹き出しそうになるのをこらえるのが精一杯だった。ある時、エミリーがベッドから廊下を横切る青年に声をかけてきた。『あの薔薇のお薬に唾…
入れてるでしょう?
私、知っているのよ』
エミリーはニコニコとして言った。

妹はシロップ薬が子供向けのもので子供が喜んで飲むように美しい透明のダークピンクに色づけされているので、それは薔薇の花から造られた薬なのだと固く信じ込んでいた。
『なんのこと?
僕はそんな不潔な真似はしないよ』と彼は咄嗟にしらばっくれた。
しかし
その心臓は今にも波打つ薄いその胸から、脂ぎった焼き立ての熱い肉が皿から零れ落ちるように、つるりと妹の前に飛び出してしまうのではないかと幼い彼はひやひやした。
『不潔…』
妹はその言葉に今さら現実を思い知り、慄然(りつぜん)とした顔をしたかと思うと急に顔を歪めて赤ん坊のように泣き出した。
そして青年の名を何度も呼び、
『私に不潔なものを飲ませたの?』エミリーがあまりにも号泣するので彼は胸が痛み、罪悪感と自己嫌悪に耐えきれずエミリーの傍へ駆け寄ると、その膝に顔を埋めて泣きながら謝った。
『今度の日曜、ミサの告解でこのこと神父さまに言うよ、
神さまに誓ってもうあんなことしない、だからエミリー、僕を赦して』しゃくりあげながらエミリーが兄の頭を撫でながら言った言葉が彼は何年経っても忘れることが出来ない、『いいのよ、私、汚い涎(よだれ)の入ったお薬を無くなるまで飲んであげる、だって私にそうしてもらいたかったんでしょう?
きっと淋しかったのよね、
私だけがママを独り占めしてしまっているもの、ごめんなさいね』
青年は泣き腫らした目で驚いて顔を上げたが、そこにあるのはとうに泣きやんだ妹の典雅な笑顔だった。
妹は高貴な微笑みを浮かべたまま赦しを請う兄の薄茶いろの髪を撫でるとこう言った。
『私、平気よ、ママにも誰にも言わないでおいてあげる、
告解で神父さまに懺悔しても、他の人にはもう言っちゃ駄目よ、
だってこれは私と神様と…』
そして青年の名を呼び『三人の秘密なんだから』と言った。

そしてこうも言いつのった。
『あの涎が一杯入った汚ないお薬を私は毎晩美味しそうに飲むことを約束するから、私が大人になったらお願いよ、私をお嫁さんにしてね』
青年は碧い瞳をこれ以上無いほどに見開いたが真っ先に彼の口をついて出た言葉はこうだった。
『いいよ、でも結婚の約束したら、このことはママには言わないでいてくれる?』
『言わないわ、もちろんパパにも誰にもよ、』
エミリーが嬉しそうに頬を染めて微笑んだ顔を今、目の前で見ているような臨場感に彼ははっとしてキッチンのテーブルに顔を臥せたまま、夢から覚めた。

無論忘れたわけではなかったが、自分の中では薄く遠ざかっていた甘い疼痛にも似た余りにも哀れな記憶に彼はこれ以上独りでアパートメントに籠っていると悲しみで余計に気が塞ぎ込んでしまい、おかしくなってしまいそうな気がして急いで昨夜、カウチの上へ脱ぎ捨てたままのしわくちゃの服に着替えると彼は顔も洗わずにアパートメントのドアを開けた。


あの幼き日のふたりの約束は、エミリーは真剣だったものの、なんて絵空事だったんだろう、と彼は思った。

リアルには決してならない夢見がち同志の固い約束、
それは絵に描いた餅でありながら、この上ない正直さで交わされた幼い命と命とが交わした真摯な契約だったのだ。
絵空事だろうが、ファンタジーだろうが、夢物語であろうが、さながらフェアリー・テイルであろうが、
命懸けで己を削りながら、自分の死期を早めるやもしれぬ覚悟を決めた者が人生を賭してでも信じ続け、
追い求めるほどのものならば、
もしかしたらそれらはいつの間にか絵空事ではなくなったかもしれなかったのだ。
それだけの心血を注ぐことを厭わず求め続けたなら、空に浮かんだ一切れのパイだってもしかしたら食べることが出来るかもしれない、

本当は奇跡はいつでもどこでも誰だって起こすことが出来るのだ。
仮に社会的な立場が低かったとしても歳をとっていたとしても重い障害や病いを抱えていたとしても、
牢獄の中に居たとしても、
肌の色や人種が違っていたとしてもそんなことは理由にはならない、
確かにそれは壮健で恵まれた環境の人達に比べると天を突くようなハードルであることは間違いない、
そもそも他の人々とはスタート地点が違うというハンディすらあるのだから…。
だからと言ってその巨大な壁のようなハードルを決して越えられないという根拠は何ひとつ無いのだ。
そして越えられない、越えられるわけがない、と言っているのは周りの何もしていない人間で、人生を賭すほどの思いをしている本人ではない。
このことはとても大切なことだ、
と彼は思った。
つまらない嫉妬や意地悪な支配欲から友達や知り人の足を引っ張ったり、その芽を意図的に踏みにじったり摘むような真似をするような人間には、空をいくら見上げてもそこにパイを見つけることすら出来ないだろう。
でもエミリーはもう少しでパイを食べることが出来たはずだったのだ。
あんなに若くして亡くなったりさえしなければ…。
…と青年は胸に痛く思った。

君の夢は叶ったかもしれないのに…。

青年は、
このどうしようもなく気狂いじみた頭痛をまず一番にどうにかしないとならない問題だと思った。
嘔吐はとうに治まったものの、
いくらミネラルウォーターを飲んでも頭だけはまるで割れるように痛い、
廃屋となったビルを壊すあの鉄の巨大な玉でぶっ叩かれているみたいだ、と彼は思った。
ガーネット・ストリートのファーマシーへ行くと決めた時、何故だか青年にはこれから起きるハプニングが解った。
それは意識的にはっきりと、まるで文字に書いたように克明に解るというのとは違い、何か不思議な多幸感が一瞬、彼を包んだだけだった。
それなのに彼は何故だか意味も解らず高揚していた。
割れそうな頭痛に悩まされながら彼はファーマシーまでふらふらと歩いた。インシュアランスもアパートメントにうっかり忘れて来てしまい、医者の処方箋も無しに外国人に鎮痛剤といえども今なら渋い顔をするであろうファーマシーの薬剤師も、この時はまだそういったことが弛い時代でもあった。
彼はアスピリンを水無しに口の中で口臭消しのパッドのように噛みながら、バス停に向かって歩いた。
まだものが軽く二重に見える、
今日の運転はお預けだなと彼は思った。
バスに乗り、彼はだるそうに窓外の流れる風景に目をやって驚愕した。
隣でアメリカンバイクを走らせている若い男の後ろにあのミヨコが乗っているのだ。
始めて見た時と同じあのガーネットいろのミニ丈のワンピースを着て今日は白いハイソックスを履いているとこだけがあの日と違う。
彼女は別にこんなの面白くもない、といった風な冷めた様子でヘルメットを被ったまま後ろに乗せてもらっているというのにとても不機嫌で偉そうな態度だ。
青年は思わずその様子に吹き出した。そして窓を開け、風に抗いながら彼女に叫ぶように声をかけた。
『ミヨコ!僕だよ、おぼえてる?』ミヨコは青年に気づくと霧が晴れたように澄みきった笑顔を見せて同じく叫ぶようにこう言った。
『私、これからコロナドへ行くの、貴方も来ない?』

『なんだって?』
『コロナドよコロナド』
『コロラドへ行くの??』
『違うわよ、
バイクに乗ってサンディエゴからコロラド州へなんか行ったら一体何ヵ月かかると思ってるの?
もしかしたら辿り着けないかもしれないじゃない、車じゃないのよ』
するとライダーが言った。
『おい、そんなに馬鹿にしたもんじゃないぞ、俺のバイクはそりゃあハーレーじゃないがコロラドだってどこへだって行ってやらぁ』
ミヨコはその言葉を度外視して青年に言った。
その声は昨日よりずっと晴れやかで何か突き抜けたような感じがあった。
『コロナド・アイランドへ行ってみようってジャックと言ってたんだけど、私貴方と行きたいわ、
だって私もう明日、日本へ帰ってしまうの、だから…』

その後の声がバイク音で聞こえなくなった、
『何?ミヨコ!』
青年がバスから思わず身を乗り出すと、バスの窓ガラスの上側に添って伸びる停車音を鳴らす為の牽引コードを、彼はつい躰で圧して引っ張ってしまった。
‘’バイクはイヤだ、埃っぽいだなんだと文句ばかり言うお前みたいなチャイニーズは猫でも食ってろ''
と言い残すとジャックは脅しめいた轟音と砂煙を巻き立てながら立ち去っていった。

ミヨコは肩をすくめて言った。
『いやあね、
彼、私を誘った時は長い黒髪のツィッギーみたいだって誉めてくれた癖に、冗談じゃないわ、
私、猫を食べたりするような野蛮人じゃないわよ、

日本じゃ猫は幸運を招く神聖な生き物と昔からされてるし人間の大切な友達よ、
でも戦時中、私のお父さんはアカ犬って種類の犬を食べたんですって、
だから日本人も野蛮人の素質はあるってことよね?
人間はみんな本当は野蛮なのかもしれないわね、私、日本を出たらきっともっと違う世界や人間が見られると思っていたの、でもそんなこと無かった、イギリス人も日本人も善きにつけ悪しきにつけ、しょせん人間はみんなおんなじだったわ、』
そういって笑ったミヨコの笑顔を見て、青年は思った。
『ねぇ何故黙ってるの?
何か言ってよ、貴方の絵のほうが貴方自身よりきっと能弁なのね、
でもそんな貴方にはきっと薔薇色の未来が待っているんだわ、
私にはこれから暗い未来が待っているのに…でも仕方が無いわ、
私も悪かったんだから…』

ミヨコはそう言って一瞬泣き出しそうな顔をしたが気丈に一瞬で笑顔を立て直すと言った。
『貴方も私も本当は野蛮人なのよ、だから人間は戦争なんかするんだわ、この地の人達は広島と長崎に原爆を落としたことすら正義だと思ってる、
恥ずかしい真似をしたとはこれっぽっちも思ってもいないのよ、
本音を言えばね、
日本でなく白人の国であったならば果たして原爆まで落としたかしら?
日本だから躊躇しなかったのよ、』
ミヨコは何かを酷く怯えているのを隠していると青年は感じた。
だからこんなに興奮しているのだ。

ミヨコは一瞬唇を噛んだがすぐに零れる笑みを浮かべて見せた。
だがその笑顔は何故か青年には酷く痛々しく見えた。
『ねえ貴方にひとつだけ日本語を教えてあげるわ、ヤバンジンって言ってみて』
『…ヤ、ヤバン…ジン…?』
『ヤバンジンよ、ヤバンジン』
『ヤバンジン、ヤバンジン…
合ってる?』
『そうそう、上手いわ、
後、これも教えてあげる、
とても大切な言葉よ、
‘’ワレワレはヤバンジンだ''…
言ってみて』
『……』一瞬息を飲むようして、
青年は困ったようにありもしない何かを探すように視線を空に向けた。
その青年の顎をつかんで引き戻すとミヨコは真剣な口調でこう言った。
『ワレワレは…繰り返してみて?』
『ワレワレは…』
『ヤバンジンだ』
『ヤバンジンだ』
『ワレワレはヤバンジンだ』
『ワレワレは……ヤバンジンだ!』
『そうよ、素晴らしい!
エクセレント!』
『本当??』
『ええ発音は変だけど、でもAプラスよ』
『でも一体どういう意味?』
『自分で調べなさいよ、
私は教えて上げない、
でも意味の深い言葉よ、
少なくとも真実だから…』
『…嬉しいな…こんなところで僕はそんな素晴らしい日本の言葉を、
君みたいな女の子から教えてもらえるだなんて夢にも思わなかったよ』
『貴方も素敵よ、ハンサムだし、
でもそれだけじゃないわ、
私と違って才能に溢れた、未来のある人…
貴方はきっと更に素晴らしい作品を描けるわ、
そしてそれらを後世に残すのよ』
ミヨコはそう言って悲痛な、と同時に愉しげな愛くるしく奇妙なピエロのように泣き笑いした。

その瞬間
『見つけた!』
と青年は思った。
青年は少女の涙でくしゃくしゃになった笑顔と、マスカラが溶けて真っ黒い涙を流しながら尚も可笑しそうに笑い続ける、まるで頭のネジが飛んだような彼女を見て心の中で耐えきれずにこう叫んだ。
『見つけた!
ああ、ようやく見つけた!
僕のミューズを、
芸術を栄えさせる美神を、
僕はイギリスからアメリカへ来て、このイギリスからアメリカへ来た日本人女性に出逢い、そして恋に堕ちた…
この気持ちはもう流れる溶岩のように誰にも止められやしない、
たとえアンブローズにも…。
…たとえ…
僕の心の中で今も生き続けているエミリーでさえも…。

To be continued…
    
   


    
    

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