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小説『エミリーキャット』第31章 Beautiful World

『うちは…ホテルや結婚式場や、
沢山の花が必要な固定のお客様がいて、そこへ花を車で定期的に大量に運ぶの、
うちはだから、普通の生花店ではないのよ』
ふたりは庭を歩き、やがて前庭の広々とした表玄関周辺へと近づいた。
『ここが我が家の玄関よ、
彩はいつも森の中から何故だか迷子の小鹿のようにやってくるけれど、それだと大変でしょう?

花屋の店先に面した硝子のドアーを開けて入らなくても、あの門から入って…彩が来る時は門の施錠を解いておくから…。
正面玄関の呼び鈴を普通に押せばいいのよ、

夜なら私はいつでもここに居るわ、
そしていつでも貴女を待っている、こんなつまらない、とうが経ってて、無力で無価値で誰からも相手にされないハイ・ミスが時代遅れのハイ・ティーを飲みながらね、』
どこか自虐的な言葉を吐く時、何故だか追い詰められたようなエミリーの瞳はたとえやや色のかかったスモークレンズの眼鏡の奥でもそうと解るほど悲しげで酷く艶冶で美しい。
『お願いよエミリーそんなこと言わないで、
また帰ってきて一緒に夜のお茶を飲みましょう、
共に食卓を囲んで共に眠って…
今度は一緒にキッチンでお料理しましょうよ、
きっとふたりでなら楽しいわ』

『彩、約束よ、本当はもう貴女をこのまま帰したくないくらいなの、
でも…仕方無いわ』とエミリーは微かに唇を噛んだ。
『だけどお願い、すぐにまた来て欲しいの、もう私には彩しか居ない…』
彩はエミリーを何故だか遠くに居る弱々しい子供を見ているような不思議さを感じながらももう一度抱きしめた。
抱きしめながら彩は思った。
''どうしてだろう?
エミリーは普段は私よりずっとお姉さんのような感じがするのに、
とてもしっかりしてて時に翻弄されるほど強くて不思議な魅力があるのに、時々急に雨に濡れて独りぽっちで泣いている小さな頼りない女の子のように見えてしまう…。
こんな不思議な人に私は逢ったことがない…"
『必ず帰ってくるわ、約束するわ、エミリーを悲しませたくないの、
貴女の喜ぶ顔が見たいもの、』
爪先立ってエミリーを抱きしめた彩は、それに応えるように固く抱きすくめられ、エミリーが芯から怯えていることがひしひしとまるで波紋のように彩の中へと伝わってきた。
そのエミリーの怯えを知りながらも彩はエミリーの愛撫にずっと包みこまれていたいと感じた。
彩はエミリーの腕の中で瞳を閉じて思った。
『不思議ね、エミリー、貴女はもう私の世界、』

ふたりは手を繋いで館の正面玄関周辺へと降りてきた。
彩は自分は今までどうしたことか森からまるで野生動物のように入り込み、泥棒のような館への侵入をしていたのだと今更ながら気づいて酷く驚愕した。

‘’ウソみたい私ったら”と心の中で囁いたのち玄関へ向かう前庭のスロープに向かい、いつの間にかロイがまるで犬のように鳴きながら駆けてゆくのを彩は見た。
まるで何かを彩に見せ示そうとしているかのようだと彩は感じた。
ロイが鳴きながら顔を上げたその視線の先にある背の高い門扉の上には門と同じ金属で出来たアーチがありそこには透かし彫りで何か英語の文字が描いてあるのが見えた。
門扉の両側に蒼い光を灯すまるで古式床しい水銀灯を思わせる門灯が聳え立ち、その文字の裏を照らしていた。
『あれ…なんて書いてあるの?
ここからだと逆さまで読めないわ』『ビューティフルワールド、』
とエミリーは渇いた声で答えた。
『ビューティフルワールド?』
『ここの花屋の屋号よ、
ここはビューティフル・ワールドなの、
フラワーショップ・ザ・ビューティフル・ワールド』
と言ってエミリーはおどけたように眉を上げ、軽く肩をすくめて見せた。

『そうなの?素敵ねぇ!
本当にまさにそうだわ、
ここはビューティフルワールドそのものだもの!』
『父がつけた名前なのよ、
私の母の名前から取ってそうつけたの』
『お母様の名前?』
『ええ、母の名前は‘’美世子”っていうの、美しい世界の子供と書いて…美世子、』
『美世子さん、素敵だわ、
いい名前ね、ねぇエミリーって名前はお母様がつけたの?美世子さんも綺麗な名前だと思うけれどエミリーはもっと美しい名前だと思うわ、
響きが良くて本当に美しくて気高いエミリーにぴったりよ、』

『……』
エミリーは黙って門の傍へ行くと門扉からその閂を抜き、まるでしばらく念じるか祈るかするかのような沈黙があり、その後、再び棒状の閂を金属の触れあう軋むような独特の音を立てて鎹(かすがい)の孔へすべらせて通すとその上に掛けた鎖から垂れ下がる南京錠に鍵をかけた。
『…とても厳重にしてるのね』
と彩は言った。
こんな居丈高な門扉の上から更に錠をおろす気持ちは、しかしながら彩には解るような気がした。
何故かは解らぬがエミリーは現在は独り暮らしなのかもしれない。
何か事情はあるのであろうが彼女はあの巨きな館に猫数頭とは暮らしているものの人間は独りで暮らしているとしたならば少しでも警備を厳重にしたいと思うのは自然なことである。
エミリーは普段明るくしてはいても本当は独りでいろんなことを困ったり、辛い想いを重ねてきているのかもしれない。

しかしそれをあらゆるところや人々に言っても軽んじられたり対処してもらえずそのうち何も言わなくなり、心を閉ざすようになっていったのかもしれない。
彩は南京錠にかけた鍵をガウンのポケットにそっと仕舞う寂しげなエミリーの後ろ姿を見て自分にはきっと計り知れない苦労をもしかしたら彼女はしてきたのかもしれないと感じた。
洋館に棲むどこか貴族的な雰囲気さえ漂わせる美しく魅力的な女性というだけで世の中の人々はそんなことなどあり得ない、
まさか、と一笑に伏してしまうのかもしれない。
人は目に見えることだけに囚われやすい、だからこそ目には見えない部分で苦しむ人の孤独は信じてももらえないのかもしれない。
目には見えないからこそ理解がされにくく、余計に生きづらいのだとは誰からも想像だにされず取り合ってもらえなかった年数が長ければ長いほど、またそんな人々の冷酷な対応にエミリーはやがて何を言ってももう無駄なのだとあらゆる経験から痛感してしまい、
門を閉ざし錠をおろし、森の奥で猫達とだけ心を通わせるようになっていったのかもしれない。
しかしその森奥の沈黙は本当に沈黙なのか?SOSを発して発して、
それすらまともに相手にもされ続けなかった為に疲弊を重ねて何か言いたくとももう言えないまでに追い詰められてしまい、果てには沈黙となっていったのではないだろうか?
全ては彩の想像や憶測あるいは妄想かもしれなかったが何故だかふと彩にはそんな確信めいた気持ちが胸の内で騒いだ。
そんな女性が棲まうところが本当にビューティフル・ワールドなのだろうか?
彩は鷹柳教授の言葉をふと思い出さずにはいられなかった。
『マイノリティの人々にとっては常日頃から支配か懲罰か、その二者択一を迫られる。尊重や思いやりすら時には生存することそのものまでが引換え券のようになって相殺されてしまう扱いを受けねばならないとしたならば私達、普通の人間とはなんと嗜虐的な生き物なのだろう』

エミリーは彩の心も露知らずに苦しげに謝った。
『ごめんなさいね彩…私、貴女を信じたいのだけど信じ切れなくて…
信じて長い間待ち続けて何かいいことなどあったことが無かったの、
むしろその逆、
だからもう今は人を信じるのが…
怖いの、
でも私の風変わりとよく人から言われる言動が、彩に不安感を抱かせてしまったかもしれないわね、すまないと思っているわ』
『エミリー、私こそエミリーを不安にさせてしまったと思ってるわ、
ごめんなさいね、
でも必ず私はここへ帰ってくるわ、
お願いだからそれは信じて欲しいの、』
『…そうね…信じるわ…
だってそれしか私には出来ない、
それに私はここから出てゆけないもの…』
『……』彩はエミリーに思わず質問を矢継ぎ早に浴びせたくなる思いに耐えてこう言った。
彩は何故そんな言葉がこんな時に、自分の口から出たのか解らなかった。
だが言いながら彩はその言葉は紛れもなく真実なのだと感じていた。
『エミリー、貴女は独りぽっちで何かに悩んで苦しんでいる、
私、力になりたいの、
力にもしなれなかったとしても、共に悩みたいの、貴女独りで苦しませたりしたくないの、私ねエミリー、貴女が感じてくれている以上に貴女を愛しているわ、
その気持ちはきっと変わらない、
人はいつも移ろうわ、まるで季節のようにその手のひらをかえす、
でもたった一度の人生で移ろわないこともきっとひとつはあるのかもしれない、たったひとつくらいは…。
それはちょっとやそっとのことでは揺らぐことは無いわ、
たとえ…
貴女がもし…森に棲む妖(あや)かしの者だったとしても。』

ふたりは暖炉の前で蜂蜜入りの温かいレモネードを飲みながらお互いの少女時代について語り合った。
エミリーがイギリスではなく何故かアメリカで少女時代を過ごしたこともアメリカでイギリス人の継父とエミリーの母親が出逢って恋に落ちたことも…。
その後ふたりは結婚し、来日し定住することになったことも…
そして彩が施設で育ち、その施設は彩のようなもと私生児の孤児や、
私生児や、家庭はあれど、親に半ば見棄てられ、施設へ入れられている子供達やDVの嵐から子連れで逃げてきた女性達を匿(かくま)う一時避難のシェルターとが併設された場所であったことや、そこに居ても尚、妻や子を追って警備員などもおらずガードの非常に甘かった施設へしばしば乱入してくるその夫達が施設内で暴れたりなどは珍しいことではなかったことも彩は詳(つま)びらかに語った。
こんなことをつらつらと他人に話すのは、彩にとってはほとんど初めてに等しかった。
施設とは名ばかりのそこは、悲鳴や泣き声の中にありながらも所長達は留守がちであった為、シェルターとは名ばかりで女達はよく怪我をしていたしそんな環境の中で育ち、彩は安堵がしにくい大人に育った。

『彩…さっきタクシーを呼んだわ、きっともうすぐこの森の裏手通りに来ると思うの、
そろそろ行ったほうがいいと思うわ、洋服も乾いてる頃だと思うからそれを着たら一緒に行きましょう』
エミリーが持ってきた彩の服もジャケットも、まるでクリーニングに出したかのように美しくアイロンがけされていて彩は驚いた。
ずっとほとんどの時間を一緒に過ごしていたというのに、こんなことをする時間が一体いつあったというのだろう?
それともやはりエミリーの身の回りの世話をする人は、表立っては現れないだけでこの広い館の中のどこかに居るのだろうか?
彩はすっかりアイロンがけもされ、清潔になった下着や衣類を身につけてエミリーから作り過ぎたからとキュウリの酢漬けのサンドイッチを包み、小さなバスケットに入れて手渡され、ふたり揃って玄関を出た。
門扉の錠を解くと門扉は重々しい軋轢の音をまだ霧の立ち込める中、
立てながら開いた。
ふたりはまだ少し夜の気配の色濃い外の遊歩道を手を繋いで歩いた。
『本当にこんな時間にタクシー、
来てくれるのかしら?』

『ええ、ちゃんと呼んだから大丈夫、』
『この間のあの運転手さん?あの愉しい東北の訛りのある…』
『佐武郎さん?』エミリーはフフッとうつ向いたまま小さく笑うと『佐武郎さんはいい人だけど今日は違うわ、
もっと普通の運転手さんだと思う…』
『佐武郎さんっていうんだ、
あの運転手さん、
私に八代亜紀さんの舟歌を無理にでも聴かせようとするんで困ったわ、』
と彩が嗤うと『でも佐武郎さんはうちのスタッフなのよ、』
『えっそうなの?でもタクシーの』『今は両方仕事をしているの、
個人タクシーと普段はうちで庭師 兼 私が外出する際の運転手、
奥さんがいて…奥さんはうちの中のお手伝いをしてくれているの、
お店のほうもね』
『そうなのね、ああよかったわ、
エミリー私、貴女が独りぽっちなんじゃないかってとても心配でたまらなくて』
『佐武郎さん達は本当にごく稀にしか我が家へ来れないの、
以前はそんなことは無かったのだけど…今はそれが赦されなくて…
だから大抵わたしは独りよ』
『赦されないってどうして?』『……』
『ねぇエミリー、
今はまだあまり言いたくないのかもしれないけれどお願いだから少しずつでいいから貴女のことや貴女の身の回りのことや困っていることが何かあるのなら私に教えて欲しいの、もちろん無理矢理話せって言ってるんじゃないのよ、
エミリーの中での''時"が来るまで私も待つけれど…』
『…解ったわ、でもそんな時が来るのかしら…?』
『来るわ、来て欲しいわ、
だって私、エミリーのこともっと知りたいもの、
それと私のことも知って欲しいわ、もっと分かち合いたいの、エミリーと、』
それには答えずにエミリーは言った。
『もうすぐ夜が明けるわ、
空を見て』夜明けの黎明が少しずつ射し始め、空が白々と明るみ始めている。
すると遊歩道を踏破した十字路を貫通する道路にタクシーが1台留まっているのが朝靄(あさもや)の中に見えた。
そのタクシーはよく見聞きするタクシーで彩も何度か乗ったことのある会社のものだった、
タクシーのヘッドライトが朝靄の中、滲(にじ)んで見える。
ふたりはまるで水の中を歩くように足が重くゆっくりとしか歩けないような気持ちになった。
『私はここまでで…。
元気でね彩、』
『そんな言い方しないで、エミリー、私、ここへ来る地図も書いてもらったし…いろいろもう解ったもの、
じゃあ来週の金曜日、
6時にビューティフルワールドへ来るわ』
『きっとよ、彩』
『ええ、退社したらその足で真っ直ぐここへ来るわ、だからそんな悲しい顔をしないでエミリー』
『今度は泊まり掛けで来てくれるんでしょう?』
『その積もりよ、
早く来週にならないかな、私もう待ち切れないわ!』
言い終わって彩はふと気がついて、エミリーに問うた。
『そうだわ!
私ったら信じられない!
エミリーの電話番号を教えて、
何故今までそのことを思いつかなかったのかしら?今夜私、エミリーに電話するわ』
『電話はうちには無いの』
『えっ…??
でも花屋さんなのに電話が無かったら…』と言いかかって彩はその言葉の先を飲んだ。
『…スマホか携帯は持ってるわよね?』
『……』エミリーは困ったような顔でガウンのポケットに手を突っ込んだまま肩をすくめて見せた。
『持ってないの??』
彩は芯から驚いた。
そんなことで一体彼女はどうやって花屋の仕事もだが不自由無しに暮らせるというのだろう?
美しい洋館に棲んでいるとは言っても、現代の生活に電話がまるきり無いだなんて、
そんな事態があるのだろうか?
万が一、火事だの救急車だのを要するような何かが起きた時にどうする積もりなのか?
それにタクシーは一体全体どうやって呼んでくれたというのだろう?
彩はエミリーの身がまた心配になってきた。
次の瞬間、彩は自分がとんでもなく間抜けな質問を心配のあまりエミリーにしてしまいそうになり、その質問を無理矢理心の奥へ捩じ込んだ。心の中で呟いたその質問はこうだった。
『無線局とは繋がってるの?』

タクシーが朝靄の向こうからクラクションを鳴らした。
『お客さぁん?
お客さんですよね?
吉田 彩様?』
『…ああ、はい』
『もう行ったほうがいいわ、
私はここまでしか来れないから…
後ろで貴女をお見送りさせて』
彩はタクシーに乗り込んだ。
エミリーは外側からタクシーの窓ガラスに手のひらを押し当て、彩もその上から手のひらを重ねた。
やがてタクシーは発車し、エミリーの淋しげな微笑みに彩は胸が蓋がれる思いになった。

『お客さん酔ってるの?』運転手は笑った。
『まだ年末にはちぃと早いよ』
『ああ、紅茶にお酒が入っていたから…においますか?ごめんなさい』
『におったりはしないけど、なんだかブツブツ独り言、言ってたから』
『独り言?』
『うん、まるで誰か恋人とでも話してるみたいに、なんだか切なそうだったよ、』運転手は滑稽そうに笑った。
『だって独りじゃないもの、親友と居たから…』

独り言だなんておかしなこと言わないでよと彩は内心思った。
『親友?』
『綺麗な人でしょう?
長身でとても美しい人、』
『いやぁそんな美人なら一度見たくらいじゃ忘れないよ、
お客さん最初からずっと独りだったじゃない、』
『…そんなこと…』
と彩は鼻で笑ったもののふと気になって、
思わずリアウィンドーを振り返った。
遠ざかる霧の中、エミリーは道路の真ん中に立って彩を見送っていた。
『変なこと言わないで下さい、
ちゃんと居るじゃないの、
後ろで私を見送ってくれて…』
と言いかかって彩はバックミラーに何も写っていないあの背後の道路がどんどん遠ざかるのを見た。
もう一度鋭くリアウィンドーを振り返ると小さく遠ざかってはいるがエミリーは居た。
そしてまたバックミラーに視線を移し、何も写っていない道路がどんどん遠ざかるのを確かめ、更にもう一度後ろを振り返った。
人形のように小さく遠ざかりつつあるエミリーはいつの間にか手にしたランタンの焔を朝靄の中、高く差し上げ何かを言っていた。
遠く離れてもエミリーの気持ちは胸に迫るように染みてくる。
『お客さん気味の悪いこと言わないでよぅ、俺怖がりなんだからね、
それとも俺にだけその美女は見えなかったってわけ?』
『まだ後ろに居るわよ』
と言いかかって彩はやめた。
『…そうね、少し酔ってるの、
もう気にしないで』
そう言いながらも彩は、遠ざかるエミリーを見つめながらその瞳に泪が盛り上がるのを耐えることが出来なかった。
やがてタクシーは大きな弧を描くスロープへ乗り上げると坂を下り始めた。
その勾配に隠れエミリーの姿は完全に見えなくなった。
彩は膝の上でエミリーのバスケットをそっと開けた。
その中は小さなバスケットであるにも関わらず、エミリーが彩のために心をこめて出来うる限りを詰めたのであろう、
あのキュウリの酢漬けのサンドイッチの他にも卵やハムのサンドイッチ、違う日に焼いたのであろうか?
ショートブレッドまでもが包んであった。
その一番上には小さな紙が置いてあり、それを開くと中に市販の風邪薬が二包み、そしてどこか切ないような蒼さの一輪の花が押し花にされて一緒に畳み込まれていた。
彩はそれが嬉しくて微笑ましくて思わず小さく笑ったが、その花の上に泪が次々零れ落ちた。
彩は自分がエミリーにいった言葉を噛み締めるように思い出していた。

『人はいつも移ろうわ、
まるで季節のように手のひらをかえす…
でもたった一度の人生で移ろわないこともきっとひとつはあるのかもしれない、たったひとつくらいは…。
それはちょっとやそっとのことでは揺らぐことは無いわ、
たとえ…貴女がもし…森に棲む妖(あや)かしの者だったとしても…。』







(To be continued…)
    

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