なぜ看護師になったの?大学生〜新米看護師ちゃん編

私が看護師を目指した理由

子供の頃から吹奏楽が大好きで、小学校4年生からずっとトランペットを吹いていました。やりたいことは音楽。とにかく音楽が好きだったから、将来は音楽に携わることがしたい。いや、正確に言うとそれ以外の選択肢が他に全く考えられませんでした。
高校3年生の夏かな?一応進学校だったので、進路を決定するとき、


みんな大学に行くから、一応出ようかな。

そう思いました。

わたしは結婚して、子どもを産んで、お母さん(実家の母は専業主婦だったので)みたいな生活をしたい。むしろ、女だしそんな仕事なんて頑張らなくて良いや。と思っていました。

「音大に行きたい」と行ったら、「そんなんじゃ食べていけない」と言われ、それに反抗するほどの熱意もなかった。

「なにか資格を取りなさい」と言われ、その中でも「薬剤師になれ」と言われていました。
でも6年大学通うの嫌だし(当時は早く結婚しようと思っていたので、6年なんて学校通うの無理〜と思っていました)、
物理とかよくわからないし...そもそも他にやりたいことが全くなくて、親にお金を出してもらう以上、資格を取る仕事を...と思い、
保健師を目指すことにしました。

保健師さんは、保健所や市町村の保健センターなどに常駐し、地区活動や健康教育・保健指導などを通じて疾病の予防や健康増進など公衆衛生活動を行っています。
最近では、”新型コロナウイルスのPCR検査に関わっている人”という感じですね。

でも保健師になるためには、看護師の資格が必要なので、看護大学に行くことにしました。
看護師は忙しそうだし、死と向き合うことの恐怖もあったので、絶対ならない。と決めていました。

大学受験は、「看護師の資格とるなら、大学なんてどこも一緒!」と思い、全然勉強しなかったら、地元の北海道の大学全落ちしまして。(笑) 
後期に受験できるところを探し、受けたところ、栃木県の獨協医大になんとか引っかかり、上京ならぬ上栃?しました。

大学に入ってからのモチベーション

とにかく看護師になりたくなかったので、
「なぜ看護師を目指したのですか?」「あなたの看護観は?」という質問が大っ嫌いでした。
別に理由はなんであれ、看護師を目指しちゃダメなの?患者さんを思って仕事をするのじゃダメなの?と思っていました。        

        
働く上で、迷惑かけないように勉強はそこそこやって、とりあえず資格を取って、3年くらい働いて、結婚して辞めよ〜くらいにしか思ってませんでした。とにかくモチベーション、低っっ!!!笑

看護実習での看護師さん

看護大学では、2年生から少しずつ実習が始まり(あれ、1年生の時もあったっけ?笑)、3年の後期は全て実習です。
噂では聞いていましたが、病院の看護師さんが、本っっ当に意地悪なんです。
学生は、もう空気?それ以下?みたいな扱いをされます。

まず、実習前に「本日もよろしくお願いします!(礼)」と挨拶をするのですが、
誰も振り向かず、座ったまま全無視。
たまにこっちを見ずに頭だけ少し下げる人もいる。
これは医療従事者あるあるで、どうやら全国共通みたいです。(笑)

他には、カルガモ実習(1日カルガモの親子のように看護師さんの後ろをついて歩き、仕事の流れを学ぶ実習)があるのですが、
これまた、オール無視。初めてかけられた言葉は、


「どいてくれる?邪魔なんだけど」

えっっっ!私、、勉強しに来ているんですけど!!
1日の流れを教えてもらいに来てるのに、それないでしょ。

その頃から、
なぜ同じ志を持った人に対して、優しく受け入れてくれないんだろう。私たち学生は、邪魔しに来ているわけではない。
ちゃんと看護を学びに来ている。なぜその人たちに対し、酷い扱いをするんだろう。

と思っていました。

そのような扱いをしていた看護師さん達は、自分も同じことをされていたからしているのか?忙しいからしているのか?
もし自分が学生時代に、同じように看護師さんに酷い扱いをされていたとしたら...

されていたとしても、それを相手にするのってどうなんだろう。
自分がされて嫌なことをするってどういうこと?
それが当たり前だから?文化だから?当たり前だったら人を傷つけて良いの?

子どもが、突然お友達を叩いたら「自分がされて嫌なことはしちゃだめ」って叱りますよね?それが、大人なのにできないんです。

私が大学に行くことを決めたように、
みんなが・周りが、しているから。

ではなく、

自分は・自分が・自分だったら、どうするべきか。

と、物事を考えられるようになれば、自分で決めたことなので、誰かのせいにせず、後悔なく過ごせます。
また、失敗してもそれにより成長することもでき、また新たなステップに進むことができます。


就職活動について

就職はどこにしよう〜と考えた時に、「地元の北海道に帰ったら一生北海道だな」と思い、東京の大学病院でとりあえず下積みをしようと思い、某大学病院に就職することにしました。

あれ?冒頭で保健師になるって言ってたじゃん!と思った方もいるかと思いますが...笑
保健師って看護師と違って枠が狭く、就職先がかなり限られていて、産業保健師は経験ないと難しい。都道府県や市町村の保健師は公務員試験を受ける必要があり、それが嫌でやめました。笑


ついに、なりたくなかった看護師になる

低いモチベーションの中、なんとか一発で看護師も保健師も資格を取れました。(笑)

そしてついに...なりたくなかった看護師になりました!!
なりたくなかったけど、なんとなくの目標?漠然と思っていたことが、               

・どこでも使える看護師になる
・どんなに辛くても、5年は絶対に辞めない          

でした。

配属部署問題

最初に働いた診療科は、腎臓内科。
大学で慢性期の研究をしていたから内科を希望しました。
そして忙しすぎずに仕事ができそうなところにしたいな〜あと綺麗な病棟で働きたいな〜(当時できたばかりのだった)と思っていたら、第3希望の腎臓内科になりました。
看護師って、配属される部署で忙しさや勤務形態が全然違うんです。なので最初の配属部署は、看護師人生を左右されるくらい重要です。

ちなみに、いま子どもを預かるお仕事をしていますが、その当時は子どもがあまり好きではなかったこともあり、「絶対小児科なんて行きたくない」って思っていました。

以前思っていもいなかったことが、突然180°変わったんです。人生何が起こるかわかりませんね。だから面白いです!!


新米ナースちゃんのお仕事環境

看護師は1年目は、学生で実習していた時とは訳が違う。
仕事内容や看護技術を独り立ちできることはもちろん、指導される先輩が誰かで、1日のテンションが決まる。プリセプターが怖ければ地獄...
怖い先輩と勤務が被りませんように🙏と神頼み※
※”神頼み”は、今後何度でも出てくるワードです。

そして勤務の不規則さと慣れない社会人生活でとにかくつらい。
でも今考えると社会人になるって、そう言うことなんでしょうね。


職場の先輩たちは、怖いことを覚悟して入職しましたが、みんな優しく(一部気分のムラありの先輩もいましたが(笑))、可愛がられながら育てていただいたと思います。
そして私の当時の職場は、主任・師長が、特に新米ちゃんたちを絶対辞めさせない!と言う目標で、メンタルケアを含め、働く環境を大切にしてくれていました。

また、残業もなるべくしない!
残業した場合は、申告して超過をつけられたり、仕事が終わらなさそうな場合は、(なんで終わらないの?と詰められることはありましたが)予め相談できる環境でした。



新米ナースちゃんの働く環境として、私は恵まれたところに配属されたな。と思います。

もしこれが、毎日できないことを攻められ、勉強しても認められず、残業代も出ずに働いていたら...私の看護師人生はまた変わっていたかもしれません。

働く環境が原因で、心が病んでしまった場合。
次また同じことが繰り返されたら...という恐怖で再び働くことを躊躇するでしょう。


起業した今、大学生〜新米ナースちゃんと振り返って思うことは、

同じ場で働く”仲間”は、協力し、高め合えて、尊敬し合い、大事にできる存在でありたいし、そうであって欲しい。
そう思える場所じゃないと、どんなに教育しても、人は成長しないと思う。

もちろん、やる気ゼーローだった私は、新米ナースちゃんの時にそこまで考えて働いていたわけではありません。
自分の会社は、働く人がプラスになるような場所でありたい。

病院の内部がすぐに変わらないからこそ、私は仲間を大切にし、一緒に成長できるるような場をつくりたい。心からそう思います。


次回は、天国の2年目〜プリセプターから、地獄のICU編です。


続く...


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