「ゲームの行く末」というテーマのはずだったドラクエ話

俺はゲームが大好きである。
ファミコンからPS4までを楽しんでいるレア世代だ。
きっと爺さんになってもゲームをやるし、
いつになるか知らないが、死ぬが死ぬまで死ぬ間際までゲームをやっていると思う。

そんなゲーム好きとしては、
今はゲームの革新性がだいぶ行き詰まってるように感じる。

まずはファミコン。
2年ほど前だったか、当時のソフトを10数本収録したミニファミコンが発売されて、任天堂の予想を上回り品切れになるほどに売れた。
俺もたまたまヨドバシカメラに別の用件で行ってたら、
「只今からミニファミコン販売します!次回入荷は未定です!」との店員の号令が聞こえたので、運良く入手しゲームマニアな友達の分も購入できた。

発売されて30年以上経つわけだが、当時のファミコンで遊んだ思い出を買うためにミニファミコンを皆欲しがったのだと思う。
実際のところ、購入後3回くらいしか起動してないのでクリアできたゲームは無い。それでもそれぞれのゲームの残念な部分も含めて懐かしい気持ちになれた。

ファミコンの歴史は創意工夫の歴史だった。ドラクエがまさにそうだ。
まずRPGというゲームはパソコンでは存在していたそうだが、
子供が家庭で遊べるメジャーなものにしたのは間違いなくドラクエの功績だろう。



一作目は村人と話す時に話す方角を入力したり、
階段を降りる時も階段のマークの上で「かいだん」というコマンド入力が必要だった。ダースドラゴンという強敵がいるのだが、本来は、
「ダークドラゴン」にしたかったらしい。
しかし容量の関係でカタカナが20文字しか使えず、似た響きで「ダース」になってしまったそうだ。12個だからダースですという訳ではない。

二作目は上記の難点は全て解消され仲間が増えて3人で冒険できるようになった。呪文や装備も増え、ドラクエというブランドが確立したのもこの時だろう。難点が解消され新要素が盛りだくさんだった分、やはり無理もまだまだ存在し、「ふっかつのじゅもん」がものすごい文字数になり、「ふっかつのじゅもんがちがいます」で何人もの小学生の心をへし折ったのか想像もつかない。さらにテストプレイの時間が少なかったため、最後に突入する、
「ロンダルキアへの洞窟」は攻略本無しで踏破するのはほぼ不可能な難易度となった。制作側もその理不尽さはわかってはいたものの発売しなくてはならないことから、「飽きるんだろ?」のアナグラムで「ロンダルキア」と名付けたのは有名なエピソード。

三作目は今でもファンが多い作品だ。
仲間は職業や性別はもちろん名前も好きに選べるようになった。
そして「ふっかつのじゅもん」というリアルにも呪いのようなパスワードの代わりに、「ぼうけんのしょ」というセーブ機能がついた。
容量も増加し、一作目からトリオで制作に携わっている、
「堀井雄二・鳥山明・すぎやまこういち」の三人が存分に力量を表現できるようになったと思う。何せこの作品のBGMが最新作でも使われるくらいなのだから。
まあ、例によって新しい事や改善があると同時に無理も出ている。
画期的なセーブ機能も、お気の毒にもしょっちゅう消える。
消えてしまえが無になるのでまたやり直しである。
当時はセーブデータは兄弟や友達で分けていたため、バックアップという考えは子供にはあまり無かった。
また、結果的にはストーリーも良く社会現象と呼べるほどに売れたから印象的なものとなったが、オープニングにあのテーマ曲が無い。
それどころかタイトルが一行無音で登場するだけだ。まさに削れる所は削って、やりたい所に注力しようという努力の結晶なのだろう。

そして四作目。(というかⅣとかⅢとかで書けばよかったな。)
当時としては最先端とも言えるAIが搭載された。
ストーリーも章仕立てで、それぞれの章の主人公の物語を進めた後に、
5章で物語全体の主人公「ゆうしゃ」が満を持して登場。
勇者に自分を投影した後のその他の仲間は、作戦に合わせたそれぞれの思考で自動で戦闘を行う。そのため作戦次第では絶対に効くわけがない攻撃をするキャラクターなどが出てしまった。誰とは言わないが。

この時期になるとずっと遊んでいた層がだいぶ成長しているので、
ドラクエならではのあるあるネタがマンガなどで発売され始めた。
勇者と女性キャラだけ並べておけば強くて安定しているため、
むさ苦しい男どもは控えの馬車に詰め込まれてそこで卑屈な会話がなされるネタや、勝手に他人の家に入っていきツボを叩き壊して「何もない」とまた勝手に出ていく勇者御一行を面白おかしく描かれていた。

飯のタネになるからというのもあるが、
ドラクエが進歩するとともに、子供たちも成長してなおかつドラクエから離れていないという事が立証されたのだと思う。
また、PTAの反対なども根強かったテレビゲームが、
家庭にあって当たり前のメジャーな存在になったのがこの頃だろう。

それにしてもだ。
もう2000文字になってしまったのでたたまざるを得ないのだが、
ゲームのあり方と今後について書きたかったのに、
ドラクエがどれだけ努力の上に作られて業界を牽引したかというだけの話になってしまった。

こういう得意分野のネタは白紙にバババッと書くとあれもこれもと盛り込んで、ダメな小論文みたいになるから下書きして見直すようにしないとダメですね。Wordで書いてコピペするのがいいのだろうか。

いずれにせよ、ドラクエは3人のその道のプロが楽しんで作った事が素晴らしいと思う。鳥山明なんてこの頃はドラゴンボールの全盛期ですよ。すぎやまこういちもJRAのG1のファンファーレを作ったりしてます。プロが作ったからこそ、キャラクターも音楽もシナリオの思い出も今も生きているのだと思います。最近ではドラクエⅡのエンディング曲が卒業式に保護者などの手でよく歌われているそうです。

そしてプレイしたナンバリングがそれぞ違っても、あの序曲を聞くと、
「おお?」っとどこか臨戦態勢に入るように気分が乗って、遊んでいた頃の事を、ふと思い出すのは世代の壁を超えて共通するのではないかなと思うのです。

#ひとりごと #続きを書くかは不明 #ドラクエ #反省 #消そうかとも思った #まあいいや

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