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#075 文山区という街と感性の豊かさ

夕方の講義を終え 娘を迎えに行く前に 娘が学校で使用する備品を買うため 大学から近い雑貨店に立ち寄った
入り口付近で目的のものは見つけたのだが 三階建ての大きなこの雑貨店はなぜかじっくりとみて周りたくなる 二階の文房具コーナーでは 台湾のパイロット社が25周年を記念して 台湾でも人気が高い日本のテキスタイルブランドSOUSOUとコラボしたボールペンが売られていた

かわいい上にフリクションタイプのペンはよく使用するのでひとつ購入しようかと思い選んでいた どれも可愛らしいのでデザインに迷っていると 先程まで音声学の講義で一緒だったクラスメイトから声をかけられた

彼女とは数回話したことがある程度で普段あまり言葉を交わすことはないが 顔を合わせればいつも微笑んで挨拶をしてくれる 今期の音声学の講義は同じクラスでもとっている人が4人しかいないので この講義の時だけはお互いなんとなく隣に座るようになった

彼女と初めて言葉を交わしたのは水泳の授業を見学していた時だった 何を話せばいいか困って彼女がどこに住んでいるのかを聞いた 彼女は台北在住なので寮ではなく自宅から通っていると答えた 台北の大まかな地図は頭に入っている さらに台北のどこかを聞いてみると MRT文湖線の萬芳醫院駅のあたりだと教えてくれた 萬芳醫院駅とは文山区というエリアにあり市内の中心部から台北動物園に向かう途中にある駅だ 駅近に大きな病院と大学があり 駅前はローカルのお店で賑わっている 観光客は少ないが地元民にとっては利便性が高くすみやすいエリアだ
わたしはこのエリアが好きだ 中心部から山を一つ隔てて広がるこの文山区というエリアは大安区と並んで台北の文教地域とも言われている  有名な大学や私立の学校の多くがこの二区にある 市内の南部に位置し自然と隣り合わせのこのエリアは他の街とは違う豊かさを感じる  この街から感じ取れる”余裕”はいわゆる高級エリアともまた違うのだ 

この街の雰囲気が好きだ と話した時彼女はとても嬉しそうに笑った わたしは続けて その街でもここ数年で高層マンションの建築が進んでいることを少し残念に思っていると伝えた わたしが好きな街の雰囲気が少しづつ薄れていく気がしているから すると彼女は驚いた顔をした 彼女も自分の街が変わっていく様子に戸惑っているのだそう それを日本人であるわたしが同じ気持ちでいることにとても驚いたらしい そしてまた少し嬉しそうに笑った

彼女は声が細く柔らかい 真面目でいつも本を読んでいる 意外にも卓球がとても上手だ そして彼女の笑顔はあの街から感じられる豊かさに似ている 


雑貨店でどのペンを買うのか決めきれずにいるわたしに彼女はこういった 「実はわたしは特に買うものはないんだ でも度々ここに来るんだよ 特に気分が落ち込んだ時とか」と さらに彼女はこの店で特に好きな場所が奥にあるから一緒に来ない?といって奥に案内してくれた そこはギフト用品のコーナーにあるオルゴール売り場であった 彼女はこのあたりで聞くことができるこのオルゴールの音楽に癒やされるのだといった 疲れた時や気分が乗らない時にはここに立ち寄ると落ち着くんだそう 店の中には様々な音が混在していて この雑貨店で”落ち着く”という経験をした記憶がないのだが 彼女はこの雑多な中に聞こえるこの小さな音色をしっかりと彼女の中に取り込んでいた それに気づいた時 また一つ彼女に対する好感が高まった 自分にとって必要な音を聞き分ける彼女の確かな感性が とても羨ましくも思えた

日々の疲れやストレスを癒すものは必ずしも日常から離れたものではなく 日常の中でそれを感じとる自分の感性こそが自分を癒すための最大の薬であると感じた それはわたしが彼女の住む街がなんとなく好きで あの街で感じる空気に”やっぱり好きだなぁ”と思うあの感覚も同じなのではと思わせることだった 自分の声を無視してしまいがちなこの時代にこそ ”余裕”と”豊かさ”が必要だ 自分の感性を信じて日々の世界を感じ取っていたい 彼女の笑顔を見てそう感じた

彼女と別れた後 自分の感性を信じて最初に目に留まったデザインのペンを手に取りわたしも店を後にした


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