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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 18

 王后達が住居でナンジャラホイな最中、番兵達は矢張り自分達の事を必死に考えていた。中で何が起こっているのか ? 番兵達は勿論知らない。だから、異様な雰囲気を漂わせ戻って来る王后達を見やっても何も感じとる事は出来なかった。
 侍女達が先に柵の外に出て其の内数人の侍女が百人の兵を呼びに行った。王后は其の後に宇豆毘古(うずびこ)は布に包まれた正妻を担ぎ最後に柵から出ると番兵達を睨め付けた。ビクッと体を震わし宇豆毘古(うずびこ)を見やり何故裸なのかを不思議に思った。
 宇豆毘古(うずびこ)が裸なのは自分の服で正妻の遺体を包んだからである。勿論番兵達も宇豆毘古(うずびこ)が何を担いでいるのかと考えたが答えには至らなかった。
「五瀨に伝えなさい。私はこのまま国に戻ると…。」
 番兵を見やり王后が言った。
「お戻りに ?」
 と、番兵は首を傾げて見せた。そんな番兵達を宇豆毘古(うずびこ)が殺意の目で睨め付ける。
「さっさと行け !」
 宇豆毘古(うずびこ)が大きな声で言ったので番兵達は慌てて五瀨の下に走って行った。その姿を見やり王后はテクテクと歩き出す。百人の兵が戻って来るのを待つ事が出来なかったからだ。

 忌まわしい…。

 言いしれぬ嫌悪感が体を支配する。
 宇豆毘古(うずびこ)は何も言わず、侍女達も又無言である。

 ただ…

 ただ此の国には居たくない。其の気持ちだけが真実である様に王后達は此の国を後にし、百人の兵と呼びに行った侍女達は急いで王后の下に走って行った。
 此の異様な状況に人々は首を傾げてナンジャラホイ。だが、五瀨は誰よりもナンジャラホイである。足首を切られた元正妻の姿を見やり必ず何かを言って来ると考えていたからだ。だが、何も言わずそのまま国に帰ってしまった。
「其れで母上は何と ?」
 五瀨が問うた。
「ですから、国に戻ると…。」
「それだけか ?」
「応…。」
「あの女の事は ?」
「何も…。」
「何も ? 足首を切り落とされた女を見て何も言わずに帰ったのか ?」
「応…。」
「真逆…。」
「あ…ですが。」
 と、言いにくそうに番兵は言葉を飲んだ。
「何だ、言ってみろ。」
「宇豆毘古(うずびこ)将軍が裸で…。」
「宇豆毘古(うずびこ)が裸 ? 何を言っている。」
「あ、いえ…。裸で、否、自分の服で何かを包んでいました。」
「自分の服で…。宇豆毘古(うずびこ)が ? 何を包んでいたんだ。」
「分かりません。宇豆毘古(うずびこ)将軍は其れを担いでいました。」
「担いで ?」
 怪訝な表情で番兵達を見やる。
「応…。何かは分かりませんが、異様な臭いと後、血が滲んでおりました。」
「血が ?」 
 と、五瀨は番兵達を睨め付けた後スッと立ち上がり住居から出て行った。何やら嫌な予感がしたからである。五瀨はそのまま元正妻の住居に向かった。
 母上が何も言わずに帰って行った事も気になるが、宇豆毘古(うずびこ)が何を担いでいたのかも気になった。宇豆毘古(うずびこ)が自分が着ていた服を脱いで迄して包んだ物…。異様な臭いに滲んだ血…

 一体何があったのだ…。

 否…。

 宇豆毘古(うずびこ)がそうまでして包んだもの等考えずとも一つだ。

 其れはあの女だ…。

 母上はあの女を国に連れ帰るつもりか。

 と、五瀨はパタパタと走った。
 暫く走り続け住居に辿り着くと久しぶりの住居に懐かしい物を感じた。が、そんな事はどうでも良い。五瀨は柵を開けて中に入ると更にテクテクと歩いた。
 此の中は無駄に広い。周辺にあった住居が無くなったから更にそう感じる。だが、誤解がない様に言っておくのだが、周辺の住居は正妻を隔離する為に破壊したのでは無い。周辺の住居が無くなったのは奴婢の反乱で燃えてしまったからだ。と、五瀨はテクテクと歩きその歩みを止めた。

 何とも不快な臭いが漂って来たからだ。

「何だ此の臭いは ?」
 鼻と口を押さえ五瀨は住居を見やる。
「何故こんなにも臭い…。」
 確かに正妻を隔離したのは五瀨である。正妻の両足首を切り落とさせたのも五瀨である。だが、待遇は悪くはしなかった。否、眞奈瑛と樹莉奈が待遇を悪くしてはならないと言った。だから、待遇は良かった筈である。だが、漂って来る臭気が其れを否定している。
「どうなってる…。」
 と、五瀨はパタパタと走りだした。
 住居に着くと其の臭いは想像を超える物であった。五瀨は吐きそうになったが其れを堪えて中を見やる。

 そして…。

 そこで何が行われていたのかを知った。

 床に染み込む大量の血。
 切り刻まれた肉。
 切断された指。
 目玉に耳、鼻が所狭しと散らばっていた。

 だが、正妻の姿は無かった。

「な、何だこれは…。」
 と、五瀨はトボトボと歩き其れらを拾い見やった。
「何故こんなものが…。」
 其れ等は既に干からびており、中には大量のウジが其れを喰らっていた。
「あの女の肉か…。あぁぁそうだ。此の指はあの女の指だ。」
 と、五瀨は腰を下ろしジッと其の指を見やった。
「眞奈瑛と樹莉奈がやったのか ? 其れとも別の誰か…。否、別の誰かなら眞奈瑛が私に…。グルか…。誰がやったにせよ眞奈瑛と樹莉奈は知っていた。」

 知って…。

 ちょっと待て。
 何故都合よく母上が来た ?
 其れは那賀須泥毘古(ながすねびこ)が…。
 否、其れも策の内か…。
 だとして母上を来させた理由は何だ ?
 母上に此れを見せる為か…。

 見せてどうする ?
 私を孤立させるか ?

 確かに此の状況を見やるにあの女の姿は悲惨な物でしかないだろう。だが、其れは何とでも言いようがあるし、私を孤立させるには不十分だとしか言いようがない。仮に眞奈瑛と樹莉奈が其れの首謀者だったとしても…。

 違う…。

 狙いは母上か。
 否、待て。其れなら此処に来る道中で殺せば良いだけの事…。

 だったら何がしたい。

 これが敵の策であるなら何が狙いだ。

 と、考えが纏まらぬまま五瀨は外に出た。
「五瀨様…。」
 番兵から話を聞いた将軍が外で待っていた。
「将軍…。」
「何があったのです ?」
「母上が女を連れて行った。」
「正妻を ?」
「そうだ。」
 将軍を睨め付け言った。
「保護ですか。」
「否…。既に殺されていた。」
「殺されて ? 一体どう言う事です ?」
「中を見れば分かる。」
 と、五瀨は手に持っていた乾いた肉と指を将軍に渡した。将軍は其れを見やりブルっと体を震わした。
「五瀨様…。貴方が命じたので ?」
「将軍…。私は確かに非情だ。だが、サイコパスでは無い。」
「では、一体誰が ?」
「私にも分からぬ。何にせよ眞奈瑛と樹莉奈に話を聞けば分かる。二人を私の所に来させてくれ。」
 そう言って五瀨は自分の住居に戻って行った。
 其れから将軍は部下に眞奈瑛と樹莉奈を呼びに行かせたのだが二人は居ない。何処に行ったのかと色々と探してみるのだが見つからない。当然二人は海を渡ってドンブラコッコの最中なのだから見つかるはずもない。結局将軍は日が沈むと同時に捜索を止め五瀨に報告をしに行った。
「何処にもいない ?」
「周辺をこまなく探したのですが何処にも…。」
「そうか…。だったら私は嵌められたと言う事か。」
「嵌められた ?」
「あぁぁそうだ。何が目的なのかは分からないが敵は私を嵌めたのだ。」
「正妻を殺す事が目的だったと言う事ですか ?」
「否、そうじゃない。…多分。」
「多分 ?」
「私にも何がしたかったのかサッパリなんだ。何をどう考えても答えが出て来ないんだ。」
「私も同感です。其れより大王にはどの様に伝えるのです ?」
「父上か…。ほっておけ。」
「しかし…。」
「ジタバタすれば敵の思う壺になるかも知れん。此処は冷静に対処するべきだ。」
「確かに…。」
「其れにほっておいても必ず父上からお便りが届く。返答は其れを読んでからでも十分だ。」
 そう言って五瀨は大きく息を吸った。其れを見やり将軍は住居から出て行った。
 既に外は真っ暗な闇夜である。松明の灯りが集落を照らしても闇を祓う事は出来ない。だからだろうか空に浮かぶ月は大きくピカピカと輝いて見える。と、言っても五瀨に月を眺める様な趣味はない。だが今日は正妻が好きだった月を眺めたくなった。
 外に出て月を見やる。

 共にやりとげたかった…。

「否、今更だな…。二人の女に騙され其方を裏切った。辛い思いをさせた。許されよ…。」
 そう言って五瀨は涙を流した。

 其れは一つの陰謀が終わったかの様だった。

 だが、終わってはいない。

「ウフフ…。」
 八重国の方を見やり樹莉奈がニンマリと笑みを浮かべた。
 眞奈瑛と樹莉奈は葦船でドンブラコッコ。日が沈むと浜辺に着港で朝を待つ。二人は浜辺で焚き火をしながら焼き魚をパクパクしていた。
「何をニヤニヤしておるんじゃ。」
 眞奈瑛が問うた。
「ウフフ…。眞奈瑛はどう思いよる ?」
「何がじゃ ?」
「五瀨は我等の策に気づきよるかどうかじゃ。」
「まぁ、無理じゃろうのぅ。」
「矢張りじゃか !」
 と、嬉しそうに樹莉奈が言った。
「実儺瀨(みなせ)の策を見破れる者等おらんじゃかよ。」
「我もそう思いよる。じゃが、其れにしても今日は月が綺麗じゃかよ。」
 と、樹莉奈はジッと月を見やった。
「じゃなぁ…。正妻も月が好きじゃったじゃかよ。」
「じゃな。じゃから月が見える様に屋根に穴を開けてやりよった。」
「嫌いになったじゃろうのぅ…。」
「じゃかぁ…。」
「じゃよ…。」
 と、二人は大きな月を見やりながらスヤスヤと眠りについた。

 又月だ…。
 何故私は月を見る。
 何故私はまだ生きている…。
 私は死にたいのに。
 私は生きている。
 此のまま死ねればと毎日願う。
 だが、朝は訪れ地獄が始まる。
 これだけの苦痛を味わい、痛みが引かなくとも
 新たな痛みは新たな苦痛を私にもたらす。
 そして又月を見る。
 私は死にたいのに…。

 私は…。

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