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大臺神楽闇夜 1章 倭 4灯の消えた日2

「しかし…。良く食うのぅ。」
 ガツガツとむさぼり食べる二人を見やり李禹は懐具合が気になっていた。二人を引き止め先ずは友好の印と食事をご馳走しているのだが、驚く程良く食べる。李禹は秦王政から貰ったお金の半分を着服してやろうと考えていたのだが、油芽果と薙刀が馬鹿みたいに食べるのでその作戦が危うくなって来たのだ。
 ガツガツと二人は無心で食べている。鯉に鶏に団子、麺にあれにこれと…。何と言うか遠慮と言う言葉を知らないのであろうか…。乞食の親子に恵んでやったしおらしさは何処へやら。兎に角値のはる物ばかり頼んでひたすら食べる。
 騙された…。李禹は素直にそう思った。
「しかし…。此の魚は絶品じゃか。」
 上機嫌で油芽果は食べる。
「此の団子も美味いじゃかよ。」
 と、薙刀もご満悦である。
「オッチャン酒じゃ !」
「一番高い酒じゃぞ !」
「あいよ ! 別嬪さんに一番高い酒。」
 と、店主も上機嫌。何せ出している酒は一番安い酒である。値段だけが超一流、中身は三流四流不味い酒。其れでも二人は美味い美味いと飲んでいる。
「うわ…。不味い。」
 と、一口飲んで李禹は店主を睨め付ける。店主はソロっと視線を逸らす。そんなこんなで気がつけば二人のお腹は妊婦さんみたいになっていた。
「ゲフォ…。いけん。もぅ無理。」
 と、皿に残った料理をソロリと薙刀の前に出す。
「其れは趙熄のじゃ。ゲフォ…。」
 と、薙刀はお皿を油芽果に戻す。
「何をしておるんじゃ…。此れでは話も出来ぬぞ。」
 酔っ払った二人を見やり李禹はゲンナリ肩を落とした。と、言った所で既に二人は出来上がっている。仕方ないので今日は李禹も飲む事にした。
「オヤジ ! 我にも酒じゃ !」
 と、李禹が注文すると、店主はちゃんとした酒を持って来た。
「へへへ…。此れは秦国一の酒ですよ。お嬢さん。」
 と、言って酒を置くと李禹はジロリと店主を見やり、兎に角一献グイっと飲む。
 成る程確かに美味い。と、李禹は二人の前に置かれている酒を店主の前に置く。
「其の糞みたいな酒はいらぬ。下げよ。」
「え…。」
「何が一番高い酒だ。犬も飲まぬぞ。」
「な、なんと…。此の酒の味が分からぬとは…。アイヤぁ、困りましたな。此れだから味の分からぬ娘は…。」
 と、店主が言うと李禹は不味い酒を取りグイっと飲む。
「不味い…。」
 何度飲んでも不味い酒は不味い。
「其の不味さが美味いんですよ。高い酒ってのは不味いんです。」
 と、店主はサラリと嘘をつく。李禹も高い酒など飲んだ事が無いので疑い乍も納得した。其れから夜になる迄三人は飲み続け、気がつけば見知らぬ男達の家で目を覚ましたのである。
 油芽果と薙刀は昨日の事を覚えていない。此処が何処なのか自分が誰なのか…。否、自分は誰だかは分かる。だが何故裸なのかはサッパリである。其れは勿論李禹も同じである。
「薙刀…。此処は何処じゃ ?」
 油芽果が問う。
「家じゃ…。」
「知っておる。」
「所であの娘は誰じゃか ? 何故裸なんじゃ ?」
 と、薙刀は李禹を見やる。
「知らぬ…。じゃが、我が見やる限り蹂躙されておる。」
「やっぱりじゃか。」
「其方達も同じであろう。」
 二人を見やり李禹が言った。
「なんと…。」
 と、油芽果と薙刀はお互いを見やり。何ともな表情で李禹を見やった。
 まったく、何ともな出会いである。しこたま飲み食いされた挙句穴姉妹である。一体何の罰ゲームなのか幸先は闇である。
 取り敢えず三人は無かった事にする為、まだ寝ている八人の男を殺した。サクッと仕事を済ませて外に出やると既に日は高く昼であった。外に出て現実を見やると又地獄の風景が目に飛び込んで来る。が、兎に角殺しがバレる前に三人は町に向かう事にした。
「所で其方は誰じゃ ?」
 散々飲み食いさせて貰って何なのだが…。油芽果達は何も覚えていない。
「まったく…。我が名は李禹。始皇帝の使いの者だ。」
「李禹じゃか。我は趙熄じゃ。」
 と、油芽果が言った。
「我は鍑羽(ふうはう)じゃ。」
 薙刀が言った。
「其れが此の国での名か…。で、真の名は何だ ?」
「油芽果じゃ。」
「薙刀じゃ。」
 と、二人は素直に答えた。
「そうか…。油芽果に薙刀…。宜しくだ。」
 と、言って暫し三人はつまらぬ話を交わしながらテクテク歩く。嘗ては繁栄していたのであろう痕跡が随所に残っている。家も店も今はズタボロだが立派な物であった事は想像に難しく無い。だが、不思議である。此れが戦勝国であり覇者となった国の姿…。衰退し滅亡は直ぐ其処にある様に見えた。
 三人は町に入ると茶を三つ貰い飲みながら更に歩いた。
「此れが秦国だ。」
 李禹が言った。
「知っておる…。」
「話が難航していると呂范から聞いた。」
「理由が無いからのぅ…。」
「理由 ?」
 李禹が問う。
「じゃよ。何故我等が共に戦わねばならぬ。そもそも此の様な国が如何に倭族と戦うと ?」
 油芽果が言った。
「確かに…。油芽果の言う通りだ。嘗ての栄華は無く、既に国はズタボロだ。支配すればする程税は増える。貧困であった国からは得られる物より無くなる方が大きく、得られる物が大きい国は少ない。つまり、我等は勝者であり、覇者であり、敗者なのだ。このままだと秦国は何れ崩壊する。だが、其れは其方らが国も同じ。既に八重国は認知された国だ。知らぬ存ぜぬは通らぬ話。」
「通らぬか…。」
 油芽果が言った。
「通らぬ。」
「其れは困りよった。」
 と、ガブリ。油芽果と薙刀は鶏肉を食べる。
「…。え ? 何処で手に入れた ?」
 李禹が問う。
「其処で盗んだ。」
 油芽果が言った。
「チョチョイじゃ。」
 薙刀が言う。
「そ、そうか…。」
「何にしても無理な相談じゃ。我等が国は我等で守る。既に秦国は我等が脅威では無い。」
 薙刀が言った。
「かもしれん…。だが其方ら一国で勝てる相手では無いぞ。其れに戦経験の無い其方らが如何様に戦うのか ? 滅亡が落ちだ。」
「じゃかぁ…。じゃぁ言いよってものぅ。」
「頑なだな…。」 
「其れより何処に向かっておるんじゃ ? 」
「大将軍の家だ。」
「大将軍 ?」
「本当は昨日に行く予定だったんだが…。あんな事になってしまったし…。」
 と、李禹はガックリ肩を落とす。
「じゃかぁ…。まぁ、ええでは無いか。お陰で姉妹になれよった。」
 と、油芽果はケラケラと笑った。
「良くない…。」
 と、李禹は更にガックリ肩を落とした。
 其れから又暫し三人はテクテク歩く。町には仕事無く、貧困に苦しむ者達が溢れ返っている。

 何は其方らが国も…。

 李禹は言う。
 確かにそうかも知れない。倭族に多額の税を払えば国は衰退し、民は貧困に苦しむ事になる。倭族の数が増えて行けば自ずと税の額は増えて行く。だが、物には限りがある。無限では無い。今は払えていても何は頭打ちになる。
 八重国も又秦国の様になるのだろうか ?
 油芽果は乞食を見やり胸を痛めた。
「秦国が崩壊すれば又小国が乱立する事になる。そうなれば八重国は大国とみなされ多額の税を要求されるだろう。何にせよ。世界は崩壊し人の世は終わりを迎える。」
 李禹が言った。
「倭族に税を払い国を崩壊させるか、倭族に剣を抜き滅亡するかじゃか…。」
「そう言う事だ…。」
 と、李禹は大きな屋敷の前で止まった。
 項雲大将軍の邸宅である。邸宅の前には門番が二人。二人は李禹を見やり門を開けた。
「昨日では無かったか ?」
 一人が李禹に言った。
「色々あったんだ…。」
 と、深くは話さず中に入る。油芽果と薙刀は取り敢えず手を出してみた。二人の門番は首を傾げる。
「お金は出て来ぬ。」
 と、李禹は二人を引っ張り中に入って行った。
「出てきよらんか…。」
「鶏を食べておるであろう。」
「食べておる。」
 と、中に入ると立派な様で立派で無い庭や建物が目に飛び込んで来た。至る所が痛んでおり、庭はほったらかしと言った感じである。そのまま、李禹は二人を項蕉の部屋に案内すると項蕉は心良く二人を招き入れた。
 小ざっぱりとした部屋である。項蕉は三人を椅子に座らせると、侍女に茶を持って来る様に言いつけた。
「李禹…。其方の昨日は今日か ?」
 クスリと笑い項蕉が言った。
「あ…。まぁ、色々ありまして…。」
「どんちゃん騒ぎの挙句八人もの男にお持ち帰りされるとは…。情け無い。」
 と、項蕉は李禹を睨め付ける。
「知っておられたので ?」
「遅いので使いの者を使わせたのです。」
「はぁ…。もぅ、何が何やら…。」
「其れで其処の娘が三子の娘ですね。」
 項蕉は二人を見やり言った。
「お、応…。そうです。」
 李禹が言う。
「そう…。私は秦国大将軍の妻。項蕉です。」
「油芽果じゃ。」
「薙刀じゃ。」
「油芽果と薙刀…。態々来て貰ったのは他でも無い。」
「倭族の事であろう。」
「左様…。我等は其方らを必要としているのです。」
「我等はしておらぬ。」
 薙刀が言った。
「じゃよ…。」
「なら、倭族に税を払い統治を認めて貰うと…。」
「其れは我等が決める事では無い。じゃが…。税は払わぬ。」
 油芽果が言った。
「成る程…。其方らは何か勘違いをしているみたいですね。その昔…。其方らが国は周国の属国でした。つまり、其方らが国は周国だったのです。周国であるから税は周国が払うが当然。其方らが先人は其れを理解していなかった。」
「なんと…。我等が国は周国だったじゃか…。」
「其れが属国なのです。ですが幸いな事に其方らが国は海に囲まれた島国。周国との関係が薄れやがて周国の衰えと共に其方等が国は孤立し忘れ去られて行った。だが、今は違います。一つの認知された国として存在しているのです。」
 と、項蕉は侍女が運んで来た茶を皆に与えた。油芽果と薙刀は食べ終えた鶏の骨を侍女に渡した。
「税の支払いを拒めば倭族は我等秦国にその討伐を命じるでしょう。そうなれば当面の税の支払いは免除される。つまり、秦国は力を取り戻し八重国に攻め入る事になる。」
「其れは困る…。戦になるじゃか。」
「そう…。どの道を選ぼうと戦になりましょう。」
「じゃぁ言いよってものぅ…。その様な選択を我等に出来る筈がないであろぅ。」
「じゃよ。我等の選択に国の命運が掛かっておるんじゃぞ。」
「だが、決めねばなりませぬ。其れともう一つ。例え倭族に税を支払おうと、其れは国の安泰を約束するものでは無い。隙あらば他国が攻めて来ましょう。税を払い衰退し衰えた国は侵略されるのみ…。如何に三子の娘が命を張ろうとも国は滅亡し奪われる。」
「話は分かりよった。もう少し刻を貰えぬか。」
 と、油芽果と薙刀は腰を上げた。
「良い…。其方らの決断に必ず後の人は感謝するであろう。」
 項蕉が言った。
「まだ返事はしておらん。」
 と、油芽果が言うと項蕉はニコリと笑みを浮かべ二人を見送った。
 其れから二人は邸宅の中を歩き庭にでる。  
 荒れた庭に傷んだ邸宅は何とも惨めである。庭には使われていない椅子が置き去りにされ泥塗れである。昔は此の庭で茶を楽しんでいたのだろう事は容易に想像できると言うもの。だが、今はちょっとした心霊スポットである。
「油芽果、薙刀…。」
 門をくぐろうとした二人を李禹が呼び止めた。二人は後ろでに振り返る。
「共に、世界を我等に…。其の好機は今しかないんだ。」
「分かっておる。」
 油芽果が言った。
「なら…。」
「李禹…。既に其方は我等が姉妹。心配するでない。」
 そう言って二人は門をくぐり、取り敢えず門番に手を差し出した。


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